第107話 聖気
「ふぅ、これで御主人様に掛けられている呪いは消えたのですよ」
目の前では風の精霊王のマリーが息を吐き俺の呪いを解呪しおえたことを告げる。
確かに先程までよりも、身体が軽くなっており調子が良くなっているのがわかった。
先日、海水浴から戻ったところ、俺の身体に様々な呪いが掛けられていることがわかった。
最初は、神殿に頼んで解呪してもらうつもりだったのだが、マリーが「それならマリーにお任せなのです」と張り切った様子をみせたので頼むことにした。
俺は、彼女が呪いを解くまでの過程を思い出すと、目の前の空間を見渡す。
「なあ、マリー。聖気ってのは光の微精霊が空間に一定数以上滞在した後にできる残滓のことを言うんだよな?」
「そうなのですよ」
患者が運び込まれるこの部屋には、白い壁と白いベッドが置かれている。
「呪いの元は瘴気なのです。デーモンの攻撃には瘴気が含まれていて、それで受けたダメージは治癒魔法では回復しないのですよ。瘴気を抜くには聖気の密度が高い場所こそが最適なのです」
俺がここ数日、この場で安静にしていたのは瘴気を抜くためだった。
マリーがこの部屋を光の微精霊で満たした時にはどういうつもりか気になったが、そのお蔭もあって体内を蝕んでいた瘴気による呪いも消え失せた。
精霊の扱いについて、俺もまだまだ知らないことがあると思っていると、ふと疑問が浮かんだのだ。
「それって俺にもできたりしないか?」
微精霊を集めるだけなら俺にもできる。ならば、俺にも同じことが可能ではないか?
「やってみるのです?」
マリーは寝転がっていたベッドから身体を起こすと俺を見た。彼女は宙に浮かび俺の前までくると、人差し指を立てて話をする。
「それでは御主人様。まず普通に微精霊を集めるのです」
マリーの言葉に従い、俺はオーラを解放し微精霊を集める。
「さすが御主人様。眩しいのです」
マリーが両手で目を覆って見せた。
精霊はこのオーラを好んでいるので、オーラを解放すると寄ってくる。
俺は他の精霊使いに比べて圧倒的な【魅力】を持っているため、特別精霊に好かれやすいらしく、ひとたびオーラを解放すると御覧のありさまだ。
「確かにたくさんの微精霊が集まっているのです。だけどこれは失敗なのですよ」
視界一杯に微精霊が飛び交う。赤・青・緑・黄・白・黒。六色の光が入り混じって目がチカチカする。
「聖気を発生させるためには光の微精霊のみで空間を満たさなければならないのですよ。他の微精霊がいるとお互いの属性で打ち消し合ってしまうのです」
確かにマリーがやった時と違い、微精霊が飽和しているのに空気が変わることがない。
「一体何がいけないんだ?」
オーラの量ならマリーよりも多い。俺が首を傾げるとマリーは説明を始めた。
「そもそも、オーラとは魔力を変化させて放出している物なのです。精霊はこの魔力を含んだオーラが大好きなのです。そのオーラに惹かれて集まるのですよ」
マリーが指先を光らせると光の微精霊がマリーへと寄っていく。
「それぞれの属性ごとに好みというものがあるのです。光の微精霊なら優しい魔力。火の微精霊なら熱い魔力。風の微精霊なら爽やかな魔力。それらは魔力を練る精霊使いが意識して用意しなければならないのですよ」
マリーの指先から出る光の色が変化する度、違う属性の微精霊が集まる。恐らくあれがそれぞれの属性が好む魔力なのだろう。
「まず、御主人様が覚えるべきなのは、どの属性の微精霊がどのような魔力を好むか知ることなのです。そして、それを理解したら好みの魔力を練ってみるのですよ」
「わかった、やってみるよ」
これまで、魔力を意識したことはない。普通に溢れるオーラはすべての精霊が好む魔力なのだろう。現在も微精霊が飛び交っている。
俺はマリーがやっていたように意識して魔力に変化を与える。
「むっ、全然だめなのです」
だが、微精霊はまったく寄ってこず、マリーに駄目だしされてしまった。
「これ、凄く難しいぞ」
単一属性を集めるというのは思っているより技量がいるようだ。どうしていいかまったくわからない。
「よいしょ。マリーが補助するのですよ」
マリーが背中に張り付く。暖かい感触を背中に感じると、彼女と繋がった感覚を覚える。
「御主人様。マリーの魔力を感じて欲しいのです」
彼女はそう言い、俺の両手を包み込むと魔力を流し始めた。
意識を指先に集中してみたところ、マリーの魔力の流れが感じ取れた。精霊契約をしているので日頃から魔力を渡しているお蔭だろう。
しばらく、マリーの魔力を見ていた俺は自分でも真似をしてみた。
「あっ、少しだけど光の微精霊が集まってきたのですよ」
マリーが言う通り、俺の指先に数匹の光の微精霊が集まり始めた。
「御主人様。もっともっと作るのです」
オーラを放出する度、光の微精霊に魔力を食われる。それなのに一向に数が増えていかない。「これ、結構きついな」
少しでも調整を誤ると光の微精霊は離れて行ってしまう。俺は必死に光の微精霊が好む魔力を放出していたが……。
「精霊の気持ちになるのです。最高の魔力を御馳走するつもりで魔力を練るのですよ」
「それにしたってこれは……」
身体から魔力がごっそり抜けていくのがわかった。
数分が経過すると、
「はぁはぁ。もう魔力が尽きた」
片手で数えられる程度の微精霊しか集められなかった。
「うーん、魔力の変換効率が悪いのです。力が入りすぎなのですよ」
マリーが腕を組みながら宙に浮かんでいる。その周囲を微精霊が飛んでいるが、属性ごとに纏まっているのは本人がコントロールした結果だ。
息をするかのように微精霊を操っている。
「これだと次の段階に進めないのです」
マリーは「ふむぅ」と呟くと気になる言葉を発した。
「次の段階があるのか? 微精霊を集めて終わりじゃないのか?」
俺の目的は自分の意志で聖気を集めることだった。
「あるのですよ。御主人様が今やっているのは精霊使いが習得できる技術の一つなのです」
マリーはピッと指を立てる。
「最終的には武器に精霊をこめられるようになってもらいたいのです」
「そんなことが可能なのか?」
「世に出回っている火や氷が出る武器は中に精霊が宿っているのですよ」
「それを、俺が作れるようになるのか?」
マリーが言っているのは魔法剣のことだろう。
古代文明の遺産としてダンジョンなどでドロップする希少な武器だ。当然結構な値段がする。
「御主人様はこれまで魔力を操ってきたことはないのですよね?」
「ああ、そういったことには縁がなかったからな」
生贄になる前は畑仕事しかしていなかった。
「よし、まずは魔力をコントロールする訓練から始めるのです。毎日魔力がからっぽになるまでひたすら練習なのですよ」
俺が唖然としている間に、マリーが俺の訓練方法を考えていた。
「ま、毎日この状態になるのか?」
魔力が抜け、結構な疲労が溜まっているのか思考が鈍い。このだるさを毎日体験するのかと思うと気が滅入る。
「精霊の使役は一日にしてならずなのです。マリーも協力するので頑張るのですよ」
右手を振り上げやる気を見せるマリー。そんな姿を見てしまっては嫌とも言えなくなるのだった。
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