第28話 避暑地の貸別荘へ<2220.07.22>_神殺し

 全員の入浴が終わった後も談笑は続いていたものの、小さい子供もいるので早めに就寝することになった。

 部屋割は1階和室を男性が、2階2間続きの和室で女性が就寝することになったものの、記憶違いでなければ植木代表の娘さんは僕らと一緒に寝たように思う。

 それぞの部屋に入って就寝の準備を始めてからいくらか時間が経った頃、2階から「キャー」と、なんとも久しぶりに聞いたような声が。

 誰だったか2階から1階の僕らの和室に駆け下りてきて何故か僕が呼ばれた。2階でゴキブリ君が出没したという。ゴキブリはみんなと同じように嫌いだけど、この時のゴキブリ君は僕には神様に思えた。救いの神だ。神様なので君と敬称を付けている。

 男性陣を代表して、ご指名なので僕が2階にあがらせていただくことになった。


(なんだろうこの背徳感と妙な高揚感……少し修学旅行ぽくなってきたな……)


 意味不明なことを考えながら2階にあがっていった。

 女性陣はゴキブリ君の出没した隣の部屋で一塊になっている。


(ちょっとまってくれ……僕の居る部屋のとなりで怯えて一塊になっている女性陣ってまるでそれはでは僕が変質者みたいじゃないか!)


 妙なテンションになってきた。冷静を装っているけど、怯える女性陣の視線を浴びるというなかないシチュエーションに更に気持ちが高揚していた。今回ばかりはゴキブリ君に殺意は一切ないけど、逝ってもらうしかない。せめて苦しませずに昇天していただくのが今の僕にできる神様へのご厚意。それにあやめるのにとまどっていては男らしさを演出できない。折角の機会だから”一の太刀”で身罷みまかっていただくしかない。名残おしくて仕方ないけど、止むを得ない。女性陣に人情に及ぶ様をお見せするのは僕の美学に反するので、ゴキブリ君と女性陣の視線との間に体で壁をつくり女性陣に背中を見せる。どこからか手にした新聞紙でできた太刀を”小さく振り上げて”イザ。


”ゴメン…………合唱!”


 亡骸なきがらはいつの間にか手にしていたティッシュで包んで女性陣の方を振り向いた。


「……………………」


 女性陣の視線ではなく怯えているのを見て言葉が出なかった。神様の亡骸なきがらを包んだティッシュの塊を右手で大きく振り上げるつもりだったのが、小さなガッツポーズになってしまっていた。

 「もう大丈夫」とポツリと呟いて、名残惜しみながら辞去じきょした。

(大丈夫って何が大丈夫なんだよ……俺)

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