第22話セレナの想い
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風の谷から戻ってきた私は家に戻ると1人で塞ぎこんでいた。
エルトの目的は精霊と契約をしてこの村を出ていくこと。
低級や中級の精霊だったらまだ準備不足だと言って引き止めることができたのに……。
「初めての精霊が精霊王だなんて前代未聞よ!」
初めて会った時から妙に気になる人間だった。
村で一緒に育った異性のエルフにはない、独特の雰囲気を持つ少年。
何故か目を放すことができずにいつもその姿を追いかけていた。
歓迎の宴で兄と剣で戦っていたエルトを思い出す。
最初は拙い剣技だったが、次第に兄を上回り遂には逆転してしまう。
兄の剣技はエルフの村で一番。それをどうやったか知らないがあっという間に吸収してしまった。
周囲のエルフから兄が「例の賞品」を賭けていると言われたときは顔が赤くなった。
常日頃から兄は「セレナとデートしたければ俺を倒してからにしろ」と言っていたからだ。
エルトが勝てば賞品としてデートをしなければならない。だが、その時の私にはそれが不思議と嫌ではなく、気が付けば兄よりもエルトを応援してしまっていた。
それからの日々は楽しかった。
エルトに誘われるままに狩りにでていつも一緒にいる。
他のエルフの子たちもエルトが気になっていたみたいだけど、エルトの隣だけは譲りたくなかった。
ある日。兄に呼び出され「お前もしかしてエルトについていくつもりか?」と聞かれた。
私はその言葉に心臓を掴まれる思いだった。エルトと一緒に居たい気持ちは強くある。だけど……。
「私にはお父様の病気の世話をする義務があるから……か」
その時口にした言葉が自然と漏れる。
そう、ついていくなんて選択肢はどこにもない。お父様は良くない病に侵されていて身体が不自由なのだ。
薬の元になるハーブを私が定期的に摘んでこなければならない。
熱に浮かされていたのか当然のことを忘れていたのだ。エルトは外に出たがっている。遠からずこの村を出ていくと決めているのだと。
そのことに気付いた私は自分がこれ以上エルトに惹かれないように気を付けた。
だが、一度自分の気持ちを自覚してしまっては手遅れ。拒絶するのと正反対に心も体もエルトを求めていた。
彼の前に立つと冷静な自分がどこかへと飛んでいく。
谷底でもエルトを「行かないで!」と引き留めようとした。
もしマリーちゃんが邪魔しなかったらどうなっていただろう?
エルトは優しいから悩んでくれただろうか?
いずれにせよ言葉に出来なかったので結果は風と共に消えるのだった……。
何日かが経過したころ、村が騒がしくなった。
エルトとマリーちゃんが大量のモンスターを狩ってきてそれを村に提供したのだ。
中には私たちでは到底倒すこともできない高レベルのモンスターも存在していた。それはエルトとマリーちゃんの契約がしっかりしたものになっている証拠。
寄り添っている2人は契約者と使役精霊ではなく、お互いをパートナーと思っているかのように笑顔でいる。
私はそんな2人に近づくと「凄いじゃないエルト! マリーちゃんも流石精霊王ね」などと大げさに驚いて見せた。
エルトはマリーちゃんから離れると私と話をする。何かを言いたそうにしているのだが、それを切り出そうか悩んでいる様子が伺えた。
私はエルトの言葉が聞きたくなくて会話を切り上げるとその場を立ち去ってしまうのだった。
夜になると宴が開かれる。
日中は村のエルフ総出でエルトたちが狩ってきたモンスターの解体を行った。
それでも処理しきれない肉がでてしまったので、お父様が宴会を開くと宣言したのだ。
宴会は盛り上がりを見せていた。私はエルトからなるべく距離を取りながら同性のエルフの子たちとお酒を呑んでいた。
エルトが振舞ってくれたこの世界で最高級のお酒。喉に流し込むと豊かな味わいと共に酩酊してくる。
今はとにかくお酒を呑んでよい気持ちになりたかったので、私は酔いに任せて他のエルフの子と盛り上がった。
しばらくすると、お父様が全員に注目するように声をかける。
その場が静まり返り、お父様とその横にエルトが立っていた。そして……。
「エルト君が明日この村から発つことになった」
頭が真っ白になった。出ていく前にエルトは最初に私に言ってくれると思ったから。いや……。その気配はあった。
ここ数日、エルトは私を気にかけていたし話しかけるタイミングを見計らっていたようだから。
私の中で何かが弾けた。お酒をひっつかむとそれを一気呑みし、エルトへと詰め寄った。
何を言ったのかわからない。酒が回っていて自分の言葉なのに意味が理解できず行動を止められなかったからだ。
私が何かを言うたびにエルトは困った表情になり、周りはなぜか顔を赤くする。エルトに縋り付いて涙を流したまでは覚えているのだが……。
気が付けば自分の部屋で寝てしまっていた。
頭がもの凄く痛み吐き気がする。それでも私は何とか起き上がる。
外に皆の気配がしたし、エルトを見送らなければならないからだ。
家をでて広場へと向かう。その際になぜか同性のエルフたちからは「頑張ってね」と応援され、異性のエルフからは「エルトめ、俺たちのセレナを……」と涙を流された。
広場に着くと既にエルトとマリーちゃん、そしてお父様と兄さんがいる。
周囲ではエルトとの別れを惜しんだエルフが集まっていた。
私は4人に近づく。何といえばいいのだろうか……。昨晩のような醜態はもう晒すつもりはない。何を言ったか覚えていないのだが、これまで生きてきた中で一番恥ずかしかった記憶がある。
私が近づくとエルトもマリーちゃんも顔を赤くすると目をそっと逸らした。
なんなのかと思いお父様と兄を見ると……。
お父様は成長した娘を見守るような目で。
兄は血の涙を流しながら私を見ている。
周囲のエルフたちも私をみてひそひそと呟いている。
エルフは耳が良いのでどれだけ小声でもその音を拾える。
「意外と大胆」「熱烈な告白だった」「エルトも男らしい」
何やら、冷や汗が流れ出る。私は酔った時に何をしたのだろうか?
周囲とエルトの視線に恥ずかしさが高まってくる。この場を離脱するかどうか判断を迫れているとエルトが近寄ってきた。そして…………。
「あー、セレナ。もう酔いは良いのか?」
「う、うん。まだ頭が痛いけど問題ないよ」
頭痛よりも問題になるのはこの気まずさだ。一体何なのだろうか?
とにかく今はエルトを笑顔で送り出す方が先だ。あとで考えよう。
そう思っているとエルトは手を差し伸べてきた。別れの握手だろうか?
私は久々に触れるエルトの大きな手に感動すると彼と目を合わせる。これでお別れかと思うと寂しいという気持ちが湧き起こるのだが……。
「今はまだセレナの気持ちに答えることはできない。だけどこれからは旅の仲間として一緒にやっていくわけだしよろしく頼む」
「へっ?」
周囲が見守る中。私の疑問の声だけが広場に響き渡るのだった。
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