第54話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 14 】

「秘剣一式ー天叢雲ッッ!!」


「げあっ!!?」


 俺が放った最速の秘剣『天叢雲』が、残った最後の一人を盛大に吹き飛ばした。

 俺は世界樹の木刀を片手に振り下ろした姿勢のまま、辺りを観察する。


 俺の辺りには十数人、なんて生ぬるいものでは無い……数十人近くの大量の騎士たちが意識を失った状態で、地面に伏せていた。


 反応が全く無いのは、この全てを俺が気絶させたから。

 そう、精鋭揃いのイーグリア騎士団の騎士たちをこの短時間で俺一人で、だ。


「ふぅ……良かった。ようやく調整できるようになってきたぞ」


 俺は一人げにそう呟くと、そのまま顔を上げて大空を見渡した。


 俺が初めにイーグリア騎士団の中でも第一前衛部隊という隊の騎士十二人と戦ってから、数十分が経過していた。


 その後も第二、第三と言ったふうに数名から十数名程度の人数で構成された部隊と俺は戦闘を繰り広げていき……俺はそのことごとくを宣言通り打ち倒していた。


 辺りに気絶状態で倒れている騎士たちは、俺がその後に剣を交えた騎士たちである、という事だ。


 そして俺が、今天叢雲で吹き飛ばした騎士が第十部隊であるらしく……次の部隊でラストとなる。


「ふぅ……驚くほど順調だな。……まぁ、全部思わぬほどに成長してたこの身体スペックでのゴリ押しなんだけどさぁ。……まさか負荷を掛け続けることでここまで強くなってたなんて、誰も予想しないよな」


 俺の今の呟きは、急激に身体機能が上昇していた理由についてである。

 初めは戸惑っていた俺だったが、騎士たちと戦闘を行ないながら思考を働かせていると、辻褄の合う説明が思いついていたのだ。


 ……それが、『活性』。


 俺が三年間に修行した方法と全く同じだった。


 人間の身体というものはよく出来ているもので、一度負荷がかかると次はそれに耐えうるように身体が作りかえられるのだ。


 そして世界樹の木刀の特性である『活性』を用いて身体機能……特に自己回復速度と効果を活性化させる。


 その二つを上手く利用すれば、常人の何十倍もの速度で肉体を強化することが出来るのだ。


 そして、俺の大幅な身体能力の上昇については、先の『大暴走スタンピード』が原因だろう。


 数えるのが面倒くさくなるぐらいの数の敵と戦闘を繰り広げ、さらにはテオドールやレッドドラゴンとも戦ったのだ。……さらには世界樹の憑依。


 そして、あの『大暴走スタンピード』では俺は常時と言って良いほどに『活性』を使用していた……要するに俺は回復しながら戦闘行動を行っていたということになる。


 そんな無茶をすればとんでもないほどの負荷が俺の肉体にかかったのは当たり前で……おそらくは、というか確実にそれが原因であろう。


「……それにしても上がりすぎだと思うけど、まぁそこは降って湧いた幸運?だと思えば良いか」


 幸運では無くて、行動に伴った結果なのだが……とりあえずそこは置いておくとする。


 そんなことを考えながら、俺は木刀をくるくると手の中で遊び回していたが……しかしいくら待っても最後が来ないことに俺は少し訝しみを覚えたので、こちらを見つめるイーグリア侯爵達の所へと歩いた。


 戦闘の余韻がまだ残っているのか、少し興奮気味にふわふわとした感じだが、俺はそれを無視する。


「あの、最後の部隊の騎士たちはまだ──って、どうしたんですか、そんなに呆然として」


 イーグリア侯爵やレイバンさんがあんぐりとした様子で俺の事を見ていた。

 レイラはそこまで露骨に驚愕を露わにしてないが、じいっと俺の事を見つめてくる。


「……いやはや、凄まじいね。話には聞いていたけど……まさか、これ程とは思わなかったよ」


「同感です御館様。私もこの若さでここまでの実力を持つとは、全く考えておりませんでした」


 イーグリア侯爵とレイバンさんは手に余るような感じで、そんな呟きを口から漏らす。


「……ん、それにしても以上すぎるよ。特に身体能力が私と戦った時に比べて、比較するのも馬鹿らしいぐらいに上がってる。……カノン、チート使った?」


 レイラはむくっと頬を少し膨らませながら、可愛らしい様子でそんなことを聞いてきた。


 というか、そこまで驚く事だろうか?

 ……確かに身体機能はかなり上がったが、所詮はそれだけであるので、俺は彼らがそこまで驚愕するのに共感は覚えなかった。


 まあ、主観的と客観的では捉え方が大きく異なると言うのは分かってはいるが。


 てか、チートって何?古代の言葉か何かか?


「……まあ『大暴走スタンピード』で濃密な戦闘体験をしたからな、多分それじゃないか?」


 真実は伝えていないが……しかし嘘はついていない。


 レイラには俺、いや世界樹の木刀の事情を知っているので話しても良いだが、しかしこの場にはイーグリア侯爵とレイバンさんが居る……『活性』について話したくないという訳では無いのだが、切り札を無闇矢鱈に話すのはどうかと思われたのだ。


「……というか、メアリスさんが居ないようですけど」


 この庭まではメアリスさんも一緒に同伴していたはずなのだが……今見てみれば、彼女の姿が消えていたことに俺は気づいた。


「メアリスなら『これ以上カノン・シュトラバインを見てると、ムカムカが止まりません!』とか言って、屋敷の中での仕事に戻って行ったよ」


 ……彼女らしいと言えば彼女らしいな。


 どうしてここまで目の敵にされるのかは相変わらず分からないが、しかし模擬戦を見る見ないは本人の自由なので、俺に口出しできるはずも無い。


 本音としては、ぜひ見て言って欲しかったけど。


 イーグリア侯爵のその言葉を聞いた俺は、そんなことを内心で考えながら、苦笑を浮かべながら口を開いた。


「それで、早く最後の部隊と戦いたのですが……あと一戦です。これで俺が勝てば、強さを示したということでよろしいですよね」


 こういっては慢心していると思われるだろうが、しかしおそらくは最早勝負は決着したと言っても良いだろう。


 これまでの騎士たちと同じ強さなら……いや二倍三倍強くても、負ける気は全くしないのだから。


(イーグリア侯爵のような貴族なら、その性格的に約束を違えることは無いだろうし……次で終わりか)




 ──しかし、そんな考えは甘いと言わざるを得なかった。




「ん?君は何を勘違いしているんだい?まだ最後の相手が居るじゃないか」


「……え?しかし見る限りは、あそこに佇んでいる部隊が、ここにいるイーグリア騎士団では最後の騎士たちだと思うんですけど」


「……?彼らには、もう君とは戦わせないよ。無駄だということは一目瞭然だしね。君には最後に、別の者と戦ってもらう」


「一体、誰と戦…………いや、まさか。そんな馬鹿なことは無いですよね?」


 俺は口をパクパク動かしながら、顔色を変えて恐る恐る聞いた。

 そんな俺の反応を見て、イタズラ小僧のよう無邪気な笑みをイーグリア侯爵は浮かべる。


 そうして指を刺した先に居たのは…………レイバン騎士団長であった。


「カノン君には最後に我がイーグリア騎士団騎士団長であるレイバンと戦ってもらう。彼に勝つことが出来て、初めてイーグリア騎士団に勝ったとみなされるよ」


 やはり……と、俺の予想は見事に的中した。


 確かにイーグリア侯爵はイーグリア騎士団と戦ってもらうと言っていたような気がする。

 その言葉に従えば、もちろんレイバン騎士団長も含まれるというのに……俺は頭が足りていないせいか、それを失念していた。


 レイバンさんはどのように思っているのかを俺は知りたかったので、彼の方を何気なく見てみたのだが……


「うむ、よろしく頼むカノン殿。一人の武人として、私はカノン殿と手合わせを願いたい」


 かなり乗り気であったようで……最早、無意味だという事を俺は悟った。


「……なぁレイラ、俺はどうすれば良いと思う?」


「ん……頑張って。レイバンはとても強いけど、カノンなら勝てるって信じてるから」


 いや、話噛み合ってなくない?


「……はぁ、分かりました。そうさせてもらいますよ。……どうせ最強を目指すなら、レイバン騎士団長を超える必要性もあるわけですし」


 ただまあ……口では渋々と言った感じを醸し出しているが、実際のところは内心では無意識に興奮を抑えきれていなかったのも事実だった。


 レイバンさんは騎士団長ということで、イーグリア侯爵に使える騎士団の中でも、最も強く優秀な人物ということになるのだから。


 イーグリア侯爵との約束が約束だけにできるだけ面倒臭い事はしたくはなかったのだが……しかしやはり俺も武人の端くれ。

 強い戦士との戦いは、とても愉しさを覚えるというものである。


「では、時間も無限では無いし、早速始めるとしよう。……言っておくが、手加減無しだぞ?」


「……ええ、もちろんそのつもりです。やるからにはお互いに全力で、良い勝負にしましょう」


 俺とレイバンさんはそんな事を話しながら、訓練場の中心部まで移動するために歩き出す。


 そんな際にも主人であるイーグリア侯爵に一礼を忘れないのだから、とても忠誠心の高い事だ。


 俺とレイバンさんが本気で戦うことになれば辺りへと被害も馬鹿にならないだろうから……俺たちは寝転がっている騎士たちを、とりあえず端の方まで移動させる事とした。


 そして、動き回れる環境を作りだす。


 こうして俺は、イーグリア騎士団の騎士団長であるレイバンさんと剣を交える事となったのだった。




 ◇ ◇ ◇




 カノンとレイバンが訓練場の中心部まで向かう中、取り残されたジェルマンとレイラは、久しぶりの二人きりの親子の会話に花を咲かせていた。


 もちろん話の話題はカノンの事である。


「いやー……彼、話に聞いた以上だったね。正直、レイバンなら勝てると思ってプランを組んでたんだけど……もしかしたら、ダメかも」


「カノンは……私の、大好きな人は強いから」


 元々レイラは異性に関心を示すタイプでは無かったので、心からそう思っている彼女に対してジェルマンは何気に驚愕していた。


 戦いの腕は言うまでもないだろう……さらには、両親の優れた部分だけを受け継いだのか、美の女神と囁かれるほどに整った美貌と、とても女性らしいプロポーションからレイラは何度も他の貴族から求婚を申し込まれていた。


 しかし、彼女はまるで恋愛に無関心、その事にジェルマンやレイラの母親はかなり不安を感じていたのだが……だからより一層、レイラがカノンを連れてきたのには驚いたものだった。


「……レイラはカノン君のどんな所に惹かれたんだい?」


 父親として、大事な娘の事の好意を持つ相手にはどうしても興味を持ってしまう。


 だから先程から、カノンの事とは言っても恋愛系の方向ばかりをジェルマンは攻める。


 そしてレイラはその事に気づいているのかいないのか……とにかく、カノンの事を話のは楽しいのか、機嫌良さげに話した。


「ん……かっこいい所、優しい所、私の事を大切にしてくれる所、守ってくれる所、可愛い所、一緒にいて楽しいところ……まだまだあるけど、聞く?」


「……いや、遠慮しておくよ」


「ん、そう……」


 レイラの顔は完全に恋する乙女のそれであった。

 おそらくは数十分ぐらいなら休まずにカノンの事を語れるぐらいには。


 ジェルマンは──良い意味で──あまりにも変わり果てたそんな彼女の事に対して、もはや本当に自分の娘なのかと疑いを持ってしまいそうであった。


 そうして、カノンに視線を向ける。


 今彼は楽しげにレイバンと何かを話しながら、戦闘の余波に巻き込まれないように、気絶している騎士たちを運んでいるところであった。


 話してみた印象としては、裏表の無い優しさと高潔さをなかなかに兼ね備えている少年だと思った。


 少し感情的なところがない訳では無いが、しかしレイラのことを大切に思っていると言うのは理解出来る。


 もちろんカノンの提案が魅力的だったという事もあるが、しかしそんな彼だったからこそジェルマンはチャンスを与えていた。


 普通の平民であったら、いくらジェルマンとは言えども速攻で拒否していただろうから。


 それほどカノン……基、誰かの身元保証人になるという事はリスクを孕むのだ。


(レイラの事を第一に考えての行動……自分の夢よりもレイラを優先する、か)


 ジェルマンは、カノンの事を心底羨ましいと考える。


「……『大暴走スタンピード』の最大の貢献者である英雄。白夜叉カノン。……君がどんな運命を切り開くのか、この目で見させてもらうとしよう」


 どこか感慨深い思いをのせながら……ジェルマンはそう呟いた。

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