第52話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 12 】

「はは……あはははははは!!!まさかこの僕を前にして、そんな子供っぽい理由のために、こんな取り引きを仕掛けて来るなんてね。……あー、よく笑った。面白すぎるよ、君」


 先程までのイーグリア侯爵の様子とは全く異なっており、彼は愉快げに高らかに笑った。


 俺は唐突な展開に頭がついていかず、ぽかんと言ったふうに呆然となった。

 見てみるとメアリスさんも、似たような反応をしている。


 唯一の例外が俺の隣に座っているレイラで、彼女は特に驚いた様子などはない。


 ここらへんは親子である故、よく理解しているのだろう。


「あ、あの一体……?」


 俺は思わずと言った様子でそう問いかけてみると、イーグリア侯爵「あぁ……ごめんごめん」と、わずかな涙を手で拭いながら、話した。


「いやね、僕って侯爵だからさ、僕に取り引きをしてくる奴はだいたい媚びへつらってくるんだけど、君には全くその様子が無かったから面白くてさ」


 まぁ、侯爵家の力を使えばこの世のかなりの事は実現可能であろう。

 そんな権力に目がくらんで、イーグリア侯爵に取り入ろうとする人が多いのは理解出来た。


 ……たたまぁ、俺は権力がどうとか、有り余る富とか言うのにはあまり興味が無い。


 だから俺はレイラの事だけを考えて取り引きに望んでいたのだが……どうやら、イーグリア侯爵にとってはそれがツボにハマったようだ。


「……そ、そうですか。いきなり笑い始めるので、驚きましたよ」


 俺は「ふぅ……」と、大きく息を吐きながら、苦笑しながらそう話す。


「いや、君は馬鹿だねー。大馬鹿者だ。うつけ者だ。…………けど、嫌いじゃないよ」


 イーグリア侯爵の最後に発せられた言葉を耳にして、俺は思わず机に両手をつけて、バッと身体を乗り出してしまう。


 そんな俺を見たメアリスさんが、またもや無礼だということを注意しようとする……が、先程同様イーグリア侯爵に、今度は手で静止の合図を出されてしまっていた。


 そのまま彼は喋る。


「……良いよ。僕……ジェルマン・イーグリアの名に誓って、炎帝学院入学においてのカノン君の身元保証人になる事を約束しよう」


「御館様!?」


 イーグリア侯爵のその言葉に、背後に控えていたメアリスさんが今日が驚愕の様子と共に、そんなことを叫んだが……


 しかし俺は「はー」と、取り引きをうまく進めることができたことに、大きな安堵感を覚え、全身の力を抜くと同時にソファに座り込んだ。


 これでもし失敗していたら、俺には差し出す手札も無いので、本当の意味で詰みとなっていただろう。


 どんなに力があっても、そもそも学院入学には身元保証人が必要であるのだから。


 まぁ……王国のシャール村に戻って、婆さんに身元保証人になってもらうという手もあるのだが、そもそも王国まで戻っている時間もないし、最もの理由としてこれ以上婆さんには迷惑をかけたくはなかった。


 本当に、イーグリア侯爵が話の通じる損得勘定が上手い人で良かったと思う。


 だが、ここで思わぬ展開となる。


「でもさ、本当に君が役にたつのかどうかを、証明してもらう必要があるよね?」


「……証明ですか?」


「うん、君は確かに強いんだろうけど、そらは話に聞いているだけだからさ。……まぁ、僕は実際にこの目で見てみるまでは、あまり物事を信じないタイプなんだよ」


「つまりは」


「うん、証明して欲しいな。それで僕が納得したら、取り引きは完了だ。……良いかい?」


 イーグリア侯爵は腰を上げて、その場から立ち上がりながら、そんな事を俺に問いかけてくる。


 まぁ、イーグリア侯爵の話からして内容は簡単に予想をすることが出来る。

 俺の得意分野だ。


 イーグリア侯爵は最後に確認の意思を入れてきたが、実際のところ俺がそれを断るとは思ってはいないのだろう。


 現に、彼は既に移動の準備を開始しているのだから。


 故に、俺は不敵な笑みを浮かべながら、どんと来いと言わんばかりの様子で即答した。


「ええ、望むところです。イーグリア侯爵に認められるためなら、どんな事だってしましょう」


 イーグリア侯爵は微笑を浮かべて「そうかい」と話すと、そのまま扉に向かって歩いていく。

 その後ろに付き従うメアリスさん。


 言葉にはされなかったが、会話の流れや彼の雰囲気を読み取ることで理解する……おそらくはついてこいという意思の表れなのだろう。


 俺もそれに従って立ち上がり……そして、そのまま横目でレイラの事を見ると、彼女は申し訳なさそうに、少々あまり宜しくない雰囲気になっていることが分かった。


(……そんなに、責任感じなくて良いのに)


 しかし、こうして真摯的なところはとてもレイラらしい。


「さっきも言った通り、これは俺のわがままなんだから、レイラが責任を感じる必要なんかないんだよ」


 俺のその言葉に対して、レイラは俯きながら話す。


「……でも、私のせいでカノンも……」


 きっと彼女の心の中では、俺を巻き込んでしまったという感情……つまり、後悔などが渦巻いているのだろう。


 ただ、それは全くの見当違いだ。

 確かにきっかけはレイラだったかもしれないが、最終的に決めたのは俺自身であるのだから。


「……俺は、まだレイラと一緒にいたいと思っている。……レイラはどうだい?」


 俺は少々恥ずかしくなったが、今のありのままの心中を告げた。


 レイラは顔を上げて、ゆっくりと答える。


「……ん、私もカノンと一緒にいたい。……離れたくないよ」


 どこか儚げに、繊細に答える彼女に俺は思わず見惚れてしまうが、レイラの本音を聞いた俺は微笑を浮かべてそのまま話した。


「ほら、考えようによっては炎帝学院での四年と、その後のもう四年……合計八年は一緒にいられるだろう?こう言ってはなんだけど、俺はその事に少し嬉しさも感じてるんだ。……だから、本当に気にしないでくれ」

 

 確かに、目標まで到達するのはかなり遅くなるだろうが……しかし、今言った通り、少なくともその期間はレイラと共に居れるということに、俺は少なからず嬉しさも感じていた。


 既にイーグリア侯爵達は執務室から退出しており、この場には俺達二人しか存在していない。


 俺のその言葉を聞いたレイラは、少し気を取り直したのか……


「ん……確かに、それはそうだね」


 最後にそう言ったのだった。


「うん、だから何度も言うけど、気にしなくて良いんだ」


 最後に俺がそう締めくくると、完全に調子を取り戻したのか、彼女は「……ん」と言っていつもの調子に戻ったのだった。


「……っ!」


 ……が、いつもの調子と言っても、雰囲気や美しさに関してはいつも以上に研ぎ澄まされていた。


 ウルウルと湿っている、その丸みを帯びた瞳でこちらを上目遣いしてくるのだから、その破壊力は半端じゃない。

 妖艶的なその様子だが、どこか幼さも含まれており、庇護欲からか大切にしたいと思わされる。


 さらには二間の距離はかなり近いということもあって、彼女の全身からは女性らしい甘い匂いが漂ってきて、俺の鼻腔をくすぐる。


 正直なところ、思わずそのまま襲いかかってしまいそうになるぐらいには魅力的だった。


「と、とりあえず俺達も早く行こうか!!こんなところで時間を食い潰す訳にも行かないきゃらな!!」


 真っ赤に顔を顔を赤らめつつ、俺はそそくさと執務室から退出する。


 ……まぁ、あまりに焦りすぎて噛んでしまったが。


 俺が挙動不審となった理由であるレイラは、自覚が無いのだろう……「ん、どうしたの?」と小声で呟いてきたが……俺はそれを無視して歩いた。


(はぁ……全く、本当に心臓に悪いよな。色っぽいというかなんというか……自覚がないのが、よりタチが悪いよ)


 自制するのが難しい……と、そのような事を俺は思わずにはいられなかった。

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