第2話 一目惚れ<2218.12.06>

 寒い。

 風はなく快晴だった。それでも寒かった。太陽の光があたるので、気持ちはよかったが、やっぱり寒い。

 なんとなーく待ちに待った、12月6日。


(なんだろう、この久しぶりのイベント感。なんだか分からないけど、ウキウキするな)


 土井君から指定されたイベント会場は、行ったことのない体育館だった。地元だけど懐かしくはない。まだ新しい体育館だからだ。

 とにかく入ってみよう。

 それにしても思ったより人が多いな。子供も多い。


(独身のおじさんがこの空気になじめるのか?)


 体育館の入口を入ってすぐに受け付けがあるみたいだった。人は多いけど、無駄に身長が高いので、受け付けがあることはわかった。

 人が多いといっても、ここは田舎。さして時間もかからずに受け付けの前まできてしまった。

 一目惚れだった。


(きっ、綺麗だなぁー………)


 あまりに突然だったので、咄嗟に距離をとってしまった。


(ま、でもそのほうが落ち着いて見ていられるかな)


 でも、そう簡単ではなかった。人が多くても先は見通せる身長だけど、その女性の身長は低かった。


(たぶん僕より30センチくらいは低いだろうな。見えない)


 しばらくそうして様子を見ていたものの、どうしてなのか、その女性は受け付けからいなくなった。

 仕方ない、中に入るか。

 広い、思ったより広い。あちこちでストーブが焚かれている。天井が高くて面積があるから、とてもあたたまっている感じはしないけど、無いよりはましだと思えた。

 広い会場の中心にパイプ椅子が並べてある。

 いつもの癖で最後列に座った。前に座ると僕の後ろの人が見えないのではと気をつかってしまい、心理的に疲れるからだ。最後列が最高。

 ただこの日は最後列が最悪になった。この後先考えない性格は数多ある僕の残念な部分のひとつだ。

 紙芝居が始まった。


(あっ、あの綺麗なお姉さんがいる)


 スタッフは結構いるようだった。


(10人………いや15人はいるだろうか。もうちょっとかな)


 この疑問はこの後すぐに解決することになる。


(そうか、さっきあの綺麗なお姉さんが受け付けからいなくなったのはこのためだったのか)


 観客の前に出てきたスタッフの中に、綺麗なお姉さんがいたので、突然受け付けからいなくなった理由がわかったのだ。 

 全ての椅子にパンフレットが置かれていた。


(どんなことやるのだろうか)


 手作りのパンフレットを開いてみるとその日の紙芝居のことについて書いてあった。


(社会人団体シンキロウ………そんな団体名だったんだ)


 読み進めていった最後のページにスタッフの小さな写真と自己紹介が書いてあった。

 高島美子、公務員、24歳。

 名前も仕事も年齢まで一気に知ってしまった。もう紙芝居どころではない。スタッフ全員見てみた。興味津々だった。

 時折紙芝居に目をうつすものの、遠い。なんか遠い。いくら視力が良くても、遠すぎて今ひとつ顔が良く見えない。

 そんな残念な状況もやがて紙芝居とともに終わった。

 観客が出口に移動しはじめた。


(どうしよう………)


 どうにかその女性をもう一目見てみたかったのだ。この人の流れにのってしまうともう見れないかもしれない。でもいつまでもここにいるわけにもいかない。そんな結論のでそうにないことを考えていたら、出口付近が騒がしくなった。

 スタッフが見送りにでてきたのだった。


(チャンスだ)


 立ち止まって考えていた僕は、出口に向かう人の流れに入った。


(いたいた)


 やっと見えた。近づきながら外に出たい気持ちを抑えて、少し距離を取りながら、外に向かって歩いた。そのほうがかえってその女性を見られると思ったからだ。近すぎるとむしろ落ち着いて見られない。


(やっぱり綺麗だなぁ………)


 それまで人の流れに歩調を合わせて歩いていたのを、少しだけゆるやかにした。


(はやい、はやすぎる)


 僕にはそう感じられた。あっというまに綺麗なお姉さんは見えなくなった。

 外に出て振り返ってみたけど、見えない。小さくて見えない。

 次から次に人が外に出てくる。

 仕方ない、帰るか。あっさり帰ることにした。出てくる人が減ればその女性をまた見られる可能性はある。でも外からおじさんが中を見つめているのは不審者にしか見えない。


(残念だけど、帰ろう………でも………)

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