第96話ローラとランチ
「エルト様、次はこちらの書類にサインをお願いします」
斜め後ろからスッと手が伸びてきて机の上に紙が置かれる。
今回の書類は、先日ドゲウが働いた無礼に対する内容で、決して安くない金額を支払うむねが書かれている。
「……なにか?」
首を動かして後ろを見ると、ローラとばっちりと目が合う。
昨日まではもうあと数歩後ろに控えていた気がするのだが……。
「今日の書類はそれが最後です。終わったらランチを用意してありますので移動しましょう」
「えっ? もう? いつもならもっと山積みになっていたと思うけど」
これまで、毎日山ほどの書類を見てきたのに、突然仕事が減ったような気がする。
「先程までサインして頂いたものですが、同じような内容のものは私の方で纏めてありますので、その上で一覧にしたものにサインをいただいたので」
確かに綺麗な字で書かれた書類があり、その下に束となった紙があったのを思い出す。
ローラの言葉通りになっていて、非常にやりやすかったのは覚えている。
「……にしたって。あれだけの量の書類を読み込んでわかりやすい説明を加えて一枚にまとめたのか?」
それにしたって俺がサインした枚数は十や二十ではない。つまりローラはその数十倍の書類にきっちり目を通したことになる。
「日頃から書類を読むのには慣れてますから。このくらいは普通ですよ?」
ローラは首を傾げるとそう言う。明らかに異常な能力なのだが、ここで指摘しても仕方ないだろう。
俺は最後の一枚にサインをするとその日の仕事を終えるのだった。
仕事が終わり、俺とローラは来賓用の食堂で二人でランチをしていた。
俺がホスト席に座り、ローラはその左側へと座る。これまでは俺が一緒に食事を摂ろうと誘っても応じてくれなかったのだが、今日も駄目もとで誘ってみたところ了承を得られた。
「へぇ、ローラは最近までグロリザルに留学していたんだ?」
そうなると、これまで聞けなかったことを聞きたくもなる。
アリスの妹だと思うと、俺はつい親しみを感じてしまいローラに話し掛けていた。
「……ええ、今からちょうど一年前になります」
チラリと俺を見るとそう答えた。その視線の意味を正しく読み取ることができない。
「グロリザルってどんな場所なんだ?」
先日、たまたまレオンと縁ができたのだが、外国については俺も興味がある。
「山脈に囲まれていて、一年の大半が氷雪に包まれている国です」
「寒いのか、それにしても雪に覆われた景色か……」
さぞや美しい光景なのだろうと思い浮かべる。
「グロリザル首都を北上していくと”北海”と呼ばれる海があります。そこからは船で外国から様々な変わった物資や嗜好品が入ってきて、採れたての魚を生で食べたり干物にしたりしていますが、その味わいは絶品です」
「それは……ちょっと行ってみたいな」
ローラの語りが上手く、俺はグロリザル王国に興味を惹かれた。
「確か、報奨の中に北海にある屋敷があったはずです。エルト様ほどともなれば通行も問題ありません。興味があるなら一度訪ねて見ると良いかもしれませんね」
「そうだな、それも面白いかもしれない」
セレナやアリシア、マリーとも相談する必要があるが、イルクーツに戻る前に寄り道するのも良いだろう。
「それにしても、やたらと詳しいな。やっぱり留学するから勉強してたのか?」
王女が留学するともなると事前に色々調べたのだろう。俺はローラに質問をするのだが……。
「いえ、私の留学は突然だったので、行ってから色々と情報を集めました」
そこまで言うと、ローラは食器を置くと俺を見る。
「私は父とお姉様に嫌われておりましたので」
「えっ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になるのだった。
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