第9話 湖畔ライブ<2219.05.08>
5月のゴールデンウイーク前には戸塚氏の湖畔ライブのことは知らなかった。
それでも湖畔ライブに行ったということは、連休中の旅行の後に高島さんから誘われたことになる。
ライブ当日。
高島さんとは植木代表の自宅で合流した。植木代表宅からそのまま僕の車で40分くらい先にある湖までドライブ………だったのだろうか。思い出せないけど、ライブ会場や、その後のことを考えるとたぶんそうだったのだと思う。
後々のことを考えると、このときのライブの
ライブ会場での写真撮影を戸塚氏から頼まれた。
シンキロウ関係者の中で唯一僕と肌の合わない戸塚氏だったけど、この頃はまだそれほど戸塚氏のことを知らない。
高島さんの転勤に合わせるかのようにシンキロウを辞めた戸塚氏。戸塚氏が高島さんに気があるのはすぐにわかった。
高島さんは戸塚氏に好意があるとは思えない。でも、ほかのシンキロウの男性スタッフとは何かが明らかに違う。何か特別感はあるのだけど、好意ある異性に対する接し方とは違うと思った。
僕と同じように高島さんに好意を持っている戸塚氏が面白くない存在だからという意味で肌が合わないと言っているわけではない。
僕がそうだったのだから、戸塚氏からみた僕に対する感情も同じだったのかもしれない。ただ、少なくとも
この日戸塚氏が僕に写真撮影を依頼したのは、ライブ会場で僕と高島さんと距離を取らせるためだったのだろうと思う。実際僕はその思惑にあっさり乗ってしまう。ライブ中ずっと写真撮影のため高島さんの傍にはいなかった。
ちょろい。
高島さんはライブ中の僕のことは気にしていなかったのだろと思っていた。しかし、帰りの車中で「途中、戸塚さんからの合図でステージに走っていってたよね」と、僕の動きを見ていてくれたようだった。
植木代表宅に戻る前に戸塚氏の自宅までライブで使った機材を届けに行っている。道案内は高島さんだったようだったけど、自宅を何故知っていたのだろうか。
機材を届けた後はそのまま植木代表宅へ。
植木代表宅に戻った僕と高島さんは、しばらく植木代表宅で、植木代表ご夫妻と4人で談笑していた。その際撮影した写真が残っていた。しかし、この写真をどうしても探し出せない。
僕と高島さんのツーショット。満面の笑顔の高島さんと戸惑っている僕。
植木代表宅での高島さんの僕に対する接し方はどこか棘があるようだった。
(ちょっと苦手な女性かも………)
この日までそう感じたことはなかった。この日はじめて感じた感情だった。まだ高島さんのことをあまり知らない時期だったので、棘のある接し方にショックを受けていた。
しかし、高島さんがどうしてそのような振る舞いをしたのかはこの後わかる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
湖畔ライブの打ち上げのため、植木代表宅から徒歩5分ほどのカラオケボックスへ。
集まったのは7~8人くらいだろうか。このうち覚えているのは、僕と高島さん以外では、戸塚氏だけで、あとはまったく思い出せない。
僕はモニターから最も遠い座席に座った。どうしてそうなったのか、僕の隣には戸塚氏がいる。わざとだと思う。とても偶然そうなるとは思えない。
いつのまにか戸塚氏は、何かをドラムの代用として叩き始めた。流石に上手だとは思った。
僕と高島さんと戸塚氏だけは歌わないものの、後の参加者は楽しそうに歌っている。音痴な僕には何が楽しいのかわからないし、こうした時間は苦痛でしかなった。
しばらくした後、戸塚氏から唐突に「やってみて」とそのドラムのかわりに叩いていた物を渡された。
心の中で激しい動揺と驚きが一瞬で広がった。叩くこと自体は面白そうだとは思ってはいた。ただ、それを当たり前のように、そして唐突に言われたことが、非常に挑戦的に感じられたことと、何かとてつもなく見下されているように感じられた。
やるのかやらないのかの選択肢は2つあるにはある。しかしやらない選択肢は男としてない。それに断れば断ったで、苦手な歌を歌わなければならないという恐怖もあった。
やるしかない。
戸塚氏から受け取った代用ドラムを叩いた、思い切り叩いた。
「うまいじゃないか」
戸塚氏から思いもよらない言葉を掛けられた。「やってみて」と言われたときに抱いた感情は思い過ごしだったのだろうか。
しばらく後、カラオケは終わり店を出た。
カラオケ店の前は堤防だった。店を出たみんなで堤防を同じ方向に歩いていく。
僕は最後尾から一人になって、ついていくことにした。
でも、店を出てすぐに猫を発見した。
よんでみたらすぐに近寄ってきてまとわりつくので、その場でしゃがみこんで、猫と遊び始めた。
(なんて人懐っこい猫なんだ。猫はかわいいなぁ。ましてこんな人懐っこい猫は特にいい)
そうやって猫とじゃれていると、僕より先を行っていた高島さんが引き返してきた。
一気にぎこちない動きになる。
傍まで戻って来た高島さんもしゃがみこんで僕と猫の様子をながめている。
「ずるいなぁ、不施さんに撫でてもらって・・・」
唐突だった。そして自分の耳を疑った。あまりのことでかえってどうしていいのかわからない。
これには参った。この言葉をどう捉えればいいのだろうか。
頭はフル回転しているものの体は緊張しきっていた。
幸せな時間はあっけない。
彼女ごしに見えた夕日が忘れられない。
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