第12話 高島さんの想い

 高島さんに一目惚れしてシンキロウに入った。

 シンキロウに入って参加した最初のイベントは高島さんの送別会だった。

 別れゆく人を送り出す会に参加しているにもかかわらず、それを意に介すことなく、高島さんはシンキロウに残って活動すると思って疑ってもいなかった、当時の自分のことがよく分からない。

 まして片道3時間もかかる青野区おのくに転居しているにもかかわらず、まるでそんなことは無かったかのように、シンキロウに高島さんは残るのだと信じていた。

 高島さんが転勤する勤務地の希望を出したのが僕がシンキロウに入る前のことで、もっと近くの勤務地を希望できたのにもかかわらず、最も遠い青野区おのくを希望していた。

 これは本人の意思であることから、僕らの住む星野区で築いた人間関係を断ち切ろうとしていたとしか考えられない。

 そこにどういう背景があったのかは今でもわからない。

 人間関係を断ち切る思いから最も遠い勤務地を希望していたにもかかわらず、そしてシンキロウを辞めるはずだったにもかかわらず、何故シンキロウに残ることにしたのか。

 まして、車で往復6時間以上かかるところから、通ってでもシンキロウの活動を続けたのは何故なのか。

 高島さんが勤務地の希望を出してから送別会の日までにシンキロウに入ったのは僕だけだったので、そういうことなのだと思う。

 これを補強する事情もある。

 植木代表夫妻は、僕と高島さんを近づけようとする振る舞いが何度もあった。それはここまでもそうだったし、この先もそうした出来事がいっぱいある。

 こうしたことから、高島さんがシンキロウに残った原因が僕にあることは自明の理と考えていいのだと思う。

 雑誌の企画で西青ヶ島(県)に行った日までの、高島さんの僕に対する振る舞いは、分かりやすい言動で示していてくれていた。


・5月の連休の「いいなぁー、そっちのほうが楽しそうだなぁー」という発言

・湖畔ライブに高島さんから誘われて僕と2人で行っていること

・湖畔ライブの打ち上げの後に、店先で猫をあやしている僕に「ずるいなぁ、不施さんに撫でてもらって・・・」という発言

・初めての紙芝居公演での高島さんの振る舞いといただいたお守り。そしてご両親が見にこられていた理由

・西青ヶ島(県)での「布施さんに手紙書く」という発言


 高島さんの情報収集能力は極めて高い。それに、好意を持った相手のことを詮索する性格とあいまって卓越したものになる。

 当時、僕のことを詮索しているという実感はあった。でも好意のうえでの詮索なので、悪い気はしていなかった。

 シンキロウの活動は基本的に週に1回あり、参加は任意で毎回参加するメンバーは異なるものの、僕は欠かさず参加していた。また、植木代表宅にも頻繁に通っていて、シンキロウの活動状況とか出来事については植木代表ご夫妻の次に詳しかった。

 遠隔地に住む彼女はこの週1回の準備・練習に参加することはできない。

 最近聞いた話によれば、彼女の仕事は自宅で寝る暇もないくらい多忙な業務なのだという。そのことを教えてくれた高島さんと同年齢ほどの女性によれば、自分の子育てをすることはまず不可能なくらい忙しいそうで、実際その女性はそうだったらしい。

 高島さんは、準備や練習に参加できないメンバーだったものの、それでも、僕と変わらないほど状況を把握していたし、おこった出来事についても知っていた。

 こうしたことは当時さして気にもしていなかった。女性メンバー同士で情報交換しているだろうし、植木代表からもお話を聞いているのだろうと思っていた。

 しかし実際には、こうした情報の入手先は植木代表ご夫妻を含む女性メンバーだけではなかったようで、僕以外の誰からでも情報得ていたようだったのだ。

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