第38話 彼女からの告白_野外コンサート当日

 コンサート当日。

 いつものことでこれから先の段取りがまったくわからない。聞こうともしない僕も僕だけど、誰も説明してはくれない。

 この日は土井君の車に半井氏と僕と便乗させてもらって現地に向かった。

 1時間と少し車を走らせて、コンサート会場近くのコンビニに立ち寄ることになった。

 車が駐車場に入ったところで、コンビニの中から高島さんが出てきた。まだ僕らには気づいていない様子だった。

 戸塚氏が続けてコンビニから出てきたところで、土井君と半井氏が車から降りていった。でも僕はそのまま土井君の車の後部座席に座ったまま待機することにした。

 最初から乗り気ではなかったうえに、2人が一緒にいることがどうにも面白くなかったからだ。


(いくらなんでも酷過ぎる)


 このコンサートにみんなで行こうと企画したのは高島さんだとしても、実際にそのチケットを手配したのは戸塚氏で、そうした関係で、先にここで会っていたのだろうとは思う。

 でも理屈に感情が合わない。


(なんなんだよ、もおー…………僕の感情を逆なでしたい…………というわけではないだろうけど、気を使って欲しい…………わからない…………だろうな…………)


 みんなが合流したところで、ここから10分ほどで辿り着く会場へ移動することになった。

 会場まで移動して、車を降りて、既に長蛇となっていた列に並んだ。

 ここで、この日のチケットを戸塚氏から受け取り、代金を支払った。

 列に並ぶときに高島さんと挨拶はしたのだろうと思うけど、記憶にない。

 しばらくして入場が始まった。

 手にしたチケットの座席番号を目指して移動をはじめた。


(チケットは本当にランダムに渡されたのだろうか? …………)


 僕の右隣に土井君、その隣に半井氏、高島さん、戸塚氏という並びだったと思う。

 着席してから、周りを見渡してみた。1,000人…………そんな数じゃないな。2,000人…………いやもう少しいるだろうか。3,000人前後といったところだろうか。それくらいは入っていたと思う。

 ステージに目をやると、ステージと客席の間にレールが敷かれていた。テレビ局が撮影をするようだった。テレビ撮影のことはみんな知っているのだろうか。みんなが知っていて僕だけが知らないのか、知っている人と知らない人がいて、その知らない人のひとりが僕という状況なのだろうか。誰もテレビ撮影のことを突っ込まないし、そうした案内もないので、前者だったのかもしれない。どうにもこうにも、やっぱり残念な人にしか思えない、自分。

 レールだけではなくクレーンも入っており、撮影は思いのほか大掛かりに思えた。

 野外の開放的な会場にテレビ局の撮影、途中花火も打ち上げられるなど、会場はかなりの熱気につつまれた。

 戸塚氏から電話をもらってからずっと面白くなかった僕でも、この日はステージには興奮したのだから、僕以外のみんなはその上をいっていたのだろうと思う。実際高島さんは最初から最後まで、子供のようにとは言い過ぎだけど、それくら楽しそうにしていた。

 熱気に包まれたままコンサートは終わった。

 会場を後にして、駐車場に置いてある土井君の車を目指して歩き始めた。結局会場内で僕と高島さんは一言も言葉を交わすことはなかった。隣でも、隣の隣でもなく、間に2人はさんで座っているので、そう簡単に会話になるような位置関係ではないのだから、不自然なことではないけど、お互いによそよそしい雰囲気になっていたので、単に位置関係だけに原因があるとは思えなかった。話そうと思えば話すことができないわけではないので、一言の会話も無かったのは不自然と言えなくもないと思う。

 土井君の車まで来たところで、僕はそのまま土井君の車の後部座席に乗り込んだ。

 車のすぐ傍で他のみんなは話し込んでいる。でも僕は車から出てその会話に参加する気にはなれないでいた。

 外は真っ暗だったので、車の中にいる僕のことは外からはわからなかった思う。

 車の中から高島さんの様子をうかがうと、しきりに僕の方を気にしている素振りで、何か話をしたい感じに見受けられた。


(今日は無理。とにかく今は何か話したい気分じゃない)


 なかなか会話が終わる雰囲気でもない。高島さんが何か話をしたそうにしているのはすごく気になるけど、とくかく今日はこのまま帰りたい。

「布施さんは?」

「車に乗っていると思うよ」

 高島さんと土井君の会話が聞こえた。


(土井君、もう帰ろう!)


 心の中で土井君に話しかけた。高島さんと会話したくなくて、みんなより先に車の中で座って待っているこの状況で、みんながすぐ傍で会話していて、それがなかなか終わらないのは、もはや僕にはストレスでしかなかった。


(土井君、たのむから、早く帰ろう!)


 心の中で再び土井君に話しかけた。


(気のせいか、高島さんの立ち位置がさっきより僕に近くなっているような…………)


 それからどれくらいたっただろうか、ようやく会話が終わってそれぞれ帰ることになった。

 土井君と半井氏も車に乗り込んできた。それに合わせて高島さんが運転席に座った土井君に話しかけてきた。


(えっ……)


 気持ち体を小さくしてみた。うつむいて高島さんと視線が合わないようにもした。

 気のせいかこの日で一番大きな声で話しかけているように思えた。

 さして長い時間ではなかったとは思うけど、土井君と高島さんの会話も途切れた。

「じゃあいきます」

「はい、気を付けて」

 二人の会話が終わって、車が走り始めた。高島さんが車の進行方向の後ろになったタイミングで後方を振り返った。高島さんはまだこっちを見ていて、それから車が見えなくなるまでこっちを見ていた。


(何か僕と話をしたくて仕方なかったみたいだったけど、なんだったのだろうか?)


 高島さんが話したくて仕方なかったことは気になって仕方なかったけど、この日の僕はその話を聞き入れられるような気分ではなかった。

 ただ、その答えは割とすぐにわかることになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る