第84話エルメス王国

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 エリバン王国王都には次から次に馬車が入ってくる。

 そのいずれもが高級な馬車で、表には紋章が描かれている。


 王都周辺の街でも同様の現象が発生しているため、そのたびに門の閉鎖が行われていた。

 馬車の正体はこの世界に散らばっている各国の代表だ。


 この度、邪神が討伐されるという前代未聞のニュースが各国の王に伝えられた。


 それを成し遂げたのがなんの変哲もないただの青年だという。


 最初は疑いの念を抱いていた各国の王だが、神殿の真実のオーブによる判定を受け入れた結果だと伝えると納得した。


 そして、ここエリバン王国で邪神を討伐した英雄のお披露目を行うと告げたところ、それぞれの国から集まってきたのだ。


 邪神を討伐した話はまだ伏せられている。今の時点でそれを知るとよからぬ行動を起こす団体が少なからず存在しているからだ。


 そんなわけで、エリバンの国民はこの大移動に首を傾げるのだが、人が通れば街は活性化する。


 続々と到着する各国の代表が商人を引き連れ物資などを運んでくるため、王都はかつてない程の賑わいをみせていた。


「それにしても英雄殿のお披露目パーティーまで後二週間ですか」


 エリバンから間に一国をはさんだ場所に領土を持つエルメス王国。その国王は用意された来賓室の窓から城下を見下ろしていた。


 彼らは国が近いということもあり、早々にスケジュールの都合をつけるとエリバンへと駆け付けたのだ。


「ええ、今のところ我が国の他にコパック・キアナ・ニナナが到着して外交を行っている様子です」


 一緒に連れてきた外交大臣が状況を報告する。


 今回の件は単なるお披露目パーティーだけで済ませるには勿体ない。各国の代表がこれほど集まる機会は世界の歴史をみてもそうはない。


 この機会に国同士の結びつきを強化しようとするのは為政者として当然だろう。


「そう言えばパーティーの誘いが幾つか来ていたな」


 今のところ到着している国は少ないので顔合わせ程度になるが、エルメス王国も第三王女を連れてきていた。


「参加されるのでしたらエステル様を呼び戻しましょうか?」


「よい、恐らく各国とも娘を連れてきてはいるだろうが参加させる必要はない」


 それぞれの国は王家の血筋の年頃の娘を連れてきていた。各国の結びつきを強めるには婚姻が一番。


 第一王女を嫁がせるわけにはいかないが、第二王女以下であれば条件付きで考えなくもない。


 今回の場合の条件とは……。


「その英雄とやらが城のどこにいるのかわかったのか?」


 各国の狙いは邪神を討伐した英雄だ。


 前代未聞の功績を得た上、邪神討伐の報奨金も手に入れることができる。

 力にものをいわせることができないのは当然なので懐柔策を考えるのはどこも同じだった。


 エルメスを含め各国が急いでエリバンに乗り込んできたのは他国よりも先に英雄と接触し懐柔をするため。


「それが……。どうやら王都から離れているらしく、戻ってくるのはパーティーの直前だとか」


「このタイミングで王都にいない? エリバンも考えたな……」


 どれだけ警備を厳しくしたところで邪神討伐の英雄の行動を制限することはできない。


 もしそのような行為が露点した場合、英雄を粗雑に扱ったということでエリバンが各国から批難されることになるからだ。


「今のうちに我が娘と関係を持たせて引きこむつもりだったのだが……」


 当てが外れたようだ。


 相手は元はただの街人だと情報を得ている。


 年頃の男に有効なのは女と相場が決まっている。だからエルメスで最も美しいと評判の第三王女をわざわざ連れてきたのだ。


「まあそれならそれで各国の動きを警戒する必要はないわけだな」


 いないものは仕方ない。たとえアドバンテージが消えたとしても自国の王女ならば篭絡できるだろうとエルメスの国王は考えた。


「それにしても英雄殿はどこへ行ったというのだ?」


 この大事な時期に城を離れるというのは何を考えているのかわからない。


「さて、英雄殿の行動は凡人の私にはわかりかねますな」


 当てが外れた各国の人間も同じことを考えていそうだ。

 そんなことを外交大臣は思っていると。


「王よ、どうかされましたか?」


「ば、馬鹿な……。何故あんなものが?」


 滅多に見ない王の驚愕の表情に外交大臣は不敬かと思ったが背後に近づくと窓の外を見た。


「あっ、あれはいったい!?」


 既に王都の住人も気付いているのか、城下では火が着いたような騒ぎが起こっている。


「まったく。次から次へと信じられぬ事態が起こりおる」


 エルメス王は冷や汗を掻きながら、遠くの空に浮かんでいる城を見つめるのだった。


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