第63話 体験と高島さんの想い<2220.11.上旬>

 東青ヶ島県の体験会場に着いた。

 会場がどんなところか教えられてはいなかったので、ちょっと驚いた。古びた旅館のような佇まい。緊張してきた。

 車を駐車場に止めて、建物の中へ入った。旅館のようなというより、そのまま旅館だった。2階の広間に案内された。

 広間に入ると僕と同じように体験する人が20~30人ほどいただろうか。


(やっぱりこの空気感はどうにも苦手だ……帰りたい…………でも頑張れ俺!)


 進行役の人の指示に従って、広間の畳に仰向け寝て、ブランケットを掛けられた。販売する商品はこのブランケットらしい。

 広間にいた人々も同じように仰向けに寝ている。僕以外で広間にいる人達はみんな体験する人ばかりだけど、高島さんは僕の横で正座したまま、僕から離れようとしない。

 ピンと張りつめた空気。あたりは静寂につつまれた。物音ひとつしない。仰向けの僕の隣で正座したままの高島さんも微動だにしない。

 高島さんは子供の頃和楽器を習っていたらしい。どれほどの腕前なのかは分からないけど、その経験から正座は苦ではないのだろうか。体験しながら気になって仕方がない。


(体験しない高島さんが何故僕の隣にいるの?)


 ずっとそればかりが気になっていた。


(今日はめずらしくロングスカートだったけど何か意味があるのだろうか? …………わからないな、女心は…………)


 10分経っても、20分経っても、30分経ってもそのままだった。結局どれくらいの時間そうしていたのか覚えていない。1時間以上の時間はあったと思う。張りつめた空気感の中での1時間以上の時間はとにかく長く感じられた。


(それにしてもすごいな、高島さん)


 何故横で正座していたのかよりも、ずっと正座している高島さんに感心していた。今にして思うと、隣に居ることで僕に伝えたかった想いがあったのだろうと思う。でもこの時の僕はそれどころではなかった。

 学校で勉強していた中に当時改正されたばかりのこうした商品の取り扱いに関する法律があった。改正されたのは規制強化と罰則を強化するためで、法律の名称まで変更するという徹底ぶりだった。

 こうした背景を知っていた僕としては、どうあってもこの商品を扱うことを高島さんにやめさせたかったのだ。そのため、高島さんのこの時に振る舞いに込めて想いにまで理解が及んでいなかった。

 商品の体験が終わった。

 こうした体験を極度に苦手としている僕としては、ここまで商品の体験だけできればよかった。そのため事前に一計を案じて、この日はここまでで帰ることを高島さんには伝えてあった。体験した後に帰らないと夜の学校に間に合わないのがその理由だった。

 僕は高島さんに嘘はつかない。実際この後学校に僕は行っている。

 この体験の後も何か企画されていたはずだけど、それがどんなものだったのかは分からない。

 学校の始まる時刻を考えると、ここを出発したのは遅くとも3時半くらいになる。高島さんの住む町の喫茶店を出発した時刻と移動時間、会場での体験時間を考慮するとだいたい時間の辻褄は合ってくる。


(ここがどこだかわからないけど、ナビがあるから大丈夫…………)


 そう思っているところに高島さんから提案があった。

「大きな道に出るまで私が案内しますね」

「えっ……あっ……あーー、そっ、そうしてくれると助かる。ありがとう」

「いえ、ちょっと段取りしてきますね」

「うっ、うん…………」

 そう言うと高島さんはどこかに行ってしまった。段取りとは、僕の道案内をした後に高島さんを回収する車を手配することだった。ただ、この時は車にナビがあるから大丈夫とは言い出せなかったことで動揺していた。


(これでよかったのか?…………それにしても途中まで案内するってどういうことなんだろうか?…………)


 高島さんを助手席に乗せて車を出した。後ろからピタリと1台の車が付いてくる。体験が終わってほっとしたのか、会場に送るまではさして気にならなかった高島さんのめずらしく女性らしい服装が気になってしかたない。

 3回目の告白で言われた「もう少し待って……」の待たないといけない期間はもう終わったのだろうかと思い始めていた。だから今ここでまた告白して欲しくて今こうして案内しているのだろうと。


(言ったほうがいいのだろうか…………)


 高島さんの顔はわずかながら紅潮しているようにも見えた。はじらっているようにも、嬉しそうにしているようにも見える。


(やはり、そういうことなんだろうな…………)


 でもこの日はそういうつもりで来たわけではなかったので、そもそも心の準備ができていない。それに今は、今日体験した商品をどのように高島さんにやめてもらうのかを考えるので精一杯だった。

 でも高島さんはなかなな案内をやめようとはしなかった。

 商品の販売を辞めやめてもらうことで頭がいっぱいなだけでなく、そもそも自信を喪失していしまっていて、告白する気力もこの頃は無くなっていた。

 どれくらい案内してもらったのだろうか。だいぶ大きな道に出てからもしばらく走っていたけど、流石に車を止めて案内を終えることになった。

 高島さんは妙に落ち着きが無くなってしまった。車を止めて高島さんと会話した記憶があるけど、どんな会話をしたのか思い出せない。心境が複雑すぎて記憶にとどめることができなかったのかもしれない。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 どうぞと言ったこと、おにぎりのやりとのこと、高島さんの女性らしい服装のこと、体験中僕の横に1時間以上も正座していてくれたこと、必要ないはずの帰りの道案内のことを考えると、4回目の告白を期待していくれていたのだろうと思う。

 ふだんの高島さんの振る舞いが、女性にしておくのは もったいないとか、男らしいと形容するのがぴったりな女性だったことから、この日のこうした”しおらしい”出来事とのあまりに違いにとまどっていた。この日の高島さんの振る舞いを思い出すとかわいらしくて仕方がない。

 この日の高島さんの想いを考えると、この後このまま一緒に連れて行けばよかったと思うことしきり。学校までの2時間と、学校が終わってから高島さんの自宅まで3時間お話する時間が出来たと思うと悔しい。高島さんの実家と学校とは車でなら至近距離になる。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆              


 忘れていたことを思い出した。

 会場から大きな道に出るまで高島さんに案内してもらった時のことだったと思う。高島さんが助手席に座っているときの出来事だったので、まず間違いない。

 助手席でうつむきはにかみながら「成功したって言えるように頑張ろうね」と僕に言ったことがあった。

 成功するという言い回しは戸塚氏が良く使う表現なのでこの時は拒絶反応しかなかった。


(戸塚氏の受け売りじゃないの…………)


 不快でしかなかった。

 でも今にして思うと、ドキドキするようなことをいっているように思える。意味あいとしては「(二人で)成功したって言えるように頑張ろうね」といいたかのだろうと思う。戸塚氏の受け売りのような表現でなかったらと残念で仕方がない。

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