第57話 観光名所へ<2220.10.28>

 3回目の告白からわずか2日後の2220年10月28日。

 海青区かいせいくにある県内屈指の観光名所に午後からシンキロウスタッフのうち、僕と彼女、植木代表と半井氏、桐野さんの5人が集まった。

 桐野さんは僕のひとつ年上の女性スタッフだ。

 ここにはこれまでに何度か来たことがあるので、勝手がわかる。

 券売機で入場券を買ってそれぞれ入場していく。どこをどのように見て回るのか後から付いて行くことにした。でもみんなひとかたまりになって、ただただひたすら奥へ奥へと進む。ゆっくりあるいて行き着いた先は行き止まりになっており、左右どちらかに行くかしかない。ただ、そこには小さな川が流れており、小さな橋がかかっていた。橋の上でひとかたまりになったまま談笑が始まった。

 僕と高島さんとはだいぶよそよそしい。


(中青ヶ島県に行ったときみたいだな…………気まずい…………)


 しばらくそうしていたものの、流石にいたたまれなくなってきた僕は突き当りを右に行った先に行くことにした。ひとりみんなから離れて歩きはじめた。この橋までは何度か来たことがあったものの、この先には行ったことがない。その先は周囲より少しだけ高くなっている。登ってみると見晴らしのよい展望台のようになっていた。東側には大きな湖が開けており遠くまで見渡すことができた。


(あまり天気は良くないけど、でも気持ちいいなぁー…………)


 しばらく眺望を楽しんでいると、ほかのみんなもやってきた。ここは小さな公園のようになっているので、少しひとりで歩いてみることにした。といってもさして広くもないところなので、ゆっくり歩いてまわって、結局数分でみんなのところに戻ってきてしまった。

 みんなで展望台を降りて今来た道を帰って行くことになった。


(今来たばかりだけどもう帰るのだろうか…………)


 出口のすぐ傍に数件の土産物屋があって、みんなそこに入るという。


(土産物といっても……地元だけど……何を見るのだろうか……)


 いぶかしく思いつつもみんなと一緒に土産物屋に入っていく。見慣れたお土産が置いてある。仕方ないので、店内を一通り見て回ることにした。

 さっきまでずっと一緒だった高島さんが、お店に入ってから傍からいなくなっていた。広い店内でお客さんも多いから見えなくなったのだろうと、気にせずそのまま土産物を見続けることにした。

 一通り店内を見て回ったあと、店内の一角に設けられていた休息コーナーの椅子に腰かけることにした。座ってからも店内の様子を見続けていた。


(高島さんいないなぁー…………どうしたんだろう……)


 気にはなるものの、こんなところで迷子になるわけもない。ともかく待つことにした。

 しばらくすると、ひとりまたひとりとみんなが集まってきて、最後に高島さんも戻ってきた。

 みんなが集まって話し合った結果このまま帰ることになった。

 お店を出て少し歩いたところにある出口を目指す。高島さんはまだよそよそしいままだったものの、高島さんはどことなく嬉しそうな表情を浮かべているようも見える。

 ここへは高島さん以外は植木代表の車に乗り合わせてきたので、同じ方向に向かって歩いて行く。高島さんの車はどこにあるのかは分からないけど、高島さんも一緒に僕らと同じ方向に歩いて付いてくる。


(近くに車を止めたのかな?…………車は近くになったような気がするけど……)


 植木代表の車のところまできて、植木代表と半井氏、桐野さんが乗り込んだ。どうしてか最後の乗車になってしまった僕が乗り込もうとしたとき高島さんから呼び止められた。


「布施さん」

「(えっ……)はい」

 振り返って高島さんのところに歩み寄って高島さんと向き合った。

「これ母から布施さんにです」

 お土産の入った手提げ袋を差し出してきた。

「えっ?……」

「母がここのお土産物屋さんで働いているんです」

「(え゛ー……)あっ、そうだったんだ(それならそうと言ってくれればご挨拶したのに)」

「どうぞ」

 お土産を高島さんから受け取った。

「ありがとう……」

 嬉しそうな表情を浮かべた顔は紅潮≪こうちょう≫していた。

「…………」

「…………」

 手土産を受け取って一瞬間があいた。

「よいお年を…………」

 そう言い捨てると、高島さんは僕に背中を向けて足早に走り去っていった。ほかの誰にも挨拶もせず、まだ10月だというのに「よいお年を…………」と。少なくとも1週間後の公演で確実に会うことになっているのに「よいお年を」と言って高島さんは帰っていった。


(嫌われたのかな…………)


 自信を完全に喪失していた僕にはもう前向きに捉えることができなくなってしまっていた。僕から次第に遠ざかっていく高島さんを見つめて立ち尽くす僕の背中越しに桐野さんの声が聞こえた

「よいお年をだって」

「………………」

 ほかのスタッフの声もしたようだったけど、桐野さんの声で一気に動揺してしまった僕にはその声は届かなかった。


(駄目だ振り返ることができない。どうしよう………いっ、いったいこの手土産について突っ込まれたどう説明したらいいだ? …………兎にも角にもまずは車に乗ろう。後は知らない分からないで通すしかない。実際そうだし…………痛い。背中が痛い。みんなの視線が痛い)


 ゆっくり振り返って、ゆっくり車の助手席に乗り込む。


(と、とりあえず何事もなかったかのように振る舞おう)


 助手席のドアを閉めると車が走り始めた。


(お願い、誰も僕に触れないでぇ~…………)


 助手席に座る僕はここには居ないかのように振る舞っていた。静かにとにかく静かに。静まりかえる車内………………幸い誰も何も言ってはこなかった。

 しばらくそうした時間が流れて行くうちに、我を取り戻してきた僕は、このお土産の意味について考え始めた。


(どういうことだろう。お母さんからいきなりお土産をもらうなんて。お母さんから僕にだけお土産…………)

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