第93話レオン王子

 矢を持って怒っているのは、薄緑の髪と深緑の瞳をした男だった。


 年齢は俺より少し上に見えるので二十歳前後だろう。肩まで伸びた髪に上質なマントとターバンを身に着けており、身分の高さが伺えた。


「えっと、俺が射ったものですけど、もしかして当たりましたか?」


「突然目の前を横切って木を二つ貫通したんだぞ! 狩りをするときは周囲にもっと気を配れよっ!」


「そ、それは……すみませんでした」


 あまり力を入れたつもりはなかったのだが、思っていたよりも矢が飛んでいたらしい。


「当たらなかったからまあいいけどな……。それよりお前、随分と……」


 意外とあっさりと許してくれた。だが、男はジロジロと俺を見回した。


「お前、名前は?」


「俺は、エルトです」


「なるほど、お前が例の邪神殺しの英雄か、そのオーラは飾りじゃなさそうだな」


 男が放った言葉で逆に驚かされた。


「あなたは一体何者ですか? オーラはエルフにしか見えないと聞いているんですが……」


 魅力のステータスがなければオーラを纏うことはできないし視ることもできない。エルフの村で俺が教わった時ヨミさんからそう聞かされている。


「あなたはグロリザル王国のレオン王子ではないですか」


 ローラの声が聞こえる。もしかして存在している国々のすべての王侯貴族のプロフィールが頭に入っているのだろうか?


「久しぶりだな、ローラ」


 そんなことを考えてみたが、どうやら普通に顔見知りのようだ。


「ええ、まさかあなたが狩猟祭に参加しているとは思いませんでした、確か参加者の欄に名前がなかったと思いますが?」


「シャーリーの奴が煩くてな『せっかく各国の同世代の方々が集まっているのですから、王子も少しは仲良くする努力をしてください』。って説教するからっ飛び入で参加した」


「それは当然でしょう、我々王族にとって自国を豊かにするための交易相手は常に必要ですから」


「お前までそれを言うのか、これ以上は勘弁してほしいんだが……」


 非常に嫌そうな顔を浮かべる。レオン王子は俺の方へ向き直ると、


「俺が何者かは今ローラが言ったとおりだ。何故オーラを使えるかについては俺も精霊使いだからだよ」


 レオン王子の言葉に俺は息を呑んだ。


「俺の祖国は、代々風の精霊王を崇めている。過去に精霊の加護を受けた者が王家にいて、ときおり精霊を扱える人間が生まれてくるんだ。俺はその内の一人ってわけだな」


「そうだったんですか、レオン様は……」


「いやまて、俺のことはレオンと呼び捨てにしろ。俺もお前のことをエルトって呼んで構わないか?」


「ええ、俺の方は構わないですよ、レオン」


「それじゃあよろしくな、エルト」


 お互いに呼び捨てで呼び合う。精霊について色々話をしたいと俺が考えていると……。


「エルト様、そろそろ狩りに戻らないと時間が足りなくなります」


 ローラが横から口を挟んできた。


「そう言えばここは狩場だったな、ところでその恰好を見るにローラも参加しているのか?」


 後ろで髪をまとめたローラを見たレオンは彼女が参加していることを意外そうな顔で見た。


「ええ、最初はエルト様のサポートとしているつもりだったのですが、ドゲウ王子と賭けをしてしまいましたので」


 ローラは搔い摘んで賭けの内容を口にした。すると、レオンは話を聞いている途中から顔を歪め不機嫌な声を出した。


「あいつはまだそんなことをしているのか……」


「知っているんですか、レオン?」


「ああ、子供の頃からの因縁でな。いくつの頃だったかパーティーに参加してたら取り巻きを連れて絡んできたからダーツに誘って大恥を掻かせてやったことがある」


 パーティー会場にはゆっくり歓談したり、友好を深めるため様々なボードゲームやらも用意されている。


 子供の頃のレオンはそこでドゲウ王子に圧倒的な力量差を見せつけて恥を掻かせたらしい。


「その時も、嫌がるシャーリーを強引に誘っていたんだよな。確か、アリスも何度か声を掛けられていたのを覚えているよ」


 レオンの情報で俺の眉が歪む。


「そんなわけで、ここでレオン王子と時間を潰している余裕はあまりないのです。エルト様は弓が不得手のようですので……」


 練習をしていれば違うのだろうが、現時点では言い返すことが出来ない。とにかく数をこなそうと俺が考えていると……。


「だったら俺もエルトのチームに参加させてくれ。適当に流すつもりだったけど、そっちの方が断然面白いからな」


 レオンが俺たちのチームへと参加することになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る