第47話 【侯爵家の炎帝の学院入学試験 7 】
「へぇ、じゃあレイラには小さい妹さんがいるのか」
「ん……そう。最近は会ってないけど……もう六歳になる」
「レイラの妹だからね。……その娘は、さぞ可愛らしいんだろうな」
ゴトゴトと馬車が揺られる中、俺とレイラは車体に整備されてあるソファに対面式に座りながら、そんなことを話していた。
俺達が帝都を出発してから、既に五日が経過している。
五日……この数字だけを見れば、なかなか時間がかかっているのだが、実際はそんなことは無い。
本来は帝都リンドヴルムから、レイラのお父さんが領主を務める都市、イランダルまでは十数日はかかるのだから。
しかし俺達にはグラニが貸し出されており、そしてそのグラニは強靭な脚力と体力を持つという事で、この距離の移動をその程度の日数で行うことが出来たのであった。
だがまあ、ずっと馬車に揺られていても特にやることがないのでとても暇になる。
付属の窓から見える景色も、数時間も眺めていれば飽きるというものだ。
レイラの霊装神器による異空間収納の中にも、暇つぶしのための本の類があったのだが……それも、既に読み尽くしてしまったので、俺達はこうして話しに花を咲かせていた。
そうして、先程でてきた話題がレイラの妹についての話であった。
俺には兄弟がいない──というか家族自体が居ない──ので、レイラのその話にはどこか憧れるものがあったのだ。
「……ん、カノンには兄弟はいるの?」
するとレイラはきょとんとした様子で、そんなことを聞いてくる。
どうやら今度は俺のことが気になったらしい。
「……いや、俺には兄弟はいないよ。……というか、そもそも血縁関係で繋がってる家族はいないんだ。父さんも母さんも、ね」
俺はもはや記憶には存在していない父さんと母さんのことを考えながらそう答える。
そして俺はどこか吹っ切れたような微笑を浮かべながらレイラを見ると……彼女は目を見開きながら、まるでしまったと言わんばかりの様子を見せた。
……一体どうしたのだろうか?
「あ…………その、ごめんなさい。私、カノンに嫌なことを聞いてしまった」
レイラは心底申し訳なさそうにこちらに頭を下げてきた。
あぁ……そう言うことか。
どうやらレイラは、俺に死んでしまった両親についてを聞いてしまった事を後悔しているらしい。
「別にレイラが謝ることじゃないさ。まあ、これが悪意があって聞いてきたなら、少し思うところはあったけど……別にそうじゃないだろ?」
というかそもそも俺には家族の記憶が全く無いので、前提として悲しいなどと思うことは無い。
まあ、これが、家族についての記憶や思い出が少しはあったのなら変わってくるのだろうが。
俺はレイラがなぜ先程後悔していたのかの理由も少しの間分からなかった位だし。
それに、レイラはただ単に好奇心で俺の家族についての話を切り出してきたのだろう。
なので、レイラが気負う必要性は全くないと俺は考えていた。
「ん……それはもちろん」
「ならそんな顔をしないで欲しいな。レイラにはなんの責任もないし、それにレイラには笑顔の方が似合うからな」
俺は少し、傍から見て冷やかされてもおかしくない言葉を口にする。
するとレイラは顔を上げて俺の方をじっと見てきて……そうして、どうやら気持ちを持ち直したらしい。「……ん」とだけ言って、まるで慈愛の女神のごとく美しい微笑を浮かべた。
……どうやら、いつものレイラに戻ったようであった。
そうして、少しの間無言で過ごしていると……
「ん……あれ?でも血縁関係で繋がってる、っていうのばどういうこと?よく分からない言い方だけど」
レイラは俺の先程の言葉に少し引っかかるところがあったのか、こてんと首をかしげながらそんなことを聞いてきた。
「……あぁ、それか。……確かに俺には血の繋がってる家族はいない……でも血は繋がっていないけど、一人家族はいるんだよ」
「……ん、それは?」
「幼い頃に死んだ両親の代わりに、俺の親代わりとなってくれた『
俺はユーリの婆さんの事を思い出しながら話した。
俺がまだ帝都に来てから一ヶ月と経っていないが、長年共に暮らしてきただけあって、こうして婆さんのことを改めて思い出してみるとどこか寂しいと感慨に耽ってしまった。
しかし、俺はすぐに頭をブンブンと左右にふって、意識を現実に戻す。
一度ユーリの婆さんのことを考えてしまえばそのまましばらくは、それを引きずってしまうような気がしたからだ。
「……カノンの、親……」
レイラは小声でそう呟く。
「あー、もうしばらくしたらレイラをユーリの婆さんに紹介したいんだけど……良いかな?」
「……え?」
「ほら、パーティーメンバーなんだから紹介しておくのに越したことはないし……そらに、何だかレイラがユーリの婆さんに興味を持ってそうな様子だったし……」
少し小っ恥ずかしくなりながら、俺はレイラにそう提案してみた。
彼女が本当に興味を持っていそうな様子だったという事もあるが、これは普通にそうした方が良いだろうという判断からである。
ユーリの婆さんは俺に対してはどこか少し過保護なところがあったからな。
俺がそう話すと、レイラは目をぱちくりさせて、「……ん」と、頬を赤らめながら俯いた。
「っ…………」
俺は何度も見てきたとはいえ、そんな彼女を見てしまえば、どうしてもその美しさや儚さに見惚れてしまう。
そうしてガタゴトといった馬車の振動音だけが響く中、タイミングが良いのか悪いのか、外から御者の声が聞こえた。
「そろそろ到着しますよ」
そんな声に俺ははっと我に返る。
そうして、グラニを引く御者に「分かりました!!」と叫んだ。
どうやらそんなことを話しているうちに、かなりの時間が経過していたようだ。
もう、イランダルは目と鼻の先であるらしい。
「うお……これは……」
そうして、俺は窓から身体を乗り出すようにして、外を見てみると、ここから数百メートルも離れていないところに、これまた帝都のような防壁があるのが見えた。
ただ、帝都のようなと言ったが、あそこの防壁程の立派さがある訳では無い。
まぁ、それでも大都市を守るだけあって、そこいらの魔物ではかすり傷一つつけることは出来ないだろうが。
さらに多くの行き交う人々や商人などが居ることから、かなり活気に充ちており、賑わいがあるということも分かる。
こうして見ると、まるで第二の帝都と言っても過言ではなかった。
「……ん、凄いでしょ?あれが私の故郷で、お父さんがおさめている都市、イランダルだよ」
どこか自慢をするかのように、少し興奮しながらレイラが俺に向かってそう話した。
余程イランダルの良さに自信を持っているのだろう。
そんなことがよく分かった。
「……いや、ほんとに凄いよ。こんな都市の領主だなんて……ほんとにレイラのお父さんは凄いんだなぁ」
俺は何気なくそんなことを呟く。
こうして、俺はイランダルに到着したのであった。
◇ ◇ ◇
「……じゃあ、ありがとうございました」
ようやくイランダルに到着した俺達は、諸々の手続きなどを無事受け終わり、都市の中に入った。
そうして先ず向かうのが、イランダルの馬車出張所である。
そうして数分かけて出張所に到着すると、俺達は馬車から降りてそんなお礼をを御者に向かって口にした。
予約をされていたのは片道分だけであり、つまり仕事を果たし終わった御者は、そのまま道を引き返しリンドヴルムへと戻ることとなるのだ。
「いえ、こちらも仕事ですので」
御者の男は、その顔に微笑を浮かべながら、控えめにそんなことを話した。
いくら仕事とはいえ、五日もの間馬を引いて俺達を運んでくれたのだから疲れが溜まっていることだろう。
俺はそんなことを思い、彼に感謝をする。
「……では、私はこれで。今回はご利用誠にありがとうございました。また、御用がある際はお願い致しますね」
そうしてイグニを歩き出させて……そのままリンドヴルムへと戻って言ったのだった。
ガタゴトと車体を揺らしながら俺達から離れていく馬車を俺達はその場で見送る。
そのまま数分もしないうちに完全に視界から消えたので……俺は「……さて」と、レイラに向かって話を切り出した。
「たしか、今回の帰省は三日の予定だったよな?」
「ん……そうだよ」
「じゃあとりあえずは、先ずイーグリア侯爵の所へ行かないか?馬車での移動中に一緒にこの都市を見て回ろうって言う案があったけど、それは後回しにするってことで。主な目的はなるべく早く済ませておいた方が良いと思うからさ」
「んー……まあ、確かにそうだね。私も早く家族に会いたいし」
「よし……じゃあ、そうしよう。……悪いけど案内を頼んでも大丈夫か、レイラ?」
「ん……いいよ」
レイラとそのように今後の方針を決める。
とりあえずは、初めにイーグリア侯爵の下へと赴こうという、事である。
そうした方が、不安が解消されて後々楽に過ごすことが出来るということだ。
そうして俺達は様々な出店や露店が多く並んでいる大通りをレイラとともに進んでいく。
帝都と遜色内ほどに交流が発展しており、賑わいがある。
多くの人間が密接に存在する中、そんな中を進んでいくのは常人にはそう容易なことでは無いのだが……しかし俺達は普段の帝都での経験を生かすことで、人々の間を上手くすり抜けてゆく。
「でも、やっぱり慣れない……」
まあ、俺は元々人混みがそこまで好きでは無いので、精神的にどこか圧迫される感じは多少あったが。
そしてその後も、レイラの後ろをつきそうと言った形で彼女と共に歩いていく。
そのようにしておそらくは時間にして数十分ほど歩いていると……位置としてはイランダルの中央部分から、少し手前の所にギルドと同じ……いや、それ以上の巨大は建物が見えてきた。
「ん……来て」
レイラは表情を変えずに、そう呟いて歩く。
遠目からではあるが、レイラの実家が見えてきた……こうなればあとはもう簡単だろう。
目的地目掛けて、一直線に歩けば良いのだから。
加えて十分ほど歩いただろうか……俺達はようやく、どこか古風的な和を感じさせる、その建物の前へと到着する。
その周りは、とても立派な鋼鉄性の多くの曲線をえがいている塀……いや、ただの塀ではなく侵入者対策の網塀が存在していた。
そのようなバリケード一つにとんでもない程の金額が用いられているのだ……その中央に位置するレイラの実家自体は、最早言うまでもないだろう。
「ここが……」
俺は見上げながら、無意識的に一人げに呟く。
こうして俺は大都市イランダルを統治する……そして、レイラの父親であるイーグリア侯爵の下へと到着したのであった。
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