第22話 中青ヶ島旅行<2220.02.12>_山頂へ

 次は小高い山に登るらしい。

 山というより、小高く土を盛ったという程度の高さしかないものの、山頂からの眺望はとてもよく、小さな公園もあった。

 しかし、徒歩で登ることになるため、そんなところに行くにしても、僕にとっては大きな問題だった。7人でまとまって歩いていくと、歩きながら誰かと誰かが前後して何かのタイミングで彼女が横になんてことは大いにありうる。

 それは困る。

 またしても一計を案じた。大人だから何も一緒に山頂まで行くことはない。少し遅れていくことにしよう。

 小高い山の手前には土産物屋が並んでいた。この土産物屋街の入り口に、腰かけられる場所があった。腰かけるための場所ではないけど、腰かけた。まだ朝早い時刻で人通りもそれほど多くはない。一緒に歩いていたみんなから離れて、そこに座らせてもらった。

 丁度いい。

 一緒に歩いていたみんなは、一人離れた僕のことを気にする風でもなく、そのまま僕を置いて先に歩いていってしまった。


(よほど気持ちが顔にでているのだろうか?……)


 僕はみんなの歩いて行く方向に背中を向けて座った。


(もう、どう思われていたとしても構わない。一緒に仲良く歩くなんて、申し訳ないけど、今は考えられない)


 朝早い時刻とはいえ、さきほどの観光クルージング船に乗船したときよりは暖かくはなっていた。寒いことに変わりはないのだけど、洋上で寒風にさらされていたことを思えば、どうということはない寒さだった。

 みんなに背中を向けて座ってみたはいいのだけど、振り返って座った先に特に目をやる景色はない。普通の建物が立ち並んでいるだけだった。


(せめて、土産物屋街の方向ならまだ眺めていられるようなものを……残念……でも、ま、それでも高島さんと一緒に歩くのはちょっとね。とにかく今はそっとして欲しい……そっと……)


 少しほっとしていた。日付の変わる深夜から同じ車に乗って7時間くらい。それから朝食、観光クルージング船となんだかんだで、10時間くらい緊張していたわけで。なにせわずか2週間くらい前に2回目の交際の申し出を断らたわけで。まだ心は少しも癒えてない。


(同じ女性に2回ふられるとか。何やっているんだろ。俺)


 それにしてもいったいこの日はどんな表情をしていたのだろうか。表情だけの問題でもなかったのだろうけど、もうどうにか明るい表情にしようとする気力もない。


(やっぱり今日はちょっと頑張れない……な)


 腰かけてほっとしたのも束の間、後ろから近づいてくる足音が聞こえてきた。今は朝早い時間帯。山頂へ向かって歩いて行く人はいても、山頂からおりてくる人はまだいない。遠のく多くの足音の中でも近づいてくる足音は聞き分けられる。

 もう嫌な予感しかない。


(じょ、冗談だろ……)


 間違えであって欲しいと思うものの、広い通りを僕が座っている側の端を歩いて近づいてきているようにしか、その足音を捉えることが出来ないでいた。外見上は佇んで景色を見ているかのようでも、意識は背後から近づいてくる足音にだけ集中していた。


(まさかなぁー、そんなことってあるかな?……)


 だいぶ近づいてきたところで足音が止まった。


(あれっ?……)


 不思議の思っていた数瞬間の後、硬貨の音がした。


(あっ……そういえば……)


 自動販売機にその硬貨を投入する音とボタンを押す音に続いて商品が取り出し口に落ちる音がした。続けて取り出し口からその商品を取り出した音がして、そのまままた足音がこちらに近づいてくる。

 足音が僕の右斜め後ろで止まった。

「布施さん、どうぞ……」

 振り返ってみると高島さんだった。

「あっ、ありがとう……」

 泣きそうになった。


(その優しさは……ちょっと……駄目かな……今は……)


 こぼそうになる涙を堪えるので精一杯だった。


(なんなんだよぉー、どうして……意味が分からない……お願いだからそっとして置いて……ホント……今は無理だから)


 そっとしておいて欲しいと思っている人からもらう暖かいお茶。くやしいけど、暖かい。高島さんはお茶を渡すと余韻も残さずその場を後にしていた。


(お茶……飲み干したら後を…………)


 どれくらいの時間が経っただろうか。とにかく寒かったので、ペットボトルのお茶を1本あけるのにさして時間はかからなかったとは思う。

 一息ついて、体も少し温まったので、その場を後にして、山頂を目指すことにした。

 山頂を観光したときの記憶はここまでで、この先の記憶がほぼない。ただ、この山頂で撮影したこの時の写真が残っていた。

 高島さんの表情はいつになく自信に満ち溢れている。表情に明るさがあるわけではないものの、きりっとした目つきをしている。

 この旅行で僕が写っている写真が1枚も見当たらないので、この日どんな表情をしていたのかは結局わからないまま。けれど、高島さんとは対照的だったのだろうと思う。自信を喪失し、影のある、暗い表情だったのだと自分では思う。

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