第59話1000兆8765億2214万3972ビル

「というわけで、あなたに大金が支払われることになったわ」


 アリシアやセレナと話をしていたところ、アリス王女が訪ねてきて俺にそう言った。


「邪神討伐の懸賞金だって?」


「ええ、世界中の神殿でお金を卸すことができるテンプルカードを発行する予定らしいです。そのカードに邪神に苦しめられてきた人たちが懸けた懸賞金が振り込まれる予定ですよ」


「それって、いくらぐらいになるの?」


 邪神討伐の懸賞金がどのぐらいになるのか興味を持ったのか、セレナがアリス王女に質問をした。


「驚かないで頂戴ね」


 アリス王女はそう前置きをすると、


「1000兆8765億2214万3972ビルよ」


「「はっ?」」


 俺とアリシアの言葉が重なる。


「1000兆8765億2214万3972ビルよ」


「い、いや聞こえてるけど……」


 俺たちが反応しなかったのでアリス王女は繰り返し金額を言った。


「ねえ、エルト。私まだ人間の生活に馴染んでないから理解が浅いのかもしれないんだけど。エルトの反応を見る限り凄い金額なんじゃない?」


 セレナが首を傾げる。街に入ったあとも、冒険者として活動している間も基本的に金の管理は俺がしていた。セレナはお金に特に興味を示さなかったからだ。

 

 咄嗟に頭の中で計算するのだが、庶民の俺にはセレナに説明できるほどの案が思いつかない。それ程途方もない金額だろう。


「ざっくり言うとイルクーツ王国の全ての国民が不自由せずに数年は暮らせる金額よ」


「ほ、本当に?」


 イルクーツ王国は周辺諸国に比べて大国だ。そんな国の国民を数年養える金額となるともはや個人が持っていて良いものではないだろう。


「そうなると、エルトはもう一生働く必要がないのよね?」


 それだけの大金だ。一生贅沢をしたとしても使い切れるものではないだろう。邪神がこの世界に君臨してから数千年。懸賞金が膨れ上がった結果で、討伐者にしか引き出せないようにプロテクトが掛かっているらしい。


「と、とりあえずそのことについては後で考えるとしよう」


 実際に手にしてみなければ実感もわかないし、何より考えるだけで頭痛がする。

 俺は問題を先送りしようとすると……。


「えっと、アリス様、懸賞金については理解しましたが――」


「あっ、私のことは呼び捨てにしてくれて構わないわ」


「いや、流石に故郷の王族を呼び捨てにはできませんよ……」


「えっとね、エルト君。あなたには神殿から【聖人】の称号が与えられるわ。この称号は歴代で二人目になるの。世界の英雄という事で身分はあなたの方が上になるの。だから今のうちに慣れておいたほうがいいわよ」


 何やら知らない間に事が大げさになっていた。俺は寝耳に水の話に大きく目を見開くと。


「あの、アリス様」


「アリスよ」


「……アリスさん?」


「アリス」


「……アリス」


「何かしらエルト君?」


 満足げに返事をするアリス。本人が気にしないのならまあいいか。


「いきなり大金を手に入れて聖人と呼ばれることはわかった。それで今後の俺たちの処遇についても聞きたいんだが」


 アリスやエリバン国王が何やら話をしていたのは聞いている。どのような話し合いに落ち着いたのか俺は気になった。


「そのことなんだけどね、基本はエルト君の好きにすればいいんじゃないかな?」


「えっと、それってどういうことでしょうか。アリス様」


 アリシアが整った顔に戸惑いを浮かべると質問をした。


「神殿からは邪神討伐の報酬と聖人の称号が贈られるんだけど、その他の国々は君に与えられる物が無いのよ」


「どういうことなんだ?」


 俺はアリスの言葉の意味がわからず問い返した。


「エルト君は邪神を討伐した。いうなれば邪神よりも強い人間ということね。そんな人間を一国の支配下に置くなんてことはできないし、周りも認めないの。だからエリバン王国が出したような叙勲の話も却下されるってことなのよ。勿論イルクーツ王国としてもあなたを囲い込むような真似はできないのよね」


 「国のパワーバランスが崩れる」とアリスは説明を加えた。


「結論として、あなたには完全な自由が約束されているの。王国も神殿もあなたに命令する権利を持っていないわ。何せ歴史上二人目の聖人様だもの」


「へぇ。エルトって偉くなったんだね」


 セレナはニコニコと笑っている。話の規模がでかくて考える事を放棄したようだ。


「なんだかエルトが遠く感じる……」


 寂しそうな顔をするアリシア。俺は彼女の肩にそっと触れて安心させてやる。するとアリシアは嬉しそうにすると俺の手に自分の手を重ねてきた。



「えー、コホン。それでエルト君。今後の予定についてなんだけど、各国の代表を集めたパーティーを開くので参加して欲しいのよ」


「それは一体どうして?」


「私はアリシアから聞いてエルト君の性格を知っているわ。実際にこうして接して話もしたしね。だけど、諸国の代表はエルト君がどのような人物なのかしらないのよ」


 アリスが言うにはこのままだと噂が一人歩きしはじめるというのだ。

 相手は邪神を討伐した人物としか伝わっておらず、野心家かもしれないと。


「そんな人物が邪神を殺せる力と国を興せる財力を手にしている。各国にしてみれば早急に君がどんな人物で何に怒り、何を大切にしているかを知る必要があるの。でなければ逆鱗に触れて国ごと滅ぼされちゃうからね」


「し、しませんよそんな事!」


 アリスの言葉を焦りながら否定する。


「周辺諸国がそう思ってるってだけよ。私個人としてはエルト君がそんなことするとは思わないわ。意外と……紳士だったしね」


 そういうとなぜか顔を赤らめる。恐らく泉での事件を思い出しているのだろう。


「パーティーは今から一ヶ月後にこのお城でやる予定。それまでは自由に行動してもらっても構わないわ。どうせ止める権利は私たちにもないわけだし」


「そっか、1ヶ月時間があくのか……」


「なになに? エルト何考えてるの?」


 セレナが背中から抱き着いてきては俺と目を合わせる。


「いや、それだけ時間があるのなら一度エルフの村に戻ろうかなと思ってな」


 邪神の城の件もあるので俺は自分の考えをその場の3人に言うのだった。

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