第72話 人生の岐路<2221.08.16>

 ようやく一人になれた。

 返す返す残念だった。あれだけ頑張ってどうにかブランケットの販売をやめさせることができたと思っていたところに、商品を変えて同じことをしてくるとは想像もしていなかったので、失望してしまっていた。


(どうして…………)


 残念で残念で仕方がない。もはやどうにかできるとは思えなかった。頼れる人には頼ってしまっているので、もう1度というわけにもいかない。今度こそお母さんにとも考えたけど、そもそも、そういうことをしていることすら知らない可能性もあるわけで、お母さんに教えていなかったことを他人の僕が教えにいくのもどうかと思った。

 他人といえば、僕が直接高島さんを説得するにしても、どんな立場で説得するのか考えあぐねてしまっていた。夫婦ではない、婚約者でもない、恋人ですらない、いいとこ知人レベルの関係の僕が、何故なにゆえ高島さんを説得するのかと考えたら、涙がでてきた。


(そうだったのか。高島さんを説得しようにも、そもそも、そんな立場ですらないのか…………3年間何してたんだろう…………)


 もはや如何ともしがたい。僕にはどうにもできない。今朝まで高島さんから告白されるかもと考えていたことなどすっかり忘れてしまっていた。

 高島さんに送ってもらってから、2時間ほど経った頃だっただろうか。悲嘆ひたんにくれているところに高島さんかの着信があった。

「はい、布施です」

「高島です……今お電話いいですか?」

「あっ、はい」

「実は今日のお祭りに合わせて、みんなでバーベキューを河川敷ですることになってまして…………」

「みんな?」

「あっ、はい。半井さん、土井さん、戸塚さん…………」

 まだ何人か言ってたいようだったけど、思い出せない。

「そうなんだ」

「布施さんもご一緒にどうかと思いましてお電話しました……」

「えっ、僕も?」

「はい」

 ちっとも嬉しくなかった。この時はじめてバーベキューのあることを知ったので、準備すら手伝っていない。高島さんによると買い出しは全て終わっていて、今河川敷でバーベキューの準備がはじまっているという説明だった。準備も手伝わずに急にその中に入るのは、今落胆している問題を差し引いて考えても、とてもその中に加わる気持ちになれない。どう考えても居心地が悪い。

「ありがとう。でも、ごめんなさい。今夜は帰省しきている同級生と飲みに行く約束をしていて、参加できないです」

「あっ……そうなんですね…………残念です…………」

 続けて何かいいたげだったけど、続かなかった。 

 僕は高島さんに嘘はつかない。この日の夜、本当に同級生の寺尾君と飲みに行く約束をしていた。

 高島さんからもらった、このバーベキューへのお誘いの電話は、”僕と高島さんの人生を左右することになるはずの電話”だったことを、この時の僕は知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る