第64話 トラウマ

 高島さんが始めようとしている商品の販売は、法律が改正されて罰則が強化されたばかりの頃だったので、当時の僕はかなり危機感があった。

 取り扱っている商品そのものは何も問題はなく、それを販売すること自体の問題もなかった。ただ、”販売する行為”に様々な縛りがあって、抵触すると罰せられることになる。つまり法律違反と背中合わせの状態で商品を販売することになるので、法律を知らないと常に法を犯している可能性が高く、かなり危険な状態だった。

 過去の苦い経験から、当時の僕には、それをそのまま高島さんに伝えればいいとはならなかった。


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 僕が上京する1年前に、先に上京した同級生がいた。彼の奥さんは1歳年下の同郷の女性。上京後、僕は何度も泊りがけで遊びに行っており、奥さんとも親しくなっていた。

 数年後、彼は高島さんとは扱う商品は異なるものの、高島さんと同じ方法で商品の販売をやり始めた。当時は今より罰則こそ厳しくはなかったものの、やはりそれでも、常に法律に抵触する可能性のある状態ではあった。

 彼の奥さんとは何度も連絡を取り合ってどうにか彼にやめてもらうように頑張ったものの、「いい商品だから」と取り合ってくれることはなかった。

 結局、僕と彼の奥さんとの努力はみのることなく、彼はその後もその商品の販売をやめることはなかった。

 高島さんの取り扱っている商品も確かにいい商品だった。だからこそ、高島さんを説得できる気がしなかったのだ。よくない商品であれば、それを証明してあげればやめさせることもできる。でも下手にいい商品だったので、そうはいかなかったのだ。

 こうしたケースは僕だけの問題ではなく、全国的にあることで、友人や家族関係が破綻した例は枚挙にいとまがない。だからこそ法律で様々な規制をしている。


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 過去の苦い経験から、高島さんを説得する方法には極端に慎重になっていた。


(まずはできることから手を尽くしていこう)


 そう考えた僕は、まず信用調査機関を使ってこのビジネスを展開する会社を調査した。次に、特許庁で特許情報(この会社の特許ではなかった)を収集したり、同様の商品を扱っている会社の事例を調べたり、果ては、この商品の特徴を独学で勉強もした。こうした努力の結果、この商品を会社の社員の知識にも劣らないところまでになっていた。


(次はどうしようか…………)


 考えあぐねた。どのようにしたら高島さんにこの商品の販売をやめさせることができるのか。

 まずは植木代表夫妻にお会いして、ことの詳細をお話した。植木代表夫妻も既にご存じで、僕の意見と同意だったものの、僕から言ったほうがいいのではという結論になってしまった。


(説得する自信がないから相談に来たのだけど、この先どうしようか…………)


 植木代表夫妻に期待していただけに、困り果ててしまった。

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