第50話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 10 】
「炎帝……学院?」
イーグリア侯爵が告げた言葉の中に、そんな聞き慣れない単語があったので、俺は疑問を抱きながらどこか訝しむ様にして、そう呟いた。
まぁ、帝国に来てからまだ間もないという事で、知識が無いのは仕方ないといえば仕方ないのだが。
「ん?カノン君は炎帝学院を知らないのかい?」
「あ、はい」
「あぁ……そういえば、君は元々は王国の人間だったっていう報告があった様な。仕方ないといえば仕方ない、か。……じゃあまずは、そこら辺の説明から始めようかな」
無意識に出る癖なのだろう。
イーグリア侯爵は笑みを浮かべたまま、その美しい指でトントンと机を規則的に続きながら、そんなことを話した。
炎帝学院……名前からして、恐らくは王国で俺が通っていた冒険者育成学校みたいな教育機関だろう。
ただ何となく、冒険者育成学校よりもスケール……規模は大きそうな気がするが。
「じゃあまずは……カノン君、君はこの世界の三大勢力を知っているかな?」
「三大勢力ですか?」
イーグリア侯爵のいきなりのその問いかけに、俺は頭を回転させて深く考えてみたが……分からない。
三大勢力ということは、他よりもその三つが突出しているという事なのだろうが……。
「……いえ、すみませんが……」
俺のその言葉を聞いたイーグリア侯爵は、まるで予定調和であるかのような反応で話す。
「この世界には魔物が蔓延っている、というのはもちろん知っているよね?」
「え?あ、はい」
「ただ、未だにどうやって、なぜ魔物が生まれるのかは解明されていないんだ。……そして、人類もただ黙って魔物に襲われる訳には行かないから抵抗する。そんな時に重宝されるのが、冒険者や騎士達だ」
「……えーと、結局は何を」
「つまりは力……それも魔物に対抗する武力の観点からもう一度考えて見てほしいという事さ」
イーグリア侯爵はスラスラとそんな事を告げてきた。
まぁ、確かにそうだ。
危険度が高くなるにつれて知性を持つようになり、危険度Sオーバーになってくるともはや人とは比べ物にならない程に高い知性を持っているような魔物もいる……が、それはごくひと握りにすぎない。
かなりの魔物は、そこまでたいした知性は持っておらず、本能的に人を襲うものであるのだから。
そしてそんな時に必要とされるのが、俺たちみたいな冒険者や騎士たちだと、イーグリア侯爵は言う。
この世界は弱肉強食……強き者が皆から求められる。
(三大勢力……大きな力を持つ人……)
と、俺がそんなことを考えながら悩んでいると、ようやく頭が回転し始めたのか、不意に思いついた。
「もしかして、ランクS冒険者ですか……?」
冒険者というのは、この世界を通せば何十万人と存在しているものだ。しかしそれほど大量にいてもなお、需要が無くならない。
そして、そんな中でも……カレラさんの話だと、五人しかいないランクS冒険者であるのならば、イーグリア侯爵の言う三大勢力に数えられていてもおかしくは無い……と、俺は思ったのだ。
そして、それは正解であった。
「うん、正解。冒険者ギルドのランクS冒険者……つまり
イーグリア侯爵のその言葉に、俺は「やっぱり」と内心考える。
ランクS冒険者……つまりは、先日の『
天災と称される危険度Sオーバーの魔物達と、互角に張り合うことの出来る猛者……いや、化け物達。
(ランクS、か……)
まだ登録してからは間もないし、ランクS冒険者に会った事すらない俺だが、その強さを想像してみると、どうしてもいつか戦ってみたいと思わざるを得なかった。
……まぁ、今の俺では逆立ちしても勝てないだろうが。
「……でも、となると」
俺は今度は眉をひそめながら、一人げにそのように呟いてしまう。
三大勢力である以上、その三つの勢力にはほとんど実力に大差はないのだろう。
冒険者達の頂点であるランクS冒険者達……そんなのに匹敵する勢力が、他にも二つあもあるだなんて、俺は思いつく事が……否、そもそも考える事すらできなかった。
……というかそもそも、彼らと同等の戦力がいくつもあってはたまったものではない。
「うーん……すみませんが他には思いつきません」
俺はお手上げといった様子で、イーグリア侯爵にそのように伝える。
すると、彼は諭すような相変わらず優しい口調で俺に告げてきた。
「なら、僕の方から答え合わせをするとしようかな」
イーグリア侯爵は、彼にとっては予想通りであったのか、そんな俺を見ても特に反応することなく話す。
「ランクS冒険者達と互角に張り合う残りの二大勢力……それが『五帝』と『
俺はその言葉にピクっと僅かな反応を示す。
「これは一部のものしか知らないけど、君はたしか先日の『
「はい」
「言葉にするとここまで簡単だけど……実際ああいうのと戦って生き残っただけでも凄いことなんだよ?ましてはほとんど互角に戦ったときた。……その歳でその強さ、間違いなく
先日の『
「あの、その白夜叉ってのは何ですか?」
混乱する俺を見たイーグリア侯爵は、驚いたように両目を少し見開きながら告げた。
「……まさか知らないのかい?『白夜叉』……どうやら、戦闘によって大きく舞っている、君の白髪から連想された異名らしいんだけど……」
「え!?異名ですか!?」
俺は恐らくは今日一番であろう、驚愕の様子を示した。
異名というのは、普通の冒険者には不可能な程度の偉業や功績を残した冒険者が持つものだ。
なので、まだ若輩者の俺はそんなものを持てるはずがないと思っていたのだが……どうやら、現実は違うらしい。
まぁ、恐らくは……というか確実に引き金となったのは『
勝利することは叶わなかったが、しかし善戦することは出来た。
それを見ていた冒険者や騎士達が他の人達に……といったふうに広まって言ったに違いない、と俺は予想した。
(……でもそうだよな、イーグリア侯爵の言った三大勢力である
俺は三年前とは、比べ物にならないぐらいに強くなった。
恐らくは今の俺は冒険者全体で見ても、その実力はトップクラスに位置するだろう。
まぁ、こう言うのは傲慢と取られるかもしれないが……しかし、俺は謙虚でありたいとは思っているが、決して自分の実力を誇張したり、引く気見積もることは無い。
「白夜叉ですか。……でも少し適当すぎませんか?」
「ははは、確かにね。白要素は髪の毛ぐらいしかないんだから。黒いコートを着てるんだし、どうせなら黒夜叉の方が良かったよね」
「それにしてもこうして異名を貰ってしまうと、余計に色んな人に目の敵にされてしまう気も……」
俺は苦笑しながら、イーグリア侯爵は愉快げに笑みを浮かべながら、互いにそのようなことを話す。
そのまま話をしていると……俺は不意にとあることを考えたので、先程からずっとぼうっとしているレイラに向かって話しかけた。
「……そういえば、レイラは俺の異名のことを知っていたのか?」
『空撃の魔女』という、同じ異名を持つレイラにそのような事を聞いてみた。
……ちなみに完全に余談だが彼女の異名は『空隙』じゃなくて『空撃』らしい。
「ん?私は知ってたよ。……カノンと違って知り合いいっぱいいるし。まぁカノンは知ってると思って、わざわざ話題にすることはしなかったけど」
さりげなく、少し悪口を言われたような気がするが、とりあえずそれは置いておいて……どうやら、レイラは白夜叉という俺の異名について認知していたらしい。
(今後の冒険者活動に関わる、結構大事な情報でしょそれは!!)
まぁレイラの事だ、他人の会話で知ったとでも思っていたのだろう。
……とまぁ、このように内心で色々なことを考えているが、俺が言いたかったのは、とりあえず教えて欲しかったということである。
「……まぁ、レイラらしいといえばレイラらしいけどさ」
俺は、とりあえずレイラに関して困った事があった時などに使う、そんな魔法の言葉を呟いておいた。
「……えとじゃあ、五帝というのは何なのでしょうか?」
異名の話に脱線していたが、元々は三大勢力についての話である。
とりあえずランクS冒険者、
「五帝……それはね、『
「帝……ですか?」
「うん、そうだよ。霊装神器には精霊の力が宿っているとされているけど、その中でも『帝』は最上級の力を司ると言われているんだ」
(う……うん?)
まぁ、イーグリア侯爵の説明はよく理解できなかったが……言わば『帝』の名を冠している霊装神器は王様で、それ以外は家臣といった表現が正しいのだろう。
単純に出力に差があるという事か。
「……で、『帝』を冠する霊装神器はこの世界五つある。炎帝・氷帝・風帝・雷帝・霊帝の五振りだね。そしてどうやらそれらには、元となる基本属性に加えて、魔に大して絶大な威力を発揮する『神聖属性』を有しているらしいよ」
「神聖属性……」
確か……テオドールもそんな事を言っていたような。
「……とまぁ、別にそこら辺は良いか。そしてここで出てくるのが、炎帝学院。今言った五帝のうちの炎帝が学院長を務める学校の事さ」
そしてイーグリア侯爵の話だと、なにも炎帝学院に限った話ではなくて、他にも氷帝学院、風帝学院、雷帝学院、霊帝学院という五帝学院がそれぞれ存在しているらしい。
帝都リンドヴルムに存在するのは炎帝学院であった、という事だ。
ちなみに、王国の場合は雷帝学院だとか。
「今までのイーグリア侯爵の話だと、レイラはその炎帝学院に入学するって事ですか……?」
俺は少し……いや、かなり焦りながら問いかける。
(……それはつまり、レイラが……居なくなるって事か!?)
もはや先程までの様子とは異なっていた。
確かに現在も動悸が激しいし、背中にはべっとりと大粒の汗をかいているが、それは緊張ではなくレイラが居なくなるかもしれない……という焦りから来たものであった。
「うん、そう言うことになるね」
しかし現実はかなり無情であったようで……イーグリア侯爵はそんな俺の内心を恐らく分かっていながらも、淡々と答えた。
「そもそも何で、レイラが学院に通わなければならないんですか!?」
チラリと横目でレイラを見てみると、彼女のその様子はあまり嬉しそうなものでは無いという事が見て取れる。
いくら親とは言っても押しつけは良くないだろう、というふうに俺は考えたので、彼女の気持ちを代弁するかのようにして、そう興奮しながら叫んだ。
「別に僕だって強制したい訳じゃないさ……でも帝国としては違うんだよ。爵位を持つ貴族ならば、適正年齢になった自身の子を学院に通わせなければならないという決まりがある。……僕達にも
「…………、」
イーグリア侯爵のその言葉にに、俺はただただ黙り込むしかない。
これがイーグリア家の中の話であるならば、まだ活路はあったかもしれないが……リングランド帝国という一国となれば話は別だ。
『
確かにイーグリア侯爵の話では、俺の名前は少しずつ認知されていっている様だが……そもそも前提として俺は貴族でも何でもない、ただの平民である。
俺が百人いたところで、リングランド帝国という大国相手にはどうすることも出来ないのだから。
「っぅ……!!」
俺は自分の無力さに憤りながら、悔しさから歯を食いしばりながら耐えることしか出来なかった。
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