第106話 悪魔族によるエルト攻略

         ★


『やはりクラーケンは討伐されたか』


 部下からの報告を聞いたデーモンロードはその内容を予測していた。


「はっ、例の計画のために用意していた個体ですが、逃亡する間もなく討伐されました」


『それで、エルトとやらの力は掴めたのか?』


 グロリザルの港を荒らす予定で用意した個体だ。失ってしまったのは痛手だが、それで敵の戦力を把握できるのなら悪いことではない。


「はい。討伐にはエルトの他に数名の実力者が参加しておりました。エルトが使ったのは【神剣ボルムンク】でした」


『あの邪神の城に封印されていた剣か! つまりエルトとやらは邪神の隙をついてボルムンクを奪いその剣でやつを倒したということか?』


「接近戦でクラーケンを圧倒しておりました。恐らく間違いないかと思われます」


『他には何かないのか?』


 デーモンロードは他の成果について確認を取った。とてもではないが、それだけで邪神が滅ぼされるとは思えないのだが、何か情報がないか確認する。


「戦闘の途中、手持ちの呪具を使い、いくつかの呪いを掛けてみましたが、効果がありました。その場で解呪できないことから、身体の作りは人族と変わりなく、呪いなどの攻撃は有効かと」


 デーモンロードは考える。戦いは相手より実力が勝っていれば有利。事前に呪いを掛けて動きを鈍らせてしまえば力を半減させられる。


 次にどうするべきか悩んでいると……。


「恐れながら私に十三魔将数人を御貸し下さい。奴には近接攻撃しかありません。呪いを掛け、十三魔将が数人同時に襲い掛かれば防げる道理はありません」


 必勝の策に部下は胸をドンと叩いて見せた。


『いや、六人でかかれ。まだすべてを暴いているとは思えぬからな』


 あまりの慎重さに部下は目を大きく開くと、


「かしこまりました。この十三魔将の【支配のゲスイ】必ずや期待に応えて見せます」


         ★


 私は先程の戦闘を思い返し、窓から夜空を眺めていた。


 エルト様の隣に立ち剣を振る。クラーケンの脚を切り飛ばすたびにエルト様から褒められて嬉しそうな顔をする。


 私はこんな姉をこれまで見たことがなかった。


 かつての記憶がよみがえる。


 モンスターに襲われ、姉と二人で森に置き去りにされた日のことを。


 あの時、私は泣くことしかできず姉に守ってもらった。


 モンスターは姉と、騒ぎを見て駆けつけてきた騎士たちが退治したらしいが、私は気絶していた上、前後の記憶が曖昧だったので覚えていない。


 ただ、優しく抱きしめてくれた姉の温もりのみが記憶に残っている。

 私の耳元で「あなただけは絶対にお姉ちゃんが守ってあげるから」と言い続けてくれたことがどれだけ嬉しいことだったか……。


 だけどあの日を境に私と姉の関係は変わってしまった。


 姉は剣を手に激しい修練を開始した。まるで何かに焦るように剣をふるう姉。

 私はそんな姉が心配で話しかけるのだが、目を逸らされる。


 そして、あの事件からしばらく、私は杖を取り上げられ、内政の勉強をするように姉から命じられた。


 姉の態度の急変に、私は戸惑いを覚えた。


 次第に私は塞ぎこむようになり、心にぽっかりと開いた穴を埋めるように勉強に打ち込んだ。


 そして今から半年前、父と姉に呼び出された私は、急遽グロリザルへと留学するように命じられ、彼女との関係が断絶した。


「一体、お姉様は何を考えているのでしょうか?」


 英雄が現れ、私は国の都合でエリバンへと呼ばれ、エルト様のサポートを任された。

 王族として、国の利益になる行動が求められる。


 国王ジャムガンも、聖人となったエルト様が、私かお姉様のどちらかと恋仲になることを望んでいるに違いない。


 国の都合に振り回されるのには慣れている、だけど、お姉様の態度が腑に落ちない。

 どうして、今まで私を頑なに遠ざけてきたのか……。


 なぜ、いまさら、申し訳なさそうな顔をするのか。


 彼女の本心が解らず、近付いて拒絶されるのが怖い。私は胸をぎゅっと握り締めると、


「エルト様なら、どう答えてくれますか?」


 昼間に、優しく私を導いてくれた英雄の笑顔を思い浮かべると、答えの出ない問いに頭を悩ませるのだった。




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