第10話精霊魔法

「……それでねエルト」


「ああ」


 セレナの言葉に相槌を打っていると――


「セレナばかりずるいわよ。私たちだって英雄さんと話をしたいのに」


 数人のエルフが俺を囲んでいた。全員が顔を赤くしていることから酒が回っているようだ。


「ふふーん、エルトは私と話をしているだもん。悔しかったらブラッディオーガに攫われて助けてもらったら?」


 上機嫌で寄りかかってくるセレナ。俺は立ち上がると……。


「あれ? エルトどうしたの?」


「ちょっと酔いを醒ましてくるよ」


 大人数の女に囲まれるのが苦手な俺はその場から離れた。






「いいぞっ! やれーっ!」


「負けるなフィル!」


 女性のエルフを避けるように歩いていると男たちが盛り上がりを見せていた。なんとなくそちらを見ると、木でできたステージの上で2人の男が戦いを繰り広げている。


「あれは……」


 片方はセレナの兄であるフィル。もう1人は村のエルフなのだろう。

 両方とも木剣を握り締めていて、お互いに攻撃を仕掛けては一進一退を繰り広げている。


 他人が戦っている様子に興味を持ち、何となく知り合いのフィルを心の中で応援していると……。


 ——カァーンッ――


 相手のエルフの木剣がはじかれステージの上に転がった。


「ま、参った!」


 両手をあげて降参するエルフ。周囲からは野次が飛び、勝者のフィルが称えられていた。


「ったく。あと少しだったのによぉ」


 ぼやきながらステージから男が降りてきた。そこでフィルは俺に気付くと……。


「よおエルト。楽しんでるか?」


 大きな声のせいで全員が振り返り俺を見る。


「ああ、お蔭様でな」


 答えないのも気まずいので俺は無難な返事をしたのだが……。


「よかったらやっていかないか? 俺に勝てたら賞品を出すぞ」


 そう言って木剣を向けてくる。

 俺は少し考えると木剣を手に取った。


「おーーい! 村一番の剣の使い手フィルと巨人殺しの英雄が戦うのかよ!」


 良く通る大声に村中のエルフたちが集まってきた。


「それじゃあ、ブラッディオーガを倒したお手並みを見せてもらおうか」


 フィルが木剣を掲げ俺もそれに合わせて剣を持ち上げる。そして2つの剣がぶつかるのが合図だったのか勝負が始まった。



「やっ! はっ! うらっ!」


 フィルは真剣な表情を浮かべ木剣を振り続ける。その動きは素人の俺から見て鋭く、よく見ているのに剣筋を見失いそうになる。


「おっと!」


 上から振り下ろされたと思っていたが気が付けば左の死角から剣が迫っていた。俺はそれを木剣を合わせることでやり過ごす。


「どうしたっ! そっちからも打って来いよ!」


 先程からこの調子だ。俺がこの勝負を受けたのは少しでも実戦経験を積んでみたかったからだ。ステータスの差があるお蔭でフィルの動きは完全に見えている。


 それなのに、こうして打ち込まれているのは俺に実戦経験が足りないからだ。

 この先、自分の故郷に戻るまでに自衛手段は必要だ。


 イビルビームを使えば敵を全て倒すことはできるのだろうが、あれは手加減できるスキルではない。殺したくないときに無力化できるように加減できる力が必要なのだ。


「……そろそろ頃合いか?」


 フィルも俺の意図がわかっていたのか徐々に攻撃速度を上げていたのだが、限界らしい。俺はそろそろ攻めに転じようと気合を入れなおす。


「ようやくやる気になったか? 言っておくがそう簡単に攻撃はもらわないからな!」


 フィルは剣を握りなおすと不敵に笑うのだった。






「はぁはぁはぁ……馬鹿なっ!」


 それから数分後、フィルは木剣にもたれかかり息を切らしていた。

 俺はそんなフィルをじっと見ていると……。


「おいおい、村一番の剣の使い手のフィルが剣術で人間におくれをとるだと?」


「あいつの動き速すぎる。本当に人間なのか?」


「まさか賞品があいつの手に落ちるなんてことないよな?」


 若干気になる言葉もあるが、動揺が伝わってくる。


「さっきから繰り出してるそれ、俺の剣技じゃないか。まさか見て覚えたのか?」


 そう、俺はフィルに打ち込ませることで彼の剣の動きを覚えた。そしてそれをそっくり返して見せたのだ。

 周囲を見ると、村中のエルフが集まっている。そして最前列の観客に俺は知っている顔を発見した。先程別れたセレナだ。


 彼女は胸に手を組むと真剣な顔をしている。


「セレナ。応援に来てくれたのか!」


 フィルが嬉しそうに呟くと元気を取り戻したのか俺を見た。


「いやまったく予想以上だったよ。ブラッディオーガを倒したんだから当然だけど、ここまで強いとは」


 フィルの賞賛に周囲のエルフたちも熱っぽい視線を俺に向けている気がする。


「だが、俺も負けるわけにはいかない。この賞品は誰にも渡すわけにはいかないからだ」


 真剣な表情だ。余程賞品を渡したくない様子が見て取れる。


「ところでエルト。父から話は聞いていると思うが、魅力によるオーラが見える条件って知ってるか?」


「いいや?」


「オーラを見ることができる眼のことを精霊視っていうんだ。これができるエルフは精霊と契約することができ、その力を使役することができる」


 フィルの周りに風が集まるのを感じる。


「つまり?」


「剣では確かに後れを取った。だが精霊魔法を使った俺に勝てるかな?」


「むっ?」


 フィルの周りを風が纏わりついているのが見える。攻撃しようにも風が遮るに違いない。


「なんつーか、大人げない」


「そこまでして賞品を守りたいのか……」


「いいぞフィル! 絶対に守り切れよっ!」


 ギャラリーの声にフィルは横を向く。


「セレナっ! この兄はお前につく悪い虫は排除してみせる!」


 その言葉がきっかけで精霊の力が増し、ステージを暴風が吹き荒れる。全力で打ち込めば突破できるだろうが、それだとフィルの身体に怪我をさせてしまう。


 打つ手がなくなり俺はどうするか考えているとセレナが口を開いた。

 彼女は俺と目が合うと……。


「エルトーーー! がんばれー!」


「セ、セレナっ!?」


 次の瞬間、風が止みフィルが棒立ちになった。


「隙ありっ!」


 この機会を逃すものかと飛び込んだ俺はフィルの木剣を叩き落とし穂先を喉元に突き付けた。


「勝負ありっ!」


「やったあああああっ!」


 嬉しそうに飛び跳ねるセレナ。まさか兄ではなく俺を応援するとは思っていなかった。

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