第49話 閑話<怒っているの?>
僕の朗読の担当部分で、どうしてもうまく読めないところがあった。いくら練習してもダメ。
みかねた植木代表に誘われて、いつもじゃない時間の、いつもじゃない場所で練習することになった。
そこはかなり広い公園で、いくら声を出して練習してもまわりに迷惑になることはない。
繰り返し繰り返し練習を重ねたある日、いつもの場所で、いつもの練習しているときに、植木代表と、いつもじゃない練習のことについて話し合っている会話に、高島さんが横合いから突っ込んできた。
「自分でも練習しているの?」
「植木代表とその公園に行って練習する前からその公園で一人で練習しているけど…………」
ちょっと不快だった。何も知らないのだから仕方はないことだと理屈では分かっている。でも高島さんの発言は不快にしか感じなかった。
やるべき努力は人一倍やってはいる。でもいくら頑張っても人並みのこともできない。頑張って人並みの結果がでないことが分かっているから、人一倍頑張っている。
でも周りからは頑張っていないように思えるのかもしれないし、高島さんにも努力不足と思われていたのだろうと思う。
自分の専門分野(=仕事)以外では、全方位でこの調子だからダメ男だと自分では思っているし、まわりの人達もそう思っているのだと思う。実際馬鹿にされることはあっても、ほめられることはない。
ただ唯一専門分野(=仕事)だけは別で、努力した以上の結果がでてしまう。だから仕事にはこだわりも誇りもあるけど、それ以外の部分ではどんな不当な扱いを受けてもなんとも思わない。
出来ないことでも、継続して努力を続ければいずれできるようになるという意見は、至極まっとうだとは思う。でも、出来ないことが全方位となると焼石に水。
そうはいっても子供の頃は馬鹿にされるのが嫌で目一杯努力もしたし、抵抗もした。でも駄目なものは駄目。両親にすらほめられた記憶が1度もない。叱られることが多かったためにほめられたことを覚えていないだけかもしれないけど、でもひとつも思い出せないし、本当にほめられたことはなかったのかもしれない。
出来ないことに努力している時間は出来ることに割きたい。そう思って専門分野だけは継続して努力を続けた結果、今では出版の依頼、講演の依頼、新聞社から記事の執筆依頼も来るようになった。唯一無二と評価されることもある。
馬鹿にしてくる人に抵抗しても火に油を注ぐだけなので、馬鹿にされたことを笑いに変えるようにしている。不当な評価と思うこともあるけど、人の口に戸を立てることはできないので、あえて修正することもしない。
誰に何を言われても構わないと思っていても、それが好意を抱いている高島さんからとなると流石に傷つく。理解して欲しいと思っている人に「自分でも練習しているの?」と言われたのは流石に辛かった。ただ、前後の高島さんとのことを思うと、確認しただけなのだろうとは思う。確認した発言を過剰に受け止めたいるだけなのかもしれない。
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