第41話誤算の相手
★
目の前には人間の冒険者たちが剣を構えて険しい表情を浮かべている。
どいつもこいつも及び腰で、俺の瘴気を強めればたちどころに恐慌をおこすだろう。
「ん?」
そんな中に異質な人間を俺は見つけた。若い人間の男とエルフの女だ。
この2人はまるで俺を恐れていないのか、武器を持つとこちらの出方を伺っている。その態度に若干の苛つきを覚えるのだが…………。
「ど、どうしたっ! かかってこい!」
そんな中、この集団のリーダーを名乗っていた男が挑発してきた。
俺はそいつを観察していると……。
「なぜかかってこない!」
「ん。どうした? 救援を呼びに行ったのだろう? 待っててやろうというのだ」
「なっ!?」
男から恐怖の感情が湧きおこる。我らデーモンにとっては人間の恐怖は極上の御馳走なのだ。
「俺としても移動するのが面倒なのでな、人数が揃うまでは攻撃をしないでやろう」
把握している限り奴らはこの近辺に点々とベースを構えている。
それらを一つずつ潰して回るのは効率が悪かろう。それならば全員が集まってから叩いた方が楽というもの。
「ふざ、ふざけやがってえええーーー!」
冒険者の1人が剣を抜くと俺に斬りかかってきた。
「【ダークウェイブ】」
「ぐあああああああああああああああああっ!」
黒の衝撃波が男を包み込む。身体に黒い靄がとりつくと、男は苦しそうに叫び続ける。そして…………。
「クレッグ!?」
男は動かなくなった。どうやら死んだらしい。
「はっはっはーっ! 脆い! 脆すぎるぞ! せめて少しは俺を楽しませて欲しいものだなっ!」
周囲から感じる恐怖の感情。それが心地よい。
俺は人間どもから向けられる感情に身を委ねていると…………。
――ゾクリッ――
「なん……だ?」
内面から今まで体験したことのない感情が動く。
「エルト。まだこの人息があるよ……」
いつの間にかエルフの女がクレッグとかいう男を見ていた。
「ふん、息があるだと? だからどうした。俺の【ダークウェイブ】は邪神の技を真似て500年かけて編み出したのだぞ。身体の内側が蝕まれいかなる治癒も意味をなさない」
黒い衝撃が身体を包み込み内側からズタズタにするのだ。最上位の回復魔法ですら治しきれるものではない。だが…………。
「俺が見よう」
若い男が近寄ると、何でもないようにクレッグに触れる。
「【パーフェクトヒール】」
次の瞬間、白い光がクレッグを包み込んだ。
「あれ。俺はいったい?」
「なななななぁっ!?」
俺はアゴを大きくひらくと驚く。
「クレッグ、お前死にかけてたんだぞ」
「もしかしてお前が助けてくれたのか?」
「間に合って良かったです。もう無茶はしないでくださいよ」
クレッグが起き上がると男に礼を言った。どうやら本当に治っているようだ。
「ふざけるなっ! 俺の【ダークウェイブ】は食らったからには身体の内から蝕む攻撃だぞ! 貴様程度に治せるわけがない!」
俺の怒鳴り声に周囲の人間共が俺に注目する。だが、その表情は先程までの恐怖を纏っておらず…………。
「人が集まるまで待つというから静観してましたが、これ以上は見過ごせない」
男が歩いてくる。すると俺の中に何かの感情が生まれた。
「エルト。どうするつもりだ?」
リーダーの男がエルトへと質問をする。
「こいつの相手は俺とセレナがします。皆は巻き添えを食わないように避難していてください」
「ほざくなよっ! 人間めっ!」
俺は湧き出す怒りと共に目の前のエルトへと攻撃を開始した。
「【カオスウイング】」
俺は空に浮かび上がると自分の翼をはばたかせ衝撃波を叩きつける。
この技は瘴気を纏わせた風をおくることで継続ダメージを与えるもの。広範囲を攻撃するので、避けようがない。
「【ウインドシールド】」
だが、エルフの女が魔法を唱えると風の膜が出来上がり防がれる。
「生意気なエルフめ! 精霊魔法か!」
エルフの中には生まれつき特殊ステータスを持つ者がいて、精霊を使役することができる。
目の前のエルフはどうやら風の精霊と契約をしているようだ。
「油断大敵だぞ」
「なっ!」
風の魔法で飛ばされてきたのか、気が付けばエルトが俺の前まで迫っていた。
「く、くそおっ!」
咄嗟に腕を出しガードをする、デーモンの身体は生半可な武器で傷をつけることはできない。受け止めた上でカウンターを叩きこむ。そう考えていたのだが…………。
――ザンッ――
黒い腕が宙を舞っていた。一瞬、思考が停止した。だがすぐにそれが俺の腕だとわかると……。
「ぐああああああああああああああっ!」
「ついでに翼も奪っておくか」
背中に感じる痛み。そして落下していく身体。
俺は地面に激突した。幸いなことに枯れ落ちた葉が積もっていたのでさしてダメージは無いのだが…………。
「おのれっ! 俺の身体を斬ったばかりか土をつけただとっ!」
これまで感じたことのない屈辱に俺は目の前のエルトを睨みつけた。
「どうした? まだやるのか?」
肩に担ぐ剣を見る。その剣に見覚えがあった。
「そ、その剣はまさかっ!」
デーモンロードと共に邪神の城を訪ねた時に邪神の後ろに飾られていた【神剣ボルムンク】。かつて勇者と呼ばれた人間が邪神に挑み唯一傷をつけた武器。そんなものをなぜこの男が……。
「ん。この剣を知っているのか?」
エルトが無造作に近寄ってくる。この剣がここにある理由と魔人王が『最近邪神が沈黙している』という言葉が蘇る。
その時になり、初めて俺は自分が抱いている感情を示す言葉がわかった。
俺がエルトに描いている感情。
それは――
【恐怖】
――に他ならなかった。
「まあいいさ。ここで逃がすと厄介そうだし、余計なことを言われる前にその口をふさぐとしよう」
まるで薬草を摘み取るような気楽さで俺の命を刈り取ろうとする。
「ああああ……」
焦りが生まれ、近寄ってくるエルトに俺は……。
「だ、【ダークウェイブ】」
最後の賭けとばかりに最大の技を放った。だが…………。
「なん……発動しない?」
感触はあった。だが、発動した瞬間何かに吸い込まれたかのように消えてしまった。
「くっ! こうなったらっ!」
「あっ! 飛んで逃げるっ!」
エルフの女が叫ぶ。デーモンにとって翼は飛行の為に必須の部位ではない。
この巨大な体は魔力によって構成されており、純粋な物質とは言い難い。空を飛ぶだけならば魔力を操作すれば出来なくはないのだ。
「くっくっく。油断したなっ! だが、お前という存在を知ることが出来たのは収穫だった。今は引き下がる。だが、これから先枕を高くして眠れるとおもわぬことだなっ!」
神剣とエルフの存在も知っていれば対処できる。今回遅れをとったのは情報が不足していたからだ。俺は最後にエルトの悔しがる顔を見ようと身体を傾けるのだが…………。
「馬鹿なっ! それは……っ!」
エルトは両手を胸の前で近づけていた。そしてその中心には黒い波動があった。
俺のダークウェイブとは比べ物にならないほどの存在感を放つ。
「き、貴様がまさか邪神の…………」
次の瞬間それが解き放たれた。目の前に黒い波動が迫る。
俺が最後に目にしたのはその波動が身体を貫く光景だった……。
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