第51話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 11 】

「というか、そもそもレイラは何となく気づいていたんだろう?」


「…………え?」


 どうにかならないか、と俺が頭の中で試行錯誤しているとイーグリア侯爵は唐突にレイラを見ながら、そのように話した。


 先程までは悔しさや不甲斐なさから、俯きながら拳を握ることしかできていなかった俺だが……その言葉に疑問を持ったので、ついそのように反応してしまう。


(気づいていた……ってどういう事だ?)


 俺がバッと隣のレイラに顔を向けると……彼女はそんな俺に少し目を見開きながらも、まるで観念したと言わんばかりの様子でポツポツと喋り始めた。


「ん……お父さんの言う通り。……確かにまだ帝都にいた時は分からなかったけど、馬車で移動してる中、よく考えてみればすぐに分かった」


 レイラは予定にない突発的な自体にとても弱い。


 イーグリア侯爵から手紙が送られてきて、帰省を促されたという事に最初は混乱していたらしい。

 ……が、しかしよくよくこの時期のこのタイミングで帰省する意味を考えてみれば、学院の事は直ぐに思いついたのだとか。


「なら、どうして俺に言ってくれなかったのんだ!?」


「……言い出すタイミングが無かったし……それにきっと、私がそれを言えばカノンは悲しくなると思った。だったらお父さんから話をしてもらった方が良いかなって」


「……レイラ」


 俺は彼女のその言葉を聞いて少し悲しい気持ちとなる。


 確かにレイラの言った通り、彼女の口からそんなことを聞いたのなら少し……いやかなり、複雑な気持ちとなったのは間違いない。……が、初めから選択肢などないように振舞っている、つまりは諦めているのは俺にとっては思うところがあった。


 ──が、それと同時に彼女の苦悩を思い浮かべてしまう。


 その全ての行動は俺のためを思ってのものであるという事を忘れてはならない。


「別に僕は冒険者を辞めろと言っているわけでは無いんだよ。冒険者を続けるのは学院の規則には別に反していないし、空いた時間で活動することだって出来るんだから」


 イーグリア侯爵はそう言うが、それはつまり学生と冒険者を両立しろという事である。


 確かに出来ないことは……というか、普通にやっている生徒はいるのだろうが、しかしそれでも冒険者活動に完全に専念するということは難しい。


 最強の冒険者になりたいという、俺の幼い頃からの夢で目標。


 そしてレイラが炎帝学院の学生となれば、学院生活が中心となって冒険者としての活動は副業と言った感じとなるだろう。


 学院の無い日や空いた時間にしか活動することが出来ない。

 そうすれば、俺の目標までの道のりはとても遠回りの険しい道のりとなるのは明白だ。


 ……まぁ、レイラとパーティを解散して一人で活動を続けるという選択肢もあるのだが……しかしそれは、俺としてはとても嫌だ。


 いや、この場合の嫌だというのはレイラと離れるのが嫌だ、という意味である。


 学院に通わず、冒険者一筋でやっていくのが最良の選択肢なのだろうが、しかしそれはもはや不可能である。


 であれば、俺ももう我を貫くほど子供では無いため、どこかで妥協する必要性があるのだ。


 考えを改める。

 どうすればレイラと離れ離れにならずに済むかという事を。

 レイラと一緒に居たい……無意識にそんなことを考えているが、今の俺にそんな事に気づく余裕は全くなかった。


「今日僕がカノン君を呼んだのは、この事を君にも伝えるためだよ。ほら冒険者風に言うのなら……パーティメンバーの事情は共有しておいた方が良いだろう?」


 イーグリア侯爵は追い討ちと言わんばかりにそう告げてくる。

 どうやらイーグリア侯爵は粘る俺を見て、諦めさせたい……無駄な行為だと言うことを自覚させたいようだった。


 ……が、やはり彼としても本意ではないのだろう。


 その表情は未だに笑みを浮かべているが、その裏にはかなりの苦悩と複雑な気持ちを抱いているという事が分かった。


(……レイラ)


 最後にもう一度、俺はレイラを横目で眺めた。


「…………、」


 未だに黙ったままの彼女だが、その表情はやはりどこか乗り気ではない。


 改めて確認した。

 確かに彼女は決定事項ということであえて口には出さないが、俺と離れたくないという気持ちがその心にはあるという事に。


 ──ならば、やることは一つだ。


「……嫌だ」


「え?」


「……レイラと離れるのは嫌だ、俺はそう言ったんです!」


 俺が半ばやけにそう叫ぶと、イーグリア侯爵とその背後に控えていたメアリスさんは驚愕の表情をうかべる。


 ……まぁ、それも当たり前だろう。

 イーグリア侯爵がここまで説明をしたのにも関わらず、しかし俺はそれでも納得しなかったのだから。


 しかし彼らはカノン=シュトラバインという人物の一番の特徴を理解していない。


 ──そう、諦めが悪く、とてもしぶといという事に。


 どんなに無様でも醜くても、自分で決定したことは最後までやり通す、貫き通す覚悟があった。


「貴方ねぇ!ただの平民のくせに大貴族である御館様の言うことがっ「いいよ、メアリス」……御館様?」


 俺のその発言に対して、怒りを感じたメアリスさんが怒気を含ませながら言葉を発したが……しかし、それはイーグリア侯爵によって遮られてしまった。


「……それはつまり僕……いやまぁかなり大袈裟になるけど、このリングランド帝国の意思に従えないという事かい?」


 鋭い視線を俺に向けながら、彼はそう問いかけてくる。


 完全に部外者を見るようなその視線に、俺は寒気と恐怖を覚えてしまい、思わず萎縮しそうになったが、息を飲み込み何とか耐えた。


「……いえ、そんなつもりは全くありません。そもそも俺程度の個人がどう足掻いても、影響を与えることは出来ませんし」


「なら、君のその発言はどう言うことだい?」


「これは俺の我儘です。俺がレイラと一緒に居たいという。俺は権力も何も持たいない我儘なクソガキですが……なら、ルールに違反しないで、目的を達成すれば良い」


 俺はバクンバクンという激しい動悸を感じる中、「すぅ……」と深く息を吸い込んで話した。




「──俺を、炎帝学院に入学させてください」




 俺のその一言を聞いて最も驚いたのは、イーグリア侯爵でもメアリスさんでもなく、俺の隣にいたレイラであった。


 彼女もその選択肢自体は思いついてはいたのだろうが……しかし、彼女はおそらくは自身の都合に俺を巻き込みたくないと考えていたのだろう、だから言わなかった。


 また、炎帝学院の生徒となれば先程も言った通り、副業としての冒険者の活動となるだろう。

 ……自由気ままな冒険者として活躍したいという風に、俺が考えているという事をレイラは理解している。


 だから、自分から進んでその夢を諦める……とまではいかないが、かなり方向性を変えるその選択に、彼女は驚いていたのだった。


 先程諦めが悪い、覚悟があるなどと言ったが、しかし現実は見なければならない。


 ならば一人で、冒険者を本業としてこれからも夢を追い続けていくか、それとも冒険者活動は副業となるが炎帝学院の生徒となり、レイラと一緒に居るか……どちらかを選択する必要がある。


(……けど、そんなのは考えるまでもない)


 俺は即決する。

 レイラと離れ離れにならない為に、炎帝学院の生徒になるという事を。


 いつの間にか、長年の夢を後回しにする程にレイラが大切な存在となっていた、ということを理解して苦笑の笑みを浮かべながら。


「……本気かい?」


「はい」


「目が語っている。君の夢の達成には遠回りになるだろうに。……それでも、炎帝学院に入学したいと?」


「ええ、その通りです。今は、夢よりもレイラを優先する事にします。…………馬鹿だと思ってもらって構いません。けど……レイラは初めてできた俺の『仲間』だ」


 俺は確固たる意志を持って、そう言いきった。


 確かに少し複雑なところはあるが、しかし別に夢をあきらめる訳では無いのだ。

 最強になる……俺のそんな子供っぽい夢だが、それはまぁ学生の身でも、少し遠回りにはなるだろうが叶えること自体は可能であるのだから。


 隣から「……カノン」という少し震えた声色の、レイラのつぶやきが聞こえる。


「……君の家族は?」


「幼い頃に全員死んでいます。血族は一人もいませんし、身元保証人になってくれる者も」


「……」


 イーグリア侯爵は、難しそうに何かを考えてるようにして、手を顎にあてながら話す。


「なるほどね、君の意思は良く伝わったけど…………それで?」


「イーグリア侯爵には、俺の身元保証人になって欲しいのです」


「うん、まぁそう来るよね。……でも足りないよ。僕が君の身元保証人になるメリットが無い。取り引きをしたいのであれば、それに見合うものを君は差し出すべきだね」


「話にならないよ」とイーグリア侯爵は俺に向かって言葉を投げかける。


 まぁ、イーグリア侯爵の言うことは最もだろう。

 俺は今彼に取引を持ちかけているのだから、それに見合う物を彼に差し出さなければならない。


 しかしイーグリア侯爵は侯爵という上級貴族であり、富も名声も既に所持している。

 半端なものでは却下される……というか、取引にすらならないのは明白だ。


 普通ならばここで俺が詰みとなるのだが……しかし、俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、自信に満ちた声で告げた。


「なら俺から差し出すものはひとつです」


「……何だって?こう言ってはなんだが君は平民で僕は貴族。カノン君が提示できる手札なんてないと思うんだけどな」


 イーグリア侯爵は訝しみながらそう話すが……しかし、彼は見落としをしている。


 ──先程、彼自身が言ったではないか。


「確か……魔物に対抗するために、この世界では冒険者や騎士が重宝されるんでしたよね?そして、イーグリア侯爵もその考えは正しいと思っている、と」


 俺のその言葉を耳にした瞬間、イーグリア侯爵はハッとした表情になる。


「……なるほどね。よく考えるよ」


 正直、これはかなりの博打に等しい賭けであったが……しかし確実に反応があった。


 現に彼は「ぅん……」と深刻な様子で悩み込んで、メリットとデメリットを天秤にかけているのだから。


「もう一度聞くけど……本気かい?この提案を僕が受けいれてしまえば、君の夢への道のりはますます遠のいてしまう事になるけど」


「生憎と先程も言ったように、俺は仲間を優先するので」


「さっきから聞いてみればそればかり……実際のところ、それはそこまで価値のあるものなのかい?学院生活といっても所詮は四年だよ。少し我慢をして、そしてその後またレイラと活動すれば良い話じゃないか」


 イーグリア侯爵には理解できなかったのか、そんな疑問をぶつけてくる。


 恐らく彼は理論的に冷静に物事を考える優秀な貴族であるのだろう。そして、それが正しい選択だと言うことも理解出来る。


 がしかし、俺はそれでも否定の意志を伝えた。


「……それでも、今じゃければ意味は無いんです。こういうのは俺にとってはは感情論、精神論でしてね。俺がそう思っているから、行動する……ただそれだけです」


 理論的思考を組み立てるのは確かに最前の手を導き出すのかもしれないが、しかしそれでは真に自分自身がどうしたいのかを理解することは出来ないのだ。


 ……後悔は、したくない。


「ふーん……やはり君は僕の思った通りの人物の様だね」


「……え?今なんと?」


 イーグリア侯爵が小声で何かを呟いたのだが、俺はそれを上手く聞き取ることが出来なかったので、思わずそう問いかけてしまった。


「いや、何でもないよ」


 しかし、上手くはぐらかされてしまったので、俺は特に気にせず話を続けることとする。


「……それで、期限はどのぐらいだい?」


「学院生活と同じ期間……四年はどうでしょうか?さすがにそれ以上は厳しいのですが」


「四年か……」


 イーグリア侯爵が大いに悩む。


 身元保証人になるという事は、学院生活において俺が何か問題を起こした場合には、イーグリア侯爵までとばっちりを食らうという訳である。


 俺にはそんな気はさらさらないが、しかし俺はこれまでの経験上騒動に巻き込まれやすいのである……イーグリア侯爵は俺の提示するメリットと、そのようなデメリットについてを先程から考えているという事だ。


「ええ、学院を卒業した後、。部下や懐刀にでも何にでもすれば良いです。先程も言ったように俺は、腕は立ちますからね。……そこそこのメリットはあるのでは無いのですか?」


 そう、イーグリア侯爵の言った通り力が求められるのであれば、俺を上手く使えば地位向上……には興味は無さそうだが、しかし様々な面でメリットがあるだろう。


 言わば未来の俺を差し出す、という事である。


 これが俺の出せる切り札で、対等に戦えるであろうカードだった。


 もちろん、そうしてしまえばイーグリア侯爵が言ったように、俺の目標までの道のりはさらに遠く険しいものとなるだろうが……しかし、俺は躊躇しない。


 未来のことでは無い……今を生きているのは俺であるのだから、今を後悔しないように生きる。


「カノン、それは──」


「止めてくれレイラ、これは俺の選択なんだから。君と一緒に居たいという俺の願いをどうか叶えさせて欲しい」


 そんな俺を見かねたレイラは、勢いよくソファから立ち上がり、声を荒らげながら何かを話そうとしたのだが……しかし、俺は彼女に最後まで喋らせることはなかった。


「……っぅ」と唸る美声が隣から聞こえる。

 俺の言葉を聞いたレイラはそれ以上何かを言うことはなく、そのまま黙ってソファに座り直した。


(この手札はイーグリア侯爵にとっても、かなり無視できないはず。……まぁ、俺もまさかこんなことになるとは思ってもいなかったけどさ)


 俺は鋭い目付きで、イーグリア侯爵を見据える。


(俺が強さに憧れたのは何かを『守る』ためというのもある……これも所謂、孤独から自分を守る……と言えるのだろうか?)


 そんなことを内心で考えていた俺だったが、唐突の展開に俺達は互いに無言となり……この場を静寂が支配する。


 先程からずっと、イーグリア侯爵は悩んだままだ。


 唯一異なるのが、俺をじっと見つめてきている事。

 まるで、何かを慎重に値踏みするかのようであった。


 メアリスさんやレイラも何かを言うことはなく……そして、しばらくしてようやくイーグリア侯爵が口を開いた。

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