第30話身分証明書

「……なるほど。『他国に行きたい』ね?」


 手紙を書き終えた俺とセレナは乗合馬車組合を訪れた。


「はい、イルクーツ王国にどうしても行かなければならないんです」


「しかも身分を証明するものを持っていないだと。そっちのエルフのお嬢ちゃんもだな?」


「ずっと森にいたんだもの。そんなもの持っていないわよ」


 憮然とした態度でセレナが答える。


「何か不味いことでもあるんでしょうか?」


 係員が眉を寄せて難しい顔をしたので、俺は聞いてみることにした。


「国外に出るには身分証明書が必要になるんだよ」


「それはどうしてですか?」


「どこの国でもそうだが、国境を超える場所には関所が設けられている。そこを通るさいに賞罰の有無の確認と所属国をはっきりさせる必要がある」


 詳しく説明を聞いてみると、所属不明の人間がそれぞれの国で悪事を働くことがあるので、外国に行く国民には身分証明書が必要になるらしい。


 これはどうやら各国の取り決めらしいのだが、街育ちで外国に縁がない一般人には馴染みがない話だ。

 冒険者や商人など、国を跨いで商売する人間にとっては常識らしいが。


「私はこの国の森の奥で育ったのだけど、そうなると外国に行けないというの?」


 セレナが焦った様子を見せる。係員の人はそんなセレナにたいし説明をしてくれた。


「他国に渡るために必要な物が2つある。1つはギルドランクだな。冒険者ギルドでも商人ギルドでも構わないが、いずれかのギルドに所属してある程度のランクを上げること」


 これは信頼の問題らしく、未熟な人間が他国に入った後で路頭に迷い、強盗を働いたり詐欺をした事件があったらしい。

 そうなると身元を保証している国とその国で問題を解決しなければならない。


 そうならないために、ある程度実績があるベテランでなければ身分証明書を発行しないようになったのだ。


「もう1つは金だな。身分証を発行するには1人につき12万ビル掛かる」


 先日泊まった宿屋が2人で1泊4000ビルなのでほぼ1月分の宿泊費同等だ。


「た、高くない!?」


 セレナが驚きの声を上げると……。


「あまり安くすると悪さをする人間が気軽に他国に行っちまうからな。国としても苦渋の選択なんだよ」


 確かに、身分証明書さえ発行してもらえれば良いと考えている人間なら外国に渡って悪事を働くこともありえる。保証をする以上ある程度の保険は必要ということだろう。


「仮にギルドでランクを上げたとして、身分証明書はここで発行できるんですか?」


 ここでごねても時間の無駄だ。俺は係員に確認をする。


「いや、それもここじゃできない」


「どこでならできるんですか?」


 その問いかけに係員は答えた。


「王都の役所だな。そこでしか身分証明書は発行できない」


 どうやら故郷に帰るにはまだ準備をしなければならないようだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る