第55話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 15 】
「ではレイラお嬢様。審判をお願いしてもよろしいでしょうか」
「……ん。了解」
レイバンさんは横目でレイラの方に視線を向けながらそう問いかけると、彼女はすんなりと了承した。
今、俺とレイバンさんはこれから始まる模擬戦のために、互いに向かい合っている状態であるのだ……そうなれば、勝敗を審議する審判が必要となるので、それをランクA冒険者である彼女に頼んだという事である。
別に彼女ではなければいけないという訳では無いが、しかしイーグリア侯爵は武芸を学んでいないし、残りの騎士数名ではそもそも俺達の戦闘を追うことが出来るかどうから怪しいところであるのだ。
レイラもそれを理解しているからこそ、受け入れる。
「十分に動き回れるぐらいの広さになったし審判も確保した……これで準備は完了だな」
寝転がっている騎士たちを運び出す作業自体は、既にもう完了しているので、審判をレイラが務めてくれるならば、これで全ての準備が完了したと言っても良いだろう。
「悪いなカノン殿。まさか、このような方法で貴殿と剣を交える事となろうとは」
「いえ、私……いや、俺もレイバン騎士団長とは一度武を競いあいたいと思っていたので」
「そう言って貰えるとこちらも嬉しい。……私も、柄にもなく武人の血が騒いでいるのでな」
どうやら、レイバンさんはこのような方法で戦う事になってしまったという事で、責任を感じていたらしい。
まあ確かにただ勝ちたいから、という理由でレイバンさんとは戦ってみたかったが……しかし、俺の炎帝学院入学への切符が掛かっている以上は、それは不可能である。
だが、どちらにせよこれから戦うという事は事実なので「まぁ……これでも良いか」なんて俺は考えたりしていた。
「じゃあ……さっそく始めるね」
相変わらずの様子で、レイラがそう声がけしてくる。
その丸みを帯びた瞳には、俺への信頼しかないという事が見て取れた。例え相手がレイバン騎士団長でも、勝てるという事しか信じていないという訳である。
……まあ、少しプレッシャーを感じないでもなかったが、それよりも第一に嬉しさが込み上げてきたので、俺は様々な感情から微笑みながら、世界樹の木刀を中段に構えた。
「悪いですけど、俺がレイラと離れ離れにならないために……この勝負勝たせてもらいます。貴方を踏み越えてでも!」
「うむ、良い心がけだカノン殿。しかし私もイーグリア騎士団騎士団長として負ける訳にはいかないのだよ」
特に構えもせずに、レイバンさんは不敵な笑みを浮かべながらそう喋った。
俺達の視線が互いに交差する中、その瞬間勝負の開始の合図が告げられる。
「それじゃあ…………始めっ!!」
観客として俺達を見ているのは、イーグリア侯爵とレイラ、そして本来なら俺と戦う予定だった最後の部隊の騎士数名……そんな彼らが黙って見守る中、レイバンさんとの本気の打ち合いが開始する。
「砕け散れー『
レイバンさんがそう呟いた瞬間……彼の背後に俺の何倍もの巨体を持つ、光の粒子で構成された巨人が現れた。
そのまま巨人の身体がボロボロと腐っていくかのように崩れ落ちていって……俺の眼界があまりの輝きに真っ白となる。
「……っ!」
次まぶたを開いた頃には……レイバンさんは全ての力を集結させて具現化した霊装神器……巨斧を持っていた。
彼はまるで調子を確かめるかのように、片手でとてつもない重量であろう巨斧をブンブンと振り回した。
「……それが、レイバン騎士団長の霊装神器ですか」
思わずたらりと汗を垂らしながら、その斧に見とれてしまった俺。
やはりこうして霊装神器を前にすると、自分の才能の無さを実感したり、彼の才能を羨んでしまう邪な感情が生まれてしまっていた。
「うむ。この斧こそ我が霊装神器「
「……そうですね」
改めてそう言われると、かなり複雑な気持ちとなったのだが……しかし、レイバンさんはそんな俺を見て「……ああ」と話を続けた。
「別に私はその事についてどうこう言うつもりは無い。むしろ尊敬すべきだろう。……才能が無いために霊装神器を発現できない。この不条理な世界で、そんな状況でも英雄と呼ばれるほどの働きぶりを見せたのだから」
レイバンさんは本気でそんな事を喋りながら……ゆっくりと巨斧を地面に走らせて、体勢を整える。
腕や足腰を中心にだんだんと力が入っていくのが分かる、俺もそれに合わせて感覚を研ぎ澄ましていった。
「故に!私は武人としてカノン殿に誉れ高き一騎打ちを申し込もう!!」
その瞬間──ボゴン!!という破裂音を辺りに響かせながら、レイバンさんが流星のように、俺目掛けて一直線に突撃してきた。
恐らくは一週間前の俺であったならば、対応するのにかなりの神経をすり減らしていただろうが……しかし、『
「……こちらこそ、お願いしますよ!!」
俺は冷静にこちらへと突進してくるレイバンさんを観察し……そのままタイミング合わせて世界樹の木刀を振るう。
ギィンッ!!と鋭い音を辺りに響かせながら、レイバンさんが振り回した巨斧と木刀がそれぞれ拮抗した。
さすがイーグリア騎士団騎士団長というべきなのだろう……人間とは思えないほどにとてつもない怪力である。
というか、体勢が悪かったと言わざるを得ない。
レイバンさんが上から俺の事を押しつぶさんと巨斧を振り下ろしてきたので、俺は下から対応せざるを得なかった。
よって時間が経つにつれ、ジリジリとだんだん俺が押し返されていくような戦況となったのだが……しかし、俺の成長をあまり見くびってもらっては困る。
「──そこだっ!!」
俺はその瞬間、あえて世界樹の木刀にかける力をゼロにした。
急に抵抗が無くなったという事に、レイバンさんは動揺して、こちらへとつんのめる。
その瞬間を逃す俺ではない。
すぐさま、レイバンさんの巨体の内の、右脇腹に音速もかくやという速度で右脚のかかとを叩き込んだ。
「ぐおっ!?」
空気を切り裂きながら、弾丸のように吹き飛ばされていくレイバンさんだったが……しかし、空いている左手を大地に付き、衝撃を殺すことで体制を立て直されてしまった。
それに、俺のかかとがぶち込まれる前に、彼は自分から後ろに下がることで衝撃を緩和していたので、恐らくは大したダメージは無いだろう。
どうやら、これまでとは違って一撃では勝負を決めさせて貰えないらしい。
「さすがはレイバンさんだ!!」
彼が体勢を持ち直した瞬間を狙って、俺はさらに追い打ちをかける。
弧を描くように大きく跳躍し、彼目掛けて本気で世界樹の木刀を振り下ろした。
「見えているぞっ!!」
しかし、レイバンさんは薄皮一枚あるかどうかのスレスレの距離感で横に跳躍してこれを避ける。
俺の一撃は虚しく空気を切り裂き、大地を陥没させるだけで終わってしまった。
「──らぁっ!!!」
「──むぅん!!!」
俺達は同時に、互いの武器を動かした。
まずは、俺の世界樹の木刀が彼目掛けて横薙ぎに振るわれる。
しかしそれを感覚に任せてしゃがむ事で、レイバンさんは回避を成功させる。
次はレイバンさんがその巨体を拗じることで、俺へと巨斧で攻撃してきた。
恐らくはその大きさと質量故に、一度でもまともに当たってしまえば、俺の全身は砕けて戦闘続行は不可能になるだろう。
だから俺は余裕を持って後方に一歩下がることで、その一撃に空を斬らせた。
「ははは!やるなカノン殿!!今の一撃を回避されたのは久しぶりだぞ!!」
楽しげにレイバンさんは、もう一度俺目掛けて巨斧を振り回してきた。
「レイバンさんこそさすがに強いですね。人間の持つ筋力とは到底思えません!!」
しかし俺も似たような様子で、それを躱す。
ここまでは、傍から見れば互角という印象を持つだろう。
それはそれで悪くはないのだが……しかし、俺はその均衡を崩す。
「──はぁっ!!」
彼の霊装神器の性質上、どうしても大振りになってしまう。
俺は、彼が
「ぬっ!?」
やはりとてつもない重量である。
ジーンと足首が少し痺れる感じがしたが、俺はこの気を逃さないためにそれを無視して攻撃に出ることにした。
「はああああああぁぁぁああっ!!!」
俺は追い打ちを掛けるようにして、その場で瞬間的に身体を動かしながら、彼目掛けて四方八方様々な方向から攻撃し始める。
身体スペックをフル活用しているので、常人にはまるで閃光のように見える……以前にもはや体捌きも肉眼では捉えることが出来ないだろう。
「ぬぬぬぬぬぬっ、これはっ!!」
流石のレイバン騎士団長も余裕がなくなって来たのか、俺の猛攻を捌ききれなくなってきたのか……とにかくだんだんと苦しげな表情となっていく。
俺は手を緩めることは決してしない。
レイバン騎士団長を休ませること無く、果敢に剣戦を挑んでいった。
「巨斧は大きさも大きいし、重量もある。だから攻撃するのにはかなり強力だけどっ……その分、多数を捌くのはとても弱い!!」
そう、これが巨斧の弱点。
攻撃では一撃必殺とも言えるが、しかしその重量と大きさ故、特に数の攻撃にはめっぽう弱いのだ。
一撃一撃を防御するのにかなりの体力を消耗するし、さらには小回りも利かないのだから。
それに、今の俺は本気と言っても過言では無いほどの速度で戦闘行動を行っている。……その速度は音速に近い。今の俺なら『活性』を使わないでもこれぐらいは出来た。
だからレイバンさんはその速度に対応するために、本気の本気で防御をしなければならず……それも彼の体力を奪っていく要因となっていた。
「よし!!」
「ぐう……っ!!」
そして百数十の斬撃を放った頃、ズガガガガガガドスドスドス!!と、レイバンさんに俺の攻撃が届いた。
身体能力だけで言えば、彼よりも俺の方が圧倒的に上であるのだ。
これまで互角に近い戦いを演じれたのは、レイバンさんの持つ霊装神器と技術によるもので……それがまともに使えない状況になれば、ごり押せる俺の方が優位なのは明らかだった。
「ぬ、さすがは白夜叉。とても速いな!!」
だんだんと傷が増えていくレイバンさんは……このままでは不味い、と腹を括り覚悟を決めたのか、ある程度のダメージ覚悟で後ろへと大きく跳躍しようとする。
「──させませんよ!!」
しかし、俺がそれを許さない。
俺は大量の酸素を取り込むことで、血液を身体中に行き渡らせる。鼓動する筋肉を強引に使用することで、一瞬で彼の後ろへと回り込んだ。
レイバンさんはいきなり背後に現れた俺に驚愕の様子を示したが……それを見る前に、俺は木刀を振った。
普通の斬撃ではなく、速さと数を重視した一撃。
「秘剣六式ー六花ッ!!」
刹那の間に放たれた六連をレイバンさんは何とか防御しようとするが……一撃目、二撃目、三撃目と続き、
「ぐふっ!!」
四撃目でようやくレイバンさんを捉える。
攻撃をまともに食らってしまったレイバンさんは、どうしても隙だらけとなってしまい……そのまま五、六撃目も食らってしまったのだった。
肩から脇腹にかけて、幾つも大きな損傷ができる。
フルプレートメイルのごとき鎧は既にボロボロのべこんべこんと化していた。……というか、もはやひび割れが凄く、砕けそうだった。
何らかの特殊金属が使われていたのだろうが、しかし俺の世界樹の木刀の前にはまるで無意味だったのだ。
……ようやく、ダメージらしいダメージを与えることが出来た。
「ぬああああぁぁっ!!」
口から鮮血を撒き散らしながら……しかしそれでも執念深くレイバンさんは俺目掛けて、全てを砕く破壊の一撃を放ってくる。
「確かにレイバンさんの霊装神器の一撃はとてつもなく強いけど……でも、喰らわなければどうって事ない!!」
瞬時に入射角と反射角、効率の良い弾き方を脳内で演算する。その結果に沿うようにして世界樹の木刀を振るうと……見事に計算通り、俺の力でもレイバンさんの巨斧の一撃を弾くことが出来た。
普段の俺ならばこんな演算をするなどという芸当は無理だろうが、しかし戦闘で頭が活性化している今ならば、何となくこなすことが出来た。
「第一ラウンドは、俺のっ、勝ちですねっ!!!」
そのまま腕を振り上げてくるりと身体を半回転、レイバンさんの頬を、右手で殴り……ぶち抜いた!!
地面を何回もバウンドしながらはるか後方へと吹き飛ばされていく。
その度に砂塵が舞い上がるので、詳しくは目視できなかったが……百数十メートルを一瞬で移動し、ドゴォン!!という崩壊音が聞こえる。……レイバンさんはイーグリア侯爵の屋敷を破壊しながら突っ込んで行ったのだった。
「ふぅ……」
今ので拳がまぁまぁ痛くなったし……体力も少し消耗していたが、傷らしい傷は全く無い。
戦況は火を見るよりも明らかである。
イーグリア騎士団の中でも最強であるレイバン騎士団長を、俺は圧倒していたのだ。
「えぇ……うそぉ……?」
それを見ていたイーグリア侯爵の驚愕の視線と、そんなアホっぽい言葉が、俺の頭に残った。
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