第64話賃貸契約
「どうぞ。降りる際に足元にお気をつけください」
馬車で走ること数十分。到着したのは閑静と呼んで差し支えのない場所だった。
「こちらが先程紹介しました物件になります」
目の前には古びた建物が立っている。歴史を感じさせる佇まいはどこか懐かしいと感じる。
きっと王都の栄えた雰囲気とは違い、実家に近い雰囲気がするからだろう。
「定期的に掃除をしておりますので、見た目よりはしっかりとした佇まいになっております」
扉を開けて中に入ると、香辛料や酒の香りが仄かに鼻を刺激した。
長い歴史の中で建物に染みついているのだろう。
中に入りフロアを見渡してみる。テーブルが端に片付けられていて1階部分には広いスペースがある。ドアから入った目の前には受付があり、その横には2階に上がる階段がある。おそらく宿泊部屋だろう。
受付の奥に見えるのは厨房らしく、その奥には裏口が見える。どうやら出口は正面のドアと裏口だけらしい。
俺はミラルゴさんに案内されると建物を一通り見せてもらった。
前の持ち主が置いていったのか、家具などがそのまま残っているので住もうと思えば今日からでも住めそうだ。
「いかがでしょうか?」
口元に手を当てて考えているとミラルゴさんは揉み手をしながら聞いてきた。
「いいですね。考えていたよりも良い状態です。こちらを貸してください」
「ありがとうございます。それでは早速書類を用意させていただきます」
そういってミラルゴさんは鞄を開けるとカウンターに書類を並べ始めた。
即決の際、その場で契約をしたいと俺が話をしていたから持ってきていたのだ。
「それで、いくらになりますか?」
支払いに関しては手付けを渡しておけば問題ない。あとは神殿から報酬が入ってから払おうと思っていたのだが…………。
「宰相様の手紙に支払いは王国が持つと書かれていたので不要です」
「えっ?」
まさか宰相さんがそこまで根回しをしてくれているとは。この場はその厚意に甘えておくことにした。
「それで、いかがなさいますか?」
「ん。何がですか?」
ミラルゴさんの問いかけに俺は首を傾げる。
「こちらを店舗として使うのか、それともパーティーの共有スペースにするのか、いずれにせよ清掃やら修繕が必要かと思います。そちらに関してもこちらで手配をすることは可能ですが」
流石は不動産のプロだけある。アフターサービスで業者を紹介してくれるつもりらしい。
「ああ、今はそういった目的で利用するつもりはありませんので。必要になったらまた頼みに行ってもいいでしょうか?」
「かしこまりました。それではこちらがこの建物の鍵になります。全てお渡ししますので、紛失した場合は作り直す必要がありますので」
そういって差し出された3本の鍵を俺は受け取ると、
「どうもありがとうございました」
お礼を言うのだった。
「さて、早速始めるとするか。マリー出てこい」
「はいなのです。御主人さま!」
目の前の空間が歪み、そこからマリーが顕れた。
「やっと御主人さまと二人きりになれたのですよ」
嬉しそうにウサミミを動かして抱きついてくる。
こいつは人間が好きじゃなく、呼ばれなければ人前では姿を見せないのだ。
知り合った当初は敵対していたが、こうして懐かれると可愛いと思ってしまう。
頭をぐりぐり押し付けてくるマリーの頭を撫でてやると……。
「周囲に人の気配は?」
「全くないのです。御主人さまに害意を持つ人間、この建物を見張る人間。ともに存在していないのですよ」
「なら良かった」
マリーは風の精霊王だ。微精霊などに命じて周囲を探るのに長けている。
迷いの森滞在時も、城にいる間も。常にマリーが索敵を行ってくれていたので俺は安心して休むことができたのだ。
「じゃあまずは建物全体に結界を張ってくれ」
「えーと、どのぐらいの強さで張るのです?」
俺が知っている結界といえば邪神の城の壁にあった結界だ。
邪神の必殺技でなければ壊すことができず、まともに出入りができない。
あの強度までは必要ないと考えると……。
「マリーが壊すのに少し苦労するぐらいがいいな」
「はいなのです。では少々時間をもらうのですよ」
フロアの中心に立つとマリーが輝きだした。
その姿は幻想的で美しく。普段の甘えるような言動と一致せずについつい見惚れてしまいそうになる。
しばらくするとマリーの身体の輝きが消えていく。
「ふぅ、これでばっちりなのです。アークデーモンでも壊すのに苦労する結界の完成なのですよ」
誇らしげに胸をはって見上げてくるマリーの頭を撫でてやる。
「この鍵を持つ人間は入れるようにしてくれないか?」
せっかく結界が完成したところ悪いが、このままでは自由に出入りができない。俺はマリーに鍵を差し出すと。
「わかったのです。この鍵にマリーの力を籠めるのです。持ち主が顕れたら上級精霊に一時的に結界を解除させるのですよ」
これでよし。風の精霊王が張った結界に上級精霊が周囲を警戒している。
この建物の警備は下手な城よりも上だろう。
「それで御主人さま。どうしてこんなことをしているのです?」
俺がこの国に滞在するつもりがないことはマリーも知っている。なのになぜ建物を賃貸したのか気になったようだ。
「それはな……」
俺は自分のステータス画面を見るといった。
「ストックしているアイテムが多いからここに置いておきたいんだ」
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