第102話 浜辺のバーベキュー

          ★


 浜辺で仲良さそうに笑うあの子を見る。


 最後にあの子の楽しそうな顔を見たのはいつだろうか? 

 秘書として傍付けにし、狩りや今回の件などで、エルト君とは打ち解けているらしい。


 胸にチクリと痛みが走る。思えば私はあの子に義務ばかりを押し付けてきた気がする。


 私は第一王女として王位を継ぐために帝王学を、ローラは政務をこなすために内政学を叩き込まれた。


 私たちの努力が国を豊かにすると信じて。だが、あの事件以来、あの子との間に溝ができてしまった。


 私はあの子に何と話し掛けて良いかわからず、剣の修行に打ち込み、ローラは与えられた課題を淡々とこなし、いつも一歩引いた場所にいて、自己主張をしなくなった。


 後悔が胸を包むが、私にはどうすることもできなかった。そんなことを考えていると皆が戻ってきた。


「肉の焼けるいい臭いがするな。泳いだから腹が減ったよ」


 エルト君が話し掛けてくる。彼は出会った時から自然体で、どこか目を惹く笑顔を浮かべている。


 彼に接しているだけで、自然とこちらもつられて笑ってしまう。

 これが彼の魅力なのだろうとおもう。


 ローラも、そんな彼の魅力に気付いているのか、懐いている様子。何故か頭にタオルを掛けられ、拭かれた状態で、自然と私の正面に立たされていた。


「ほら、ローラ。髪はもう乾いたからな。あとは美味いものを食ったらまた泳ごう」


 タオルが取られ、ローラの視界を遮るものがなくなる。


「はい、エルト様。ありがとうございま……あ」


 目を開けたローラは私を見て固まってしまった。さきほどまでの楽しそうな表情が抜け落ちていく。私もそんなローラを見ると、先日の件を思い出し言葉がでない。


 私たちがお互いに気まずい思いをしていると、セレナが間に入ってきた。


「ほらほら、早く食べないとなくなっちゃうわよ。ローラは肉より野菜を食べなさい」


 彼女がそうおどけて見せると、


「そんな! 私もお肉が食べたいです」


 妹が言い返した。


「ローラはそれ以上大きくならなくていいから!」


 妹の胸元を見ながら必死な様子で告げるセレナ。私が言い争いをする二人を見ていると……。


「アリス、俺とローラにそこにある肉の串をくれないか?」


 エルト君が目配せをして私に頼んで来た。どうやら彼は何かを企んでいるらしい。


「……うん。はい、これ」


 私は躊躇いながらも串を取ると二人に差し出した。


「ありがとう。流石レオンが用意してくれただけある。美味しいな」


 エルト君は串を受け取ると早速かぶりついた。こういう時の豪快さは男の子なのだなと感じる。


「ローラも食べてみな。運動の後だと美味しいぞ」


 躊躇していた妹は、ゆっくりと手を伸ばし、私から串を受け取った。


「あ、ありがとうございます。お姉様」


 小さな声が聞こえる。注意していないと聞き取れない程度の声量だったが、妹からお礼を言われた私は、心に温かいものが流れるのを感じた。


「美味しいですね」


 口元を隠し、もごもごと肉を噛むローラ。とても上品な食べ方とは言い難いが、妹の楽しそうな姿を見ると咎める気にはならなかった。


「こういうのはな、皆でわいわい食べるから普段に比べて何倍も美味しく感じるんだよ」


 エルト君が自信満々な様子でローラに教えている。確かに城で食べる食事よりも何か一味違う気がした。


「それに海の魚も美味しいわよね。聞いたところによると漁港の市場では新鮮な魚も売ってるみたいね。エルト、明日にでも行きましょうよ」


 セレナは肉よりも海鮮が気に入っているようだ。


「エルト、もっと野菜も一杯食べなきゃだめだよ? 農場で働いてたわりに野菜をありがたがらないんだから」


 ずっと肉ばかり食べているのをアリシアが見咎めた。


「エルト様は農夫だったのですか?」


 イルクーツにいた頃にエルト君の情報は詳細まで調べている。だが、ローラは半年前から留学していたので生贄騒動の情報は人伝手にしか知らないのだ。


「ああ、毎日大量の野菜を育てていたんだ。今度ローラもやってみるか?」


「エルト様が教えて下さるならやってみたいです」


 一国の王女に妙な提案をしないで欲しい。だが、ローラも余裕ができてきたのか軽い言葉を楽しそうに口にした。


「そうだろそうだろ。そこで提案だ、そこに野菜だけの串があるんだが、あれをアリスに押し付けてしまおう。ローラ渡してきてくれるか?」


 いきなり名前を呼ばれてドキリとする。


 ローラは串を持つと私に近づいてくる。そして……。


「お、お姉様。ど、どうぞ」


「え、ええ」


 妹の視線が私に向くとどうにも緊張してしまい、上手く話せない。だけど、城での一件よりもお互いに話しやすく感じる。今ならこの手を取れば、もしかするとあの頃に戻れるのではないか?


心臓が脈打つ。


 そんなことを想像しながら私は差し出された串に手を伸ばすと………………。


『キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーー‼‼』


 叫び声をあげて、海面から巨大な何かが水しぶきを上げて浮かび上がってきた。

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