第100話 海水浴


 照り返す日差しと雲一つない青空が広がっている。


 細かい砂を踏みしめると足の裏に感触が伝わる。


 周りを見渡すと、侍女がテーブルを並べ、執事がバーベキューの準備をしている。


 先に見える建物はグロリザル王国が所有する別荘の一つだと聞いた。


 現在、俺はグロリザル王国から北上した場所にある北海の浜辺にいる。


 なぜこのような場所にいるかというと、険悪な女性同士を仲良くさせるならと、レオンに勧められたからだ。


 先日のローラとアリスのやり取りを見ていた俺とアリシアとセレナは、こういう場所でならあの二人も仲良くできるのではないかと考えた。


 アリシアにローラを誘わせたのだが、本人はそれほど乗り気ではなかった。それでもしぶしぶ了承してくれたのでほっとする。


 彼女が来なければ、わざわざこうして国を移動した甲斐がないからな。


「王女様方はもう少しでいらっしゃるとのことです」


「はい、ありがとうございます」


 伝言にきた侍女に礼を言うと、俺は二人の距離をどう縮めさせるか考える。


「どの女性も大変美しく、英雄様は幸せ者ですね」


 侍女がからかうような言葉を口にする。


「いや、彼女たちはそういう関係ではないですから」


 現在、俺に関してあらゆる噂が広まっている。


 特に、女性関係の噂が多いらしく、一緒に行動しているアリスやローラが王族ということもあり、輪をかけて面白おかしく脚色されているようだ。


「お待たせ、エルト」


 そうこうしていると、セレナが現れた。


 彼女は葉っぱをモチーフにした緑の水着を着ていた。


「どう? 似合うかしら?」


 その場でターンをすると銀髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。


「ああ、凄く似合っているぞ」


「ふふふ、ありがとう。エルトも格好いいよ」


 嬉しそうに頬を緩めるとセレナは俺の全身を見る。


「それにしても、湯浴みをするときは裸なのに、水浴びをする時に服を着るって人族も変だよね?」


 自分の水着を引っ張りながらセレナは首を傾げた。


「まあ、海水浴ってのは昔からそういうもんだからな」


 当たり前のように多様なデザインの水着が売られているのだ。


「大昔はそういう文化もなかったみたいなんだがな、過去に偉大な発明家が突如現れて作ったらしいぞ」


 様々な魔道具を開発して生活を豊かにしてくれたのだが、その発明家が特に力を注いだのが娯楽だ。


 現在でも一般大衆から貴族まで好んで遊ぶボードゲームやスポーツなど。服に至るまですべてその発明家の影響を受けている。


「こんな小さな布なのに防御力が優れてるし何より軽いなんてね。私この恰好で冒険しようかしら?」


 発明家の執念なのか、水着には高度な魔法が付与されている。水際での行動には水着は必須装備となっていた。


「それは止めた方が良い」


 セレナの肢体から目を背ける。刺激が強くて目に毒だ。もし冒険の最中にセレナが視界に入ってきたらミスをする人間は少なくないだろう。


「えー、こっちの方が動きやすいのになぁ」


「本当に頼むから! いつもの装備にしてくれっ!」


 俺が必死に頼み込んでいると足音が聞こえた。


「お、おまたせしました」


 次に現れたのはローラ。桃色と白のフリルがつけられた水着を着ており、紫の花を髪に刺している。


「うう、なんでそんなに大きいのよ。ローブの上から薄々勘づいてたけどさ」


 セレナは自分の胸を見てローラを見た。何やら絶望的な戦力差を目にしたような顔をしている。


 ローラはというと、所在なさそうな感じで俯いている。顔が赤く、恥ずかしがっているように見える。


「似合っているな」


 侍女たちから口を酸っぱくして「とにかく全員の水着を褒めてください」と言われている。


「……どうもです」


 ローラは短く返事をすると口元を浮き輪で隠しながらそっぽを向いた。


「ローラは泳げないのか?」


 目に飛び込んできた浮き輪を見て、俺は疑問をぶつける。


「べ、別に泳げないわけでは……」


 聞き方がまずかったのか、ローラは俯いてしまう。


「俺で良かったら泳ぎ方を教えようか?」


 このまま気まずい思いをするのも嫌なので提案をしてみた。


「えっ? エルト様が教えてくださるのですか?」


 意外そうな顔で俺を見た。


「川で泳ぐ程度だったからそんなにしっかり教えられないかもしれないが、それでよければ構わないぞ」


 俺の言葉を聞き、彼女は少し考えると、


「そ、そこまでおっしゃるのでしたら……少しだけ」


 やはり泳げなかったらしい。恥ずかしいのか、顔を背けながら答えた。


「ああ、任せておけ」


 返事をし、俺とローラは同時に笑った。


「それにしても、二人とも遅いわね」


 ローラと打ち解けていると、セレナがアリスとアリシアの様子を気にしていた。


「ローラ。あの二人は?」


「……えっと、わからないです」


 先日のことを引きずっているのか、気まずそうな表情になった。


「まったく、こんな着替えに時間かかるなんて」


 セレナが腰に手を当てると文句を言う。早く泳ぎに行きたいのかそわそわしているようだ。


 三人で待っているとしばらくしてようやく二人が現れた。


「お待たせ。この子がなかなか進もうとしないから時間がかかって」


 アリスはこれでもかという抜群のプロポーションを見せつけながら俺たちの前までくる。


 彼女は赤い花柄のビキニに、頭に赤い花を挿し、髪をまとめ上げていた。

 俺は思わずアリスの水着姿に釘付けになってしまう。


「ア、アリス様! 押さないでくださいよ」


 一方アリシアは、ローブで身体を覆い隠すと恥ずかしそうにしていた。


「まったく意気地がない。皆水着になってるんだからとっとと脱ぎなさいよ」


「だ、だって、こんな凄い水着だなんて聞いてなかったですよぉ」


 顔を真っ赤にして抗議をするアリシア。一体どのような水着を着ているのか気になる。


「恋のライバルだっているのにしり込みしている余裕があるの? いいからとっとと脱ぎなさいっ!」


「あっ、引っ張らないでくださいっ!」


 二人がもみ合い、ローブがたなびくたびに隙間から水着がチラチラ見える。


 鍛えているアリスに敵うはずもなく、抵抗していたアリシアは気が付けばローブをはぎとられていた。


「うううう、恥ずかしいよ」


 せめてもの抵抗なのか手で身体を覆い隠そうとするアリシアだったが、小さな手ではすべてを隠すことは不可能。アリシアは青いビキニを身に着け、黄色い花を髪に刺していた。


「さて、本命の感想を聞きましょうかね?」


 アリスは誇らしげな顔をするとアリシアを俺の前に押し出した。


「へ、変だよね? こんなの?」


 上目遣いに見上げてくるアリシア。恥ずかしさからか瞳が潤んで身体が赤くなっている。


「い、いや……」


 一方、俺も顔が熱くなった。邪神の生贄になるまで一緒にいたアリシアだが、こんな格好を見たことがなかったからだ。


「ほら、エルト君。アリシアが感想を待っているでしょ。それとも似合ってないと思ってるの?」


「そっ、そうなの⁉ エルト?」


 アリスの言葉に反応してアリシアが不安そうな表情で俺を見る。


「……に、似合ってるに決まってるだろ!」


 勢いに任せてそう言うと、アリシアは俺から目を逸らし口元を緩めた。


「ふふーん、ほらやっぱりね。エルト君も心を奪われているみたいよ」


 その言葉に俺はアリスを睨みつける。だが、現状では言い返す言葉がないので俺は黙り込んでいた。


 ふと俺は思い返す。そして改めてアリスの方を向く。


「な、何よ」


 急に俺に見つめられたせいかたじろぐアリスに、


「アリスも水着似合ってるぞ」


「なっ⁉」


 一人だけ褒めていなかったことを思い出し、俺は感想を言った。


「それじゃあ、せっかく招待してもらったわけだしゆっくりしようか」


 俺は手を叩くと皆にそう言った。

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