第25話野宿

「ごめんね、エルト。よく考えたらエルトは早く人間のいる場所にいきたいんだったわよね?」


 虹色ニンジンの採集を終えてその場を離れると、セレナがそんな話をしてきた。


「いや、あそこで手に入れた虹色ニンジンが何かに役立つ可能性は高いからな。決して無駄じゃなかったぞ」


 早い時間に村を出発したのだが、虹色ニンジンの採集に手間取ったおかげで半日が経過した。


 結局、その日はあまり進むことが出来ずに現在はこうして野宿の準備をしているところだ。


「美味しいのです。やっぱりニンジンは生をかじるのに限るのですよ」


 その横ではマリーが幸せそうにニンジンを食べていた。


「エルト、次は鍋を出してもらえるかしら?」


 セレナに言われた俺はストックの中に入れてある鍋を取り出した。


「ありがとう。本当に便利な能力よねそれ」


 セレナは現在、食事を作っている。

 鍋を置くと精霊に命じ水を出し、下から火をつける。そこに野菜を投入した後は燻製肉を取り出しナイフで削りながら入れる。


「普通はこんな道具を持ち歩けないから保存が効いた燻製肉ぐらいしか食べられないんだけどね」


 鍋を混ぜながらセレナは火の精霊に命じて火加減を調整している。


「いや、セレナがいて助かった。俺もマリーも料理はできないからな」


 肝心の能力があったとしても料理の腕は一朝一夕で身に付くものではない。

 もしこれが2人旅だったなら俺たちの食事はそれこそ燻製肉と水だけになっていただろう。


「ふふふ、ありがとう。そう言ってもらえると付いてきて良かったのだと思えるわ」


 セレナはふわりと笑うと俺を見る。火の揺らぎが影となり見つめてくる瞳が印象に残った。


「そういえば疑問なんだけどさ。虹色ニンジンって本来はかなり広い範囲を探索しないと1本も見つからない超高級食材なんだよな? それなのになんであんなに一杯生えてたんだ?」


 市場に全く出回らないわけではないが、専門のハンターがチームを組んで血眼に探して何とか手に入れられるレア度なのだ。こんなに大量に採れる場所があるのなら値崩れしてしまわないのだろうか?


「それはですね、虹色ニンジンは一定以上の魔力が溜まる場所に低確率でしか生えないからなのですよ」


 その質問にマリーが答える。


「なるほど、そうすると迷いの森は魔力が溜まりやすい?」


「それもあるのです。モンスターは悪い魔力を体内に取り込んで凶悪化した生き物。迷いの森は魔力が濃いので現れるモンスターは強力なのです」


「つまり、人が立ち入らないこの場所だからあんなに群生していたってことなのか?」


「なのです。虹色ニンジンが生えたその横が魔力の溜まり場であるなら低確率で株分けがされてそこにも虹色ニンジンが生える仕組みになっているのですよ」


 つまり、意図的に魔力の溜まり場を作ってそこに植えておけば増える可能性があるということだろうか?


「でもさ、もしそうだとしてもおかしい点があるのよ……」


「なんなのですか?」


 セレナが料理の手を止めるとマリーに質問を投げかけた。


「北の谷は私たちエルフの間では有名だったし、そこからあの場所はそんなに離れていなかったわ。話を聞く限り増えるのに結構な時間が掛かるんでしょう? 私はまだ17歳だからそんなに生きてないけど、村長や兄さんあたりは長く生きてるんだからあそこを知っていなかったのは不自然だわ」


 確かにその通りだ。迷いの森は確かに方向感覚が狂いやすく普通に歩いていたら自分の居場所を見失ってしまう。だが、エルフの村で育った人間が自分たちの生活圏から少し離れた場所のことをしらないものなのだろうか?


「その答えなら簡単なのです。立ち入ろうとする者を遠ざける結界が張ってあったのです」


「それなら俺たちはなんで入っていけたんだ?」


 それが本当なら辿り着けないはずなのだが……。


「そんなの決まっているのです、マリーや御主人さまには効かなかったからなのですよ。認識を阻害する系統の結界は雑魚相手には効果があるけど、精霊王のマリーや御主人さまの認識を歪めることはできないのです」


「ざ、雑魚……?」


 マリーの言葉に悪気はないのだろうがセレナは頬をひくつかせる。


「さらにあの結界は2重になっていて入ってきた侵入者の魔力を吸い取って地面に還元するようになっていたのです」


「そんな危険な場所があるのは不味くないか?」


 フィルやヨミさんが入ってしまう可能性がある。俺はそう考えたのだが……。


「安心するのです、マリーが結界ごと壊しておいたのです」


「なら安心ね。良かった……」


 セレナは胸をなでおろすと息を吐くのだった。



「それで、結局のところ結界を張るってことは誰かがあそこを管理していたってことになるのかしら?」


 野菜と燻製肉が入ったスープを飲みながらセレナは先ほどの話を再度する。


「だと思うのですよ?」


「一体誰が何の目的でなのかしら?」


 入ってきた者の魔力を吸うというトラップからして悪意が感じられる。


「気にするだけ無駄なのです、守りたかったのならマリーに破れないような結界を用意するべきだったのです」


 精霊王相手に無茶を言うなと思った。マリーは美味しそうにセレナが作ったスープを飲むとそう答えるのだった。




「さて、明日に備えて寝るとするか」


 食後の後片付けが終わるとあとは寝るだけ。布を使って天幕を張ると俺たちはそこに横になった。


 まず俺が横になるとマリーがその上に乗ってくる。


「セレナも横になった方が良いぞ。狭いから俺の隣になるけど我慢してくれ」


 布の大きさの関係で2人分の広さしか確保できていない。なのでマリーは俺の上に横たわっている。


「ううん、ついていくと言ったのは私だから構わないは。それに……………………エルトの隣とか嬉しいし」


「ん? 何?」


 最後の方は小声だったので聞き取れなかった。


「な、何でもないわっ!」


 セレナは耳を赤くすると俺の隣に寝転がる。そしてそのままこちらを向くと……。


「なんかこういうのって楽しいね」


 俺と目が合うと笑顔を見せた。


「それじゃあ御主人さま、マリーが結界を張るのです。何かが近寄ってきたらマリーには分るので安心してほしいのですよ」


 マリーによる風の結界は便利で、中にいると快適な温度が保たれるので毛布なしでも寒くない。更に敵が近づいてきたら感知できるという高性能だ。


「わかった、ありがとうな」


 俺はマリーの頭を撫でると……。


「えへへへ、このぐらい楽勝なのですよ」


 マリーの嬉しそうな声を聞きながら眠りに落ちていくのだった。




          ★


「ば、馬鹿な……結界が破られて……どうなっている!?」


 数日後、例の虹色ニンジンの群生地を訪れた者がいた。


「まさか人間たちがこんな森の奥深くに入ってこられるはずがない……」


 その者は奥へと歩いていくと…………。


「なっ! 虹色ニンジンがすべて無くなっている!?」


 あれだけあった虹色ニンジンが見る影もなくなっており、男は目を見開いた。


「虹色ニンジンで軍団を強化し国を亡ぼす計画が漏れたのか? だが、しかし……」


 近隣の国から迷いの森に人間が入ったという報告はきていない。


「このままでは上に……デーモンロードに粛清されてしまう……」


 今回の作戦は魔人王が長年をかけて準備した計画だった。最近邪神の波動が途絶えた。何があったかは分からないが邪神が沈黙している間に力をつけ、立場を逆転させるのが魔人王の狙いだ。


「この魔力の残滓は……こいつが虹色ニンジンを持ち去った?」


 いずれにせよ大量のニンジンを運んでいるのだ、すぐに追いついて見せる。


「このアークデーモンのテリトリーを荒らした報いは必ず受けてもらうぞ」


 赤い瞳を光らせるとアークデーモンは南に向かって飛び立つのだった……。



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