第32話 【大暴走と黄道十二星座 12 】
(落ち着け……焦るな。焦るな。数時間前に学んだばかりだろう……焦りは人をダメにすると)
俺は男のその言葉を聞いた瞬間、帝都を混乱に陥れた彼への怒りの感情が心中渦巻き、思わず潰すような勢いで世界樹の木刀を握りしめる力を強める。
思わず怒りや焦りの気持ちで飛びかかりそうになる……が、俺は数時間前にレイラとのやり取りで学んだことを思い出し、それをこらえ何とか踏みとどまった。
焦りの気持ちにろくなことは無いのだ。
俺のその様子を見ていた彼はまたもや「なるほどな……」と、言いつつ興味深そうに俺の事を見つめていた。
見下されている……観察されているようでとても気に入らない。
そして、俺は雑念を打ち消すようにして話に戻る。
「やはりそうですか。今回の『
俺はギルドマスターの言葉を思い出しながらそう話す。
俺はそれを告げたことで、彼がどのような反応をするのかを見てみたかったのだが、相変わらず品定めをするような視線でこちらを見てきた。
「ふむ。……なかなか優秀だな。先程のあの速さ、精神面も悪くは無い。……どうだ、ぜひ私達の仲間にならないか?」
「……?」
「お前程の人材をこのまま、この場で殺してしまうのはとても惜しい、と私は考えた。そこで私が提案するのは私達の仲間になることだ。……そうすれば、富も名声も……美しい女だってはべらせることが出来る。……手柄をあげれば、どんな願いも思いのままだぞ?」
「……お断りします。それは過大評価しすぎですし、俺は帝都を壊滅させようとしているテロリストの仲間になんてなりたくは無いので」
俺のその考えなど直ぐに裏切られ、なんと彼は俺に自分の仲間になるように、と提案をしてきたのだった。
思わぬ質問に少しの間、頭がフリーズしていたが俺はすぐに我に返るとその提案を蹴る。
当たり前だ。誰が好きでテロリストなどになるものだろうか。
「……そうか」
するとーー俺のその返答を聞いた彼は見てわかるほどに残念そうな様子で、そう呟いた。
しかし、すぐに気直したように腕をゆっくりと動かし、霊装神器の刃先をこちらへと向けてくる。
「……なら、殺すまでだぞ?」
今まで味わったことの無い規模の殺気が彼の全身から放たれる。
今の俺は活性状態ということで、ある程度の耐性は備わっているはずなのだが、それでもなお俺を恐怖させる。
これが、もし生身の状態であったならばもっと酷いこととなっていただろう。
それほどであった。
「俺を殺す?……さっきからあなたは自信過剰……上から命令するようにそう言ってくるが、この人数が見えないのですか?戦闘になればここにいる全員で貴方に挑みかかる。……いくら貴方が強いからと言って、この数相手に勝てると思ってるんじゃないでしょうね」
そう、この場には百を超える冒険者や騎士達が存在しているのだ。
先程まではどこか楽観的な彼らだったが、俺達の話を聞いて、その男が帝都を脅かした大罪人であるという事が分かると、すぐさま霊装神器を発現させ、いつでも行けるように戦闘準備を完了していた。
俺のその言葉に一理あると感じたのだろうか?
彼は冒険者達を忌々しそうにして、見つめた。
「確かに。この人数で一斉に襲いかかられたら、勝てることには勝てるが……なかなか面倒そうだな。……なるほど、要するにお前は数ではそちらが勝っているから、私に勝ち目はないという事を言いたいんだな?」
「え?……あ、ああ。まあ、そうですね」
急に聞き返されたといことで、俺は少し動揺しながらそう返す。
俺としては大罪人とは言えど、出来れば穏便に降伏して欲しい。
……が、それは所詮俺の願望であって、現実はそう上手くは行かなかった。
「……なら、こうしよう」
男はそう言ってパチンッ!と指を鳴らす。
俺が、何をしているんだ?と思ったのもつかの間、その男の背後に数としては数百匹、様々な種類の魔物達が、いきなり現れる。
『ガルルルルルルルルゥゥッ……!!!』
『ギュルアアアアアアアァァッッ!!!』
『ブルルルルルルルルルゥゥ……』
更には、百メートルも離れていない地点に冒険者や騎士達……人間が多く存在しているということを理解すると、一心不乱に俺の後方にいる彼らに魔物達は襲いかかり始めた。
「ちっ……!!しょうがねぇ、やるぞテメェら!!!」
もちろん、冒険者達も無抵抗という訳には行かない。
本来なら俺と共に、俺の目の前にいる男と戦うはずだった彼らは魔物達と乱戦する事となったのだった。
「なっ……!?」
魔物達が予備動作なしにいきなり現れたことについて、俺は驚かずにはいられない。
(一体何が……まさか、これも転移か!?)
「この魔物達もあなたが転移させてきたと、そういう事ですか?」
俺は当たりを一瞥する。
不思議なのは、数百匹という魔物が戦っているのに、それは全て俺達の周囲で行われていて、俺とその男のことは全く見向きもしないことだ。
恐らくは、彼の霊装神器の能力で俺を攻撃しないように支配しているのだろう。
「正確には私の仲間が、だがな。……それでどうだ?数だけいえばこちらが圧倒的に有利だぞ?」
「……」
「ふっ……。まあ、いい。気づいているのだろう?自分だけが魔物に意識されていないことを。……お前はこの私直々に殺してやろう。強い者が勝ち弱い者が負ける。俺とお前の真剣勝負だ。他には邪魔させない。……どうだ?」
「……まさかテロリストから真剣勝負なんて言う言葉を聞くこととなるなんて思いませんでした。……ええ、こうなった以上、もちろんそれで大丈夫です。……これでも実力には僅かばかり自信がありますから」
「謙遜を」
冒険者達と魔物が辺りで乱戦している中、俺と彼のそんなやり取り。
俺はあくまでも彼から意識を外さずに、横目でチラリ、とレイラの方を見る。
やはり、彼女もいきなり現れた魔物達と戦っていた。
低危険度ということもあって、戦闘自体はそこまで苦戦している様子はない。
が、しかしそれでも数が数だけに、こちらに割り裂く余裕はなさそうだった。
そうして俺は地に膝をつけながら改めて奴を見る。
(やはり、すごいプレッシャーだな……)
戦闘準備に入る前でもかなりの威圧感が俺に襲いかかってきていたのだが、入るとさらに大きく濃密なそれが俺に襲いかかってきて、俺は思わずそう思う。
怖い……という感情を抱くのは久しぶりだったが、俺は活性化されている精神力でそれを飲み込んだ。
「……そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね。……これから戦うのでしたら、ぜひ教えて貰っても?」
俺は声をふりしぼりながらそう話す。
目的や思想などは聞いたが、良く考えれば肝心の男の名前を聞いてはいなかったのだ。
……が、俺はそこで思いつく。
「……いや、すみません。人に名前を聞く時はまずは自分からですね」
俺はしっかりと彼を見すえながら話した。
「俺は冒険者ギルド帝都リンドヴルム支部所属ランクD冒険者カノン・シュトラバインです。先日ギルドに登録したばかりの若輩者ですが」
「ふむ。礼儀には礼儀で返すのが当たり前だな。……私はテオドール・ライブラ。『
テオドールはそう言いながら、こちらに少しお辞儀をしてくる。
やはり先程も思ったが、最低限の礼儀などはわきまえているらしい。
「『
聞いたことの無い単語に思わず首を傾げる俺。
「ふっ……。知らないのか?……まあ、知らないのならそれでも良い。……それよりも構えろ。戦いにおいて肩書きは不要だ。そんなことよりも、どう立回るのか考えておいた方が良いんじゃないか?」
威圧感がよりいっそう増す。
俺は確かに、とその部分には同意した。彼が何者で、どんな肩書きを持っているのかは、今はどうでも良い。
そんなことよりも目の前の戦いだ。
「ふぅ……っ!!」
俺はこの頃になって、恐らくは過去一番に強大な敵だということを改めて認識する。
初めから終わりまで常に全力でやらなければ、絶対に勝つことは出来ないだろう。
一瞬でも気を抜けば、俺は死ぬという訳だ。
しかし、何故かその事を怖い、などとは感じなかった。
不思議なもので、命と命のやり取りを肌で実感すると、逆に神経が全身に張り巡らされていき、ベストコンディションに近づいていく。
それを認識した俺はすぐさま世界樹の木刀を強く握りしめて、キレのある動きで……動き出す!!
間違いなくテオドールは格上。そんな相手との戦いにおいて後手に回るのは愚かとしか言いようがない。
攻めて攻めて攻めまくる。
まずは先手必勝だ。
「……行きますっ!!」
「ああ、来い」
そうして俺の動きだしから、テオドールの戦いが始まった。
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