第66話 思わぬ来訪者<2220.11.28>

 思わぬ人から連絡があった。

 高島さんと一緒に行った、彼女の自宅近くの喫茶店の店長の飯塚さんから、あのブランケットの体験をして欲しいというのだ。あのブランケットとは高島さんが販売しようとしている商品のことだった。この飯塚店長もやっているらしい。

 店長が飯塚さんという名前だというのを、いつどうやって知ったのかは覚えていない。年齢もわからないけど、見た目は僕とほぼ同じ年齢くらいだと思う。

 飯塚さんはブランケットを僕に体験してもらうために僕の住んでいる町にまで来てくれるという。片道3時間程度、往復で6時間程度かかるというのに、そのためだけに来てくれるとなると、当然”売り込み”されるのだろうなと思った。

 購入する気持ちはまったくなかったので、お断りしたかったのだけど、高島さんと親しくしているようにお見受けしていたので、無下にはできなかった。

 とはいってもブランケットの体験は少なくとも1時間以上は必要なはずなので、その間独身女性と2人きりというのは、かなり気が引けた。


(困ったな…………どうしようかなー…………)


 仮に指定された日に用事があると言って断っても、結局後日ということになる。あっさりと「無理です」と断ることも考えられるけど、高島さんと近しい関係となればそういうわけにもいかない。

 断れないのだったら申し出をお受けするしかない。

 こうなってくると正直、高島さんにどうにかして欲しかった。どうにかとできることなのかは分からないけど、器用に立ち回れる彼女ならなんとかしてくれるだとうと思った。この場合の僕の立ち位置ではどうにもならない。

 それと、どうしてそう感じたかは今となっては分からないけど、もうひとつ男女の問題を心配していた。2人きりの部屋の中で、飯塚店長の傍で1時間以上横になっているというはどうなんだろうか。逆の立場なら分かるけど、女性だとどうなんだろうか。分からないから余計に困る。仮にこの問題はどうにかなるにしても、もうひとつ心配なことがあった。


(そもそもこのことを高島さんは知っているのだろうか?…………いいのかなぁ、2人切りで会ったりして…………)


 高島さんがどこまで知っているのか、知らないのか。

 飯塚店長とこうしたやりとりをしている頃の僕は、高島さんにこの商品の販売から手を引いてもらうために動いていた時期と重なっていたので、どうしても高島さんに連絡できる状況ではなかった。


二進にっち三進さっちもいかん……どうしたものか……はぁー、困った……)


 こんな状況で高島さんに嫉妬されるのも困るけど、もうこうなるとなるようにしかならないと腹をくくる以外になかった。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆             


 体験当日。

 飯塚店長を部屋に案内して、二人きりでの体験が始まった。

 早速を仰向けに寝て飯塚店長からブランケットを掛けられた。


(これからどうしたら……)


 そう思っていたものの、流石に喫茶店の店長だけあって、会話に困らなかった。先日の体験のイメージのままの状況、つまり、ずっと静かに1時間以上寝ていなければと思っていたのだけど、考えてもみればそんな必要はなかったのだ。これは助かった。そうは言っても独身女性と部屋に2人きりというのは非常に緊張する。ましてほぼなにもしらない女性だから殊更に緊張していた。そのためかこのときにした会話はほぼ覚えていない。

 体験している間ずっと飯塚店長とお話をしていたのだから、様々な話題を振られたのだろうと思う。そのためか、会話の最後のほうで、唐突にびっくりする突っ込みがあった。

「高島さんのこと好きなんだ?」

「う、うん」

「そっかぁー、そうなんだ。彼女は今北青ヶ島(県)までコンサートに行っているよ」

「えっ、そうなんですか」

「そうだよ、知らなかったのね…………」

 気になることが2つあった。僕が高島さんのことが好きだということが分かるような会話をした……というより、そのように誘導されたのだろうということと、高島さんが地元に居ない日を把握したうえで、今日を指定してきたのではないかと思ったのだ。

 わざわざ往復6時間もかけて来ているのに、結局この日は、飯塚店長から1度も売り込みされることはなかった。こうしたことを考え合わせるとと、”そういうこと”だったのだろうと思う。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆             


 おそらくこの日の出来事を高島さんは知らないと思う。

 でも、この日の僕は、高島さんのことを残念に思っていた。おそらく知らないこととはいえ、ひとりで罪悪感を抱いて必死になっていたのに、そんな日に北青ヶ島県までコンサートに行っているなんて、不愉快だった。飯塚店長だけのことだったらそこまで想わなかったのかもしれない。でも高島さんのことを思って、動き回っている僕のことをよそに、コンサートに行っているという事実を知って、自分の気持ちのはけ口が、どうしてこんな時にコンサートにと思ってしまっていた。

 そう思うことは筋違いなのだと理屈では分かっている。でも理屈に感情が合わなかったのだ。


(ちょっと、いや…………だいぶ悔しいな…………)



 飯塚さんは高島さんのコンサートのことを僕に話した後、あっさり帰っていってしまった。以後ふたたび連絡をもらうこともなかった。

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