第13話 1回目の告白<2219.08.中旬>

 去年の12月に高島さんに一目惚れしてから9カ月目に入っていた。

 お互いに思いあっていなければそうはならないだろうと思えることがいっぱいあった。また高島さんの気持ちが直接的なものでないにしても、伝わってくる言動もあった。

 高島さんの言った「布施さんに手紙書く」で、僕の気持ちは頂点に達してしまった。

 が、これが悪かった。ある意味最悪のタイミングになってしまっていることに当時の僕は気づいていない。

 8月中旬(平日)のある日の夕方。

 高島さんに告白しよう!と決心…………してしまった。

 決心したらその勢いに任せないとどうにもならないほど小心者なので、まず「これからそちらに行きます」と高島さんにメールを送った。それ以外要件は伝えてはいない。

 高島さんからどのような返事をもらったか覚えていない。

 夕方から高島さん宅に向けて車を走らせた。8月とはいえ、途中から暗くなってきていた。


(遠い……)


 高島さん宅の前に到着した。車を止めて車中から高島さんに到着したと電話を入れた。

 高島さんが自宅から出てきて、車の前で向き合う僕と高島さん。高島さんの姿が見えたので、僕も車を降りた。

 車の前で向き合う二人。

「突然、遅くにごめんなさい」

「あっ、いいえ」

 真顔でこっちを見ている。ニコリともしない。

「突然なのだけど、僕と付き合ってください」

「………………」

 この時の高島さんの返事は一言も一文字も思い出せない。ただひとつはっきりしていることはOKではなかったということ。

 なんかもう、ただただ恥ずかしくて、残念で。でもそれでいて驚いてもいた。

 ちょっとよくわからない。ではこれまでの出来事で感じていたことは何だったのか?人間不信というより自分不信になってしまった。


(人の気持ち……いや女心が僕にはわからないということなのだろうか……)


 あれこれ思いを巡らせているうちに大変なことに気付いてしまった。


(いったいこれからどうやってシンキロウで一緒に活動していくんだ)


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 後先考えずに自分の気持ちに正直に動いてしまう単純な僕。良く言えばわかりやすいということだろうか。

 失恋?してしまったその直後から僕は混乱してしまっていた。失恋だけでも大問題なのに、これからいったい高島さんとどんな顔して一緒に活動していけばいいのだろうか。

 これには困った。

 この頃のシンキロウは、新しい活動がはじまっていた。

 市が主催する文化祭への参加の依頼がきていたのだ。参加に先立って市と話し合いが行われている時期だった。

 次の話し合いは8月下旬の平日午前中だった。記録もなく、記憶を辿っても、日にちを特定することはできなかった。

 植木代表から僕にも話し合いへの参加依頼がきた。いつもなら二つ返事するところだが、ここで一計を案じた。


(東京に主張しよう!)


「その日は東京出張が入ってましてちょっと参加するのが……」

「何時発の飛行なの?」

「12時30分発です」

「何時のバスに乗れば間に合う?」

「11時半より少し前です」

「じゃぁ、それに間に合う時刻まで参加して欲しい」

「えっ、…………いやっ、でも話し合いの会場からバス停までが遠くて……」

「それは大丈夫、僕が車で送るから」

「(えっー…………)話し合いの途中で抜けることになってしまいますが……」

「それも大丈夫なようにしておくから」

「…………そっ、そういうことなら。でもご迷惑にならないでしょうか」

「うん、何も問題ないよ」

「そっ、そっ。そうなんですね。申し訳ないです。ではそうさせてください」

 もろかった。あまりにもろかった。こうまであっさり参加することになってしまうとは。僕の一計とはそんなもん。考えてもみれば、だいたいいつもそんな感じだった。今までも。

  ちなみに、東京に出張するとは本当のことで、この電話の時点で既に飛行機もホテルも手配済み。

 嘘はつかない。段取りもいい。でも浅はか…………なのか?

 今にして思うと、どうも、僕が参加することありきで、裏を感じてしまうのは考え過ぎなのだろうか?

 新人の僕が話し合いに参加することの意義はそれほどないはずなのだけど。


(気まずい。どう考えても気まずい)


 高島さんも高島さんだ。平日だというのに話し合いに参加するなんて。普段平日は参加しないのに、話し合いに参加するためわざわざ来るなんて。

 遠いところに住んでいるんだから、わざわざ来なくても誰も何も言わないって。ホント。

 困った。本当に困った。途中で退席するとはいえ、顔を合わせることに変わりはない。どんな顔して合えばいいんだろうか。

 まだ先のことなのに、何やら汗が。夏だからなのか。きっとそう。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 話し合いの当日が来た。

 大き目の鞄を持って、スーツに着替えて、革靴を履いて。さぁ東京へ。

 でもその前に。

 いつもなら実家から徒歩1分のバス亭から東京出張に出掛けるのだけど、この日は植木代表の車で話し合い会場まで。

 いくら気をもんでも、時間は容赦なく過ぎてしまうもの。迎えたくない、できればスキップしたい日が訪れた。そして何も知らないのか、全部知っているのか、植木代表の車で会場へ到着した。

 この会場で、高島さんとあの日以来の再会をする。この日の高島さんとどのように再会したのか覚えていない。でも衝撃的なことがあった。

 高島さんが驚くほど短く髪を切っていた。もともとそれほど長くもない髪を切って、それでいて髪を切ったと僕でも理解できるほど、かなり短い。

 そうか。失恋したということを再認識した瞬間だった。

 失恋の再認識?

 ここが僕にはどうにもよくわからない。逆ならわかる。

 高島さんが僕に告白して、僕がお断りして、それで高島さんが髪を切る。これならすんなり理解できる。

 ただ、そもそも論として「髪を切る=失恋」という方程式が成り立つのかという問題はある。でも今バラ色のお話し中なので、そういう色気のない話は無視するとして、どうしても話が逆のように思えて仕方がない。なにゆえ高島さんが髪を切ったのか。

 今にして思うと、おそらくは、髪を切ることで失恋を連想させ、そのことで高島さんは僕に思いがあるのだということを伝えたかったのだろうと思う。

 本当にそうなのか?

 高島さんは意味のないことはしない性格。だから”髪を切ることで失恋を連想させる”ことが目的だったことはまず間違いない。

 会議はまだまだ進行中で中座するのは後ろ髪を引かれる思いもあるもののバスや飛行機は待ってはくれない。

 やがて僕が退席する時刻がやってきた。

 植木代表に目で合図して、席を立ち、その場で一礼してドアまで歩き、振り返ってもう一度一礼して部屋を出た。

 高島さんの視線を感じていた。ずっと。でも、気のせいかもしれない。

 「高島さんの視線を感じた」とは、案外勘違いではなかったのだと思う。それは、この後おこる様々な出来事や、視線だけを僕に向ける高島さんの写真でわかる。

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