第53話真実は常に1つ

「……えーと。とりあえず倒しちゃったけど」


 クズミゴがハイデーモンに変化して皆に襲い掛かろうという動きをみせた。

 なので無駄に被害を出さないように斬り捨てたのだが、振り返ってみると全員があっけにとられた顔をしていた。


「エルト君。今の動きはなんなのかしら?」


 アリス様が代表として俺に話し掛けてきた。


「今のは普通に突っ込んで滅多切りにしただけですが?」


 少しでも隙を見せれば周囲に害をまき散らしかねなかった、なので俺はクズミゴの命を即座に奪うため、これでもかというぐらい斬りまくったのだ。


『おい、今の動き見えたか?』


『見えるわけ無いだろ。騎士団長いかがですか?』


『この俺の目を持ってしてもはっきりとは見えなかったぞ』


 周囲の騎士たちが何やら話しているのが聞こえると……。


「どうやったらあんな速く動けるの? 私にも半分ぐらいまでしか見えなかったわ」


「なんと……剣姫と呼ばれたアリス王女でさえもっ!」


 エリバン国の王様が驚き声をだした。どうやらアリス様は有名だったらしい。


「ときにアリス様。そちらのエルトとやらとは知り合いですかな?」


 先日の泉の件でいうなら確かに知り合いではある。だが、恐らくはそれだけではないのだろう。


 俺はアリシアの方をみた。まだ状況が飲み込めていないのかぼーっとしている。

 アリス様はイルクーツの王女らしいのでアリシアを同行させたに違いない。


「ええ、実は私とそこにいるアリシアは彼を探してこの地まで来たのです」


「なんと……? 彼はこの国の国民ですぞ。此度の迷いの森の調査にてアークデーモンを討伐した功績で男爵位を授ける予定の冒険者です」


 その言葉に俺が驚く。事前の説明で今回の調査が真実だと判定をされたら褒章を与えてくれると聞いていたのだが、まさかそんな内容だとは。


「彼が……この国の男爵に?」


 アリス様が大きく目を見開いた。


「エルトとやら、これほどの実力を示したのだ。疑う余地はないが念のために確認させてくれ。貴様が迷いの森のアークデーモンを討伐した。間違いないか?」


 国王の問いに俺は答える。


「ええ、間違いありません。俺が倒しましたよ」


「……真実です」


「ならば良し! エルトに男爵位を授けるっ!」


 国王の一言に周囲がざわめく。だが……。


「ちょっとお待ちください。エルト君は我が国の国民ですよ?」


「どういうことですかな?」


 アリス様の言葉に宰相は眼鏡を直すと確認をした。


「彼は今から1月前にある事件に巻き込まれて行方不明になっていた我が国の国民です。私とアリシアは占いにより彼がこの地にいると知りこうして訪ねてきたのです」


「……こちらも真実です」


「そうすると……勝手に男爵位を授けるということはいささか問題があるようだな?」


 国王が残念そうな表情で俺を見た。


「まあ、俺としてもいきなり貴族になれと言われても困りますからね」


 元々は街で暮らしていただけの一般人だ。突然偉い立場にさせられても戸惑いしかない。


「ときにアリス王女。彼が巻き込まれた事件についてお聞きしてもよろしいですかな?」


 宰相の言葉にアリス様は頷くと、


「皆様も知っているかと思いますが、わが国では年に一度邪神に生贄を捧げる儀式があります」


 その言葉で周囲は苦い顔をする。

 イルクーツだけではなく、邪神は各国から生贄を捧げさせていたのだ。


 儀式の前になると各国の城に転移魔法陣が浮かび上がり、生贄を送り出さなければならない。なので皆これまでの犠牲者のことを思い出したのだろう。


「今年の生贄にはそこにいるアリシアが選ばれていました」


「なるほど。だがアリシアさんは生きている。それはどういうことなのかな?」


 宰相の問いにはアリシアが答えた。


「儀式の当日。私は生贄の祭壇に立ち魔法陣に向かいました。だけどその時にエルトが私の代わりに魔法陣に飛び込んだんです」


 周囲の人間が一斉に俺をみる。


「彼は幼馴染みに変わって自分が生贄になることを選んだんです。我が国はそんな彼の犠牲に涙をしました」


 確かにあの時の心境としてはそうなのだが、こうして大げさに称えられると恥ずかしいものだ。


「いや……俺は別にそんな……」


 自分よりもアリシアが生きていた方が価値があると思ったにすぎない。訂正しようとするのだが……。


「なんという美談! 自己を犠牲にしてまで大切な人を守る。高潔な人間がここにいるとは」


 国王が感激の涙を流すと周囲の空気もそれに習えとばかりに変わってしまった。

 皆から褒められて妙に居心地が悪い。


「その話が本当だとすると、彼は邪神の元へと送られたはずですな。どうやって無事に逃げ出してきたのか?」


「そうね、私もそれが知りたかったの」


「エルト。邪神の元に送られてからどうなったの?」


 宰相とアリス様とアリシアが次々に聞いてくる。

 俺はどうしようかと悩むのだが、神官さんがオーブに手をかざしているので嘘をついたところでバレてしまう。


「俺は逃げた訳じゃないです」


「「「「というと?」」」」


 国王と宰相とアリシアとアリス様が聞いてきたので……。


「邪神を倒して帰ってきただけです」


「……真実です」


 沈黙が続く中、神官さんの声だけその場に流れた。

 



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