第56話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 16 】

「……これで終わってくれると良いんだけどな」


 レイバンさんを盛大に吹き飛ばした俺は、世界樹の木刀の調子を確かめながら、一人げにそんな事を呟いた。


 確かにかなりのダメージは与えただろうが、しかし致命傷となりそうなものや、戦闘続行が不可能な程の傷は無いというのが感覚で……俺は理解出来てしまった。


 今のだって、レイバンさんのその分厚い筋肉に阻まれて、内部までは衝撃を通すことが出来なかったし。


「ん……どうだろうね。今のは結構良かったと思うけど……」


 俺の言葉を聞いてレイラ画像呟いた瞬間……とてもタイミング良く、ドゴォン!!と崩れ落ちた屋敷の残骸や瓦礫が勢いよく吹き飛ばされた。


 大量の瓦礫が空気を切り裂きながら縦横無尽に動き回る。

 一つてもまともに喰らえば、恐らくはぺちゃんこになるだろう。


「やっぱり、そう簡単には行かないよなぁ……」


 だが、俺はある程度は予想していた事であったので、特に同様などしたりはせずに、そのままこちらへと飛んでくる瓦礫を、世界樹の木刀を振り回す事で粉々に砕く。


 もちろん狙いなど定められるはずがないので、その瓦礫らはイーグリア侯爵の所へも、襲いかかった。


 だが、まあその対応にはレイラが動く。


 有翼の龍蛇アジ・ダハーカを瞬時に顕現させて……狙いを定めて正確無比に、迫り来る瓦礫を空間ごと切断していくのだった。


「ありがとうね、レイラ」


「ん、いいよ。お父さんこそ大丈夫?」


 あまり緊張感も無く……彼らは互いにそんなことを話していたので、心配する必要性はあまりないだろうと判断し、俺はそのまま屋敷の方へと視線を向ける。


 すると、砂埃が派手に待っている中……ゆっくりとしかし確実にこちらへと向かって歩いてくる、大きな人影が見えてきた。


 辺りに散らばる瓦礫を踏み越え、乗り越えて……まるでダメージなど全く無いかのように。


「ふふふ……今のは、かなり効いたぞカノン殿」


 口や頬……様々なところから鮮血を垂らしているが、しかし余裕の笑みを浮かべたのは、案の定レイバンさんであった。


 しかし、レイバンさん自身は耐えることが出来ても、全身に纏っている鎧は別だった様で。


 既に粉々に砕け散り……レイバンさんは鎧の下に着用していただけのタンクトップ姿となっていた。


 だが鎧が消えて、その見事に鍛え上げられた膨大な筋肉が直に見えるようになったせいか……見た感じは先程よりも威圧感が増しているような気がする。


「その割には元気そうですけど?」


「そんな事はないさ。痩せ我慢に精いっぱいでな」


「何を。……でもまあ、さすがはイーグリア騎士団の騎士団長ですね。先程からよく思い知らされますけど、その強さは俺が今まで戦ってきた者の中でも、五本の指に入りますよ」


「五本の指、か……一番目じゃないのが、少し残念だ」


 俺達は互いに笑みを浮かべながら、そう軽口を叩き合う。


 面倒くさそうな雰囲気を俺は先程少し醸し出していたかもしれないが、しかし実際のところはこれでダウンしなかった彼に対して興奮を抑えられないでいた。


「そちらこそ、さすがは白夜叉カノン殿だ。……正直、これ程とは思ってもいなかったな」


 レイバンさんは距離にして、俺からおよそ五メートル離れた地点でようやく歩みを止める。


 彼の霊装神器である巨人斧と、俺の武器である世界樹の木刀……俺達が互いに踏み込んでそれぞれの武器を振るった場合に、とても良い距離間だ。


「故に、私はカノン殿を打ち倒すために、これよりは全力で御相手しよう!!」


 ついに本気で来る……と、俺は身構える。


 ……いや、恐らくは今までの攻防も本気の身体能力を用いて俺の相手をしてくれていたのだろうが……しかし肝心の霊装能力を、まだレイバンさんは使用していないのだ。


 本気であっても、全力ではなかった。


(……レイラの全てを切断する空間切断に、テオドールのあらゆる者を支配する能力)


 俺はこれまで戦ってきた強者の持つ霊装能力を頭の中で思い出す。

 どれも並の者では出せない出力の一級品の能力で……恐らくはそのレベルに居るであろうレイバンさんの霊装能力もとても強力なものなのだろうと予想した。


「ガルガンチュア……『起動』」


 レイバンさんはそう小声で呟いたので、俺はいつでも対応できるように、全神経を研ぎ澄ました。


 そして次の瞬間……先程と比べてもはるかに速い速度でこちらへと大きく跳躍し、距離を詰めてきた。


「なっ!?速い……」


 フルプレートメイルのごとき鉄鎧が砕かれたことで、重みが存在しなくなり身軽になったという事もあるのだろうが……しかし、それにしても素早くなりすぎだろう!


 内心でそんなことを愚痴りながら、俺は後方へバックステップをすることで、流星のごとき一撃をかわそうとする。


 素早さは確かに上がっていたが……しかし、まだ俺でも捉えることが出来たので、ギリギリとなったが回避自体は成功させた。


 ……だが、その威力に俺は目を疑う事となる。


「嘘だろ!?片手で、この規模の大地破壊するなんて、最早人間超越してるでしょ!!」


 轟!!という風切り音がなった瞬間、レイバンさんの振るう巨斧が大地と衝突して、そのあまりの威力に大地が文字通り砕かれたのだ。


 陥没どころではなく、半径にして数十メートルが蜘蛛の巣状にひび割れたのだから。


 一度の攻撃でここまでの被害を与えることが出来るという事実に俺は驚愕するしか反応の示しようがない。


「うおっ!!これは……不味っ!!」


 もちろんそんな事をすれば俺のところにも……つまり足場にも被害が来るのは当然のことで……俺が立っていた大地も強引にひび割れ砕かれる。


 咄嗟のことに跳躍することは出来ず、そのまま大地が揺れると同時に俺はバランスを崩してしまいそうになった。


 ここで、耐え切ることができたのはひとえに鍛え上げられた体幹によるものなのだろうが。


「隙だらけだぞ、カノン殿!!」


 しかし、一瞬でもさらけ出してしまった隙をレイバンさんが逃すはずもなく、そのまま強引に斧の進行方向をこちらへと変えてきたのだった。


(ちっ!この不安定な足場で避けるのは無理だし……あまり得策ではないけど、受け止めるしかない)


 俺は瞬時に世界樹の木刀を巨斧の進行を食い止めるようにして、差し出す。


 筋力も大幅に上がっている今の俺ならば、何とか受け止める事は出来そうだと考えていたのだが、しかしそれは甘い考えと言わざるを得なかった。


「ごあっ……重すぎ、るっ!!」


 あまりの威力とグラビティに、俺は小石のようにポーンと後ろへ投げ飛ばされてしまったのだから。


 先日戦ったレッドドラゴン……表現するならば、その有り得ないほどの重量全てを一点に集結させたような感じ……というのが分かりやすいだろうか。


 というか、一歩間違えれば腕が使い物にならないところであった。


「──このっ!!」


 俺は両手の感覚が無くなってしまうほどに痺れる中、空中で身体を捻ることで威力を軽減させて……そのまま杉の木の幹に、重力をまるっきり無視して、大地と身体が平行になるようにフワッと着地。


 そのまま太い幹を砕きへし折りながら、レイバンさんの下へと、一直線に到来した。


「秘剣六式ー六花ッ!!」


 俺は刹那の間に、空中で『六花』を放つ。


 あの攻防で理解した事は、レイバンさんの能力は恐らくは身体能力強化ではなく、パワー……つまり腕力の上昇に特化した能力なのだろう、という事だ。


 腕力の大幅の強化でも、巨斧の弱点は変わらない。だから対応できない程の速度で、多連撃を放ったのだが……


「こおおおおおぉぉぉっ!!!」


「……はっ!?」


 だが次の瞬間……レイバンさんが呼吸法を変えたと思ったら、美しき六連撃を全てを強引に真正面から潰したのだった。


 裏斬撃と表斬撃を使い分けるこの技は、多連撃にも関わらずとても俊敏に放たれる……今の俺であれば、ほとんど同時に放つことも可能なのだが、しかしレイバンさんは先程までとは違いその全てに対応した。


(今のに対応するなら、レイバンさんの能力は腕力の大幅の強化じゃない!?……なら一体何なんだ?)


 俺は迫り来る巨斧を跳躍することで回避しながら、そんなことを考える。


「──ふっ!!」


 もう一度、俺はレイバンさんの斧目掛けて世界樹の木刀を叩きつけようとした。

 速さに関しては、恐らくはまだ俺の方が上だが……しかし腕力に関しては向こうの方が圧倒的に優勢であろう。


 具体的にどのぐらいの差があるのか、それが知りたくて俺はそのように試すように、攻撃してみた。


「ぐぅ……!!」


 やはりギィン!!という甲高い音を立てるだけで、俺の世界樹の木刀の一撃をの方が弾かれてしまった。

 巨人の王斧ガルガンチュアには、傷一つない。


(『活性』……っ!!)


 俺は、このままでは埒が明かない、本気で対応する必要性があるという事で、世界樹の木刀の特性の一つである『活性』を発動させた。


 身体機能の全てが大幅に活性化し始めて……身体能力もろもろが上昇する。


「はあああああああああぁぁっ!!!」


 空気中の酸素を大量に吸い込み……俺は袈裟懸け、逆袈裟、横薙ぎ、すくい上げ、斬り落とし、刺突など様々な方法で果敢に攻めていく。


 ズガガガガガガガガッ!!!と連続して戦闘音が辺りに鳴り響くが……


「どうしたカノン殿!確かに凄まじい速さだが、だんだんと攻撃が単調になって言っているぞ!?」


 そのことごとくをレイバンさんは巨人の王斧ガルガンチュアの石突き、柄、斧刃、斧頭などを使う事で流し、真正面から切り潰していく。


 今の俺は『活性』で速さも大幅に上がっており、本気でレイバンさんを相手している。


 体感速度的には、音速の倍ぐらいの速度で動いているのだがレイバンさんは信じられない程の速さで、その全てに対応した。


(……くそ!)


 俺は内心で舌打ちをしながらこのままではダメだ、と考える。


「──これならっ、どうですか!?」


 世界樹の木刀を振るうと見せかけて……その手を瞬時に止める。その反動で空いている左手を動かし、レイバンさんの腹目掛けて殴りつけようとした。


「甘い!!」


 しかし、彼はそれを巨斧の斧腹で受け止める。


「ぐぅ……!!」


 ガァンッ!!と、痛みに俺は思わず顔を顰めさせてしまう。

 一瞬、硬直状態となってしまい……それを見つけたレイバンさんが「ぬぅん!!」という野太い掛け声を発しながら、巨斧を叩きつけようとしてきた。


「させない!!」


 だが、俺は瞬時に体勢を立て直して、有利な速さを用いて彼よりも先に、世界樹の木刀を袈裟掛けに振るった。


 だが、それを大きくしゃがむ事で回避するレイバンさん。


 俺の世界樹の木刀は虚しく空気を切り裂くに留まり……ガラ空きの胴目掛けて、レイバンさんは不敵な笑みを浮かべながら、その動きのまま巨斧で四肢を砕こうとしてきた。


 ……だがその時点で、俺の仕掛けた罠に彼は嵌っている。


(レイバンさんは恐らくは、勝利を確信して油断したな。もちろん無意識的に。……だけど、その一瞬の油断が命取りになる!!)


 俺の放った袈裟斬りがもう少しで大地まで到達しそう……という、その瞬間……


「秘剣三式ー虚返……」


 予め右腕の筋肉に仕込んでおいた捻れが発動する。

 捻れた状態から元に戻る際に発生した衝撃を使って、強引に世界樹の木刀の進行方向を変えたのだ。


 そのままレイバンさんの巨斧目掛けて、二度目の攻撃が放たれる。

 そうして『虚返』と、巨人の王斧ガルガンチュアが衝突した瞬間……


「なっ!?」


「ぬっ!?」


 俺達両名から驚愕の声が漏れた。


 レイバンさんは避けたと思った攻撃が、またもや襲いかかっできたことへの、そして俺は…………巨人の王斧ガルガンチュアがまるで重さを感じないほどに、軽かった事に対してだ。


(は?なんだ今のは、重量的には1キロもなかったぞ。見た感じは、あの巨斧だったら数十キロはありそうな……いや、現にさっきはそれぐらいの重さで撃ち合っていたし……)


 俺は一歩踏み出して、その瞬間ハッと頭が冴えた。


「……まさか……っ!!」


 俺は脳裏で、レイバンさんの霊装能力についてひとつ思いついた。

 それに急激に身体能力が上がった理由についても。


 ドゴォンッ!!……と。


 考えを整理するために、俺は攻撃のために振るおうとしていた世界樹の木刀を強引に引き止めて、レイバンさんの巨斧の斧腹を、まるで足場のようにして蹴って距離をとる。


 息を少し荒らげながら……互いに視線を鋭くして睨み合う、そうして数十秒もしていると……ようやく、俺の口が開いた。

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