第10話 はじめての紙芝居<2219.08.01>
2219年8月1日。
子供のためのボランティア団体シンキロウとして夏に紙芝居をやることになっていた。
会場は夏休み中の私立学校の体育館。
卒業生が在籍していたのが決め手になった。
本番の8月1日を前に、本番さながらの練習をする日々が続いていた。
そして本番前日の夜。
練習中の高島さんの様子がおかしい。
いつになくうつむき加減でずっと練習している。それだけではなく、僕の傍から離れようせず、それでいて練習は続けている。
不自然。
まよう。とてもまよう。何か大事な何かを見落としているのではないか。練習云々は置いておいて、これまでこんなことはなかった。僕の傍にずっといる。高島さんの傍を離れてみればはっきりするのだろうけど、それはそれで勇気がいる。
どっちに転んでも、つまり僕の予想が当たっていたらいたで、どうしていいのか分からないし、外れたら外れたで、ショックが大きすぎる。
そもそも、明日僕とってははじめての紙芝居という日で、そうでなくても緊張しているそんなタイミングで、予想がどちらに転んでも、その先どうしていいのかまったく考えられない。考える余裕がない。時間もない。
(どうしよう………)
結局、練習が終わるまで、そのままだった。僕から何かすることもなかったし、高島さんがそれ以上の行動をとることもなかった。正直それはそれで、後が怖いという気持ちもあったけど、僕からすると状況が悪すぎる。
終了後のミーティングで植木代表からみんなにお守りが渡された。
「高島さんのお母さんからです」
僕には何もかもがはじめてのことで、こうしたことが普通なのかイレギュラーなことなのかまったく判断がつかない。毎回誰かが何かをするものなのだろうか。何がおこっているのかまず理解が追い付いてこなかった。
結局この日の夜は混乱と動揺の時間ばかりを過ごしてしまった。こうなるともう、明日が色々な意味で不安でしかない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
本番当日。
いよいよ子供達とその親御さんの前で紙芝居をする。といっても僕ははじめてのことなので、さしてやらないといけないことはない。それでも、それはそれで、緊張はする。
しかし、それにしても、昨日の続きがどうなるのかが気が気でない。
集まった親子は、どうだろう100人ほどだろうか。もう少し人数はいたかもしれない。ただ、いずれにしても、それが多いのか少ないのかはわからない。
僕以外のみんなは流石に手慣れている。
本番当日の予定されていたいくつかの紙芝居の全てが順調に終わっていった。
僕は大したことをするわけでもなかったので、心配をよそに案外問題なく終わってしまった。
紙芝居は終わった。
ステージ上にスタッフ全員が並んだ。
(そうするんだ………知らなかった)
それぞれの役割を終えたスタッフ一同が一列に並んでお客様からの拍手を・・・というのは知らなかった。言っておいて欲しかった。そんな段取りいつしたのか知らないし、それでも皆は当たり前のようにそう振る舞っていたのだから、そうするのがいつもなのだろうと割り切って、列の一番はじにならんでいた。
ステージ上から会場の一番後ろに、親子連れでもない、スタッフでもない、中年のご夫婦の姿が見えた。
しばらくするとそのご夫婦の奥様が、ステージ上のスタッフの列に歩み寄ってこられた。その手には花束があった。
また何が起こっているのかわからない。
列の端に立っている僕から、反対側の端までを見渡してみても、みんな表情をかえず、特に何かするようでもない。これはつまり、その奥様が近寄ってくることは、想定できているということなのだろう。
(そういうものなんだろうな)
もう割り切るしかなかった。
その奥様は高島さんの前に立たれて、手に持っていた花束を渡して、ご主人らしき人の隣に戻られた。
後で分かった。この夫婦は高島さんのご両親だと。
昨日、高島さんのいつもと違う様子だったこととお守り、そして今日ご両親がこられていたことは、どう捉えるのが正解なのだろうか。
それにしても綺麗なお母さんだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この頃のまでの高島さんは割りと積極的に僕にアプローチしてきている。
僕のほうがむしろ動揺ばかりしていて、情けないように思える。これはこの当時の僕には高島さんの気持ちをはかりかねていて、どうしていいのか分からなかったからなのだけど、こうしてまとめてみると、消極的すぎるように見えてしまう。
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