第91話狩猟祭

 書類仕事を始めてから一週間が経過した。毎日頑張ったお陰で最近では目を通す書類も少なくなり、俺は仕事の傍らにローラから色々な政務を教わっていた。


 領地経営の仕方であったり、王侯貴族の序列。他にも他人に命令を下す時の態度など。


 どこで使う必要があるのか疑問だったが、唐突に授業が始まってしまったので聞くタイミングを逃してしまった。


 ローラは年下とは思えないほど知識があり、授業もわかりやすい。


 そのせいで俺もついつい興味を持ち質問をしてしまい、ここ数日でローラとの会話が増えた。


 冷たい態度は相変わらずなのだが、それは本人の性格によるものと諦めた。


 今日も書類を片付けつつローラから何かを教わろうと執務室に足を運ぶのだが……。


「本日の予定はドゲウ王子が主催する狩猟祭への参加になります」


 扉を開けると定位置にローラが立っており書類をめくっていた。

 そして俺を一瞥すると初めて聞く予定を話した。


「いや、どういうことだ?」


「以前よりあなたと『合わせろ』『パーティーを開くから参加してほしい』などの声が多数ありました。今までは書類の確認を優先するということで私が断ってきましたが、そろそろ断りきるのが難しかったので……」


 アリスからはパーティーの誘いとか増えると聞いてた。そういえば誘いがまったくないなと書類を読みながら考えてはいたのだが、どうやらローラがシャットアウトしてくれていたらしい。


 いい加減書類仕事にも飽きていたので構わないのだが、前日に教えてほしかった。


「……それにしたって狩猟祭って」


 町に住んでいた時にもなかったわけではない。町の狩人たちが森に入ってきて動物を仕留めて戻ってくる。その時に狩った獲物の重量で勝負するのが習わしなのだが、


「他の催しじゃだめなのか?」


 俺は一般人だったので、狩りをしたことがないのだ。


「私の方で一番無難な物を選んだつもりですが、嫌だというのなら王女・公女限定のお茶会に変更しますよ?」


 自分が女だらけのお茶会に参加してティーカップを持っている姿を想像する。


「いや、その選択なら狩猟祭でいい」


「では、こちらに参加者のプロフィールをまとめておきましたので、参加時間までに一読しておいてください」


 ローラから受け取った紙束をパラパラと捲ってみる。相当分厚いのだが、その一枚一枚に参加人物の出身国やら交友関係、趣味や特技などが記載されている。


 綺麗な文字で書かれている。毎日見ている文字なので、書いたのはローラで間違いないだろう。


 俺が恥をかかないためにこうして参加者のプロフィールを用意をするとは、随分と手間がかかったに違いない。


「ありがとうな」


 ひとまず感謝の気持ちを伝えてみるのだが、


「仕事ですから。気にしないでください」


 相変わらずの無愛想っぷりだった。







「これはこれは英雄エルト殿。この度は数多くある催しの中から僕の狩猟祭の招待を受けてくださりありがとう。今日は歳の近い人間を集めたので楽しんでもらえると嬉しいよ」


 大げさな様子で俺に挨拶をしてくる。俺は目の前の男のプロフィールを思い出す。


 ガラセイヤ王国の第二王子で名前をドゲウという。

 国家としてはそこそこの規模だが、強引な外交に民をないがしろにする政策。女癖が悪いらしく黒い噂が絶えない男だ。


 丁寧な挨拶をしてはいるが、どこか見下すような視線を俺に向けており、ドゲウの後ろにいる数人もニヤニヤと笑っていた。


 俺がその様子を見ているとローラに背中を突かれた。どうやら彼女も狩りに同行するようで、普段とは違い髪を後ろでまとめてポニーテールを作って動きやすい格好をしている。


「この度は狩猟祭への招待感謝します」


 表情のはしはしに見える笑みを無視しながら、俺はローラに習った通り胸に手をあて上半身を少し前に倒し貴族流の挨拶をする。


 俺が丁寧な挨拶をすると、ドゲウは、


「噂に名高い英雄殿の力量を見られるかと思うと昨晩は寝付けませんでしたよ」


 基本的に王族は他人に頭を下げない。身分でいうなら聖人の称号を得るはずの俺の方が上になると説明をされていたが、現時点でまだ受けていないからかドゲウは挨拶を返さなかった。


 後ろでローラがむっとしている。どうやら礼儀を守らないドゲウに苛立ったようだ。


「ところでその弓はもしかすると市販品では?」


「ええ、そうですけど何か?」


 狩猟祭のことを知らされたのが先程なのだ。この弓だって急遽エリバン王国から貸してもらっただけ。


「流石は英雄殿ですね。狩りをするのに市販の武器を持ってくるとは」


「いやいや、きっとまだ武器職人に伝手がないんですって」


「邪神を討伐したぐらいだから武器は選ばないのでしょう」


 小馬鹿にした様子に後ろの取り巻き立ちが一斉に笑う。


 ここにきてはっきりとわかる。どうやら彼らは俺を貶めて恥をかかせたいらしい。


 こういった人間は何処にでもいる。特に俺は邪神討伐の功績で目立っているので絡みたくなったのだろう。


「前日の夜にいきなり予定を告げてきて失礼じゃないですか!」


 ローラから怒りの声が聞こえる。どうやら前日に俺に言わなかったのは参加を半ば強制させられたからのようだ。


「それにしたって、そんな一般兵士が使うような弓とはね。見てみろ」


 ドゲウはそう言うと自分の弓を見せる。


「これは名工に作らせた弓で名を『シルフィード』という。矢を放つと風の精霊が補助して獲物へと突き刺さる。私にふさわしい武器だと思いませんか?」


 見ると確かに武器の周りを風の精霊が飛び交っている。弓に散りばめられた宝石に

反応しているようだ。


「所詮は武器頼りということではないですか。武器がいくら優れていても狩りの腕がたいしたことなければ獲物を仕留められませんよ?」


「な、なんだとっ?」


 ローラは憤慨すると言い捨てた。ドゲウは怒りをあらわにすると、


「ふんっ! 市販の弓で僕たちよりも獲物を狩れると? それなら賭けをしようじゃないか」


「賭けですか?」


 できることなら受けたくはない。俺は眉根をひそめる。


「英雄殿が負けた場合は……。そうだなぁ、イルクーツの王女に一晩お付き合いいただくというのはどうだろうか?」


 この場合の『一晩お付き合い』というのは貴族の隠語になる。ドゲウは鼻の下を伸ばすしてローラを見る。


 流石にこんな勝負を受けるわけにはいかない。俺はきっぱりと断ろうと口を開くのだが、


「それで構いません」


 先にローラが返事をしてしまった。

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