第46話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 6 】
「……結構時間的に不味くないか?」
「ん……そうだね。早く行かないと遅れちゃうかも」
俺はレイラに向かってそのように確認をする。
ギルドマスターに『
今の時間帯としては昼帯である。
俺達は刻々と迫り来る時間を前に、少し焦りながらそのように告げたのだった。
現在俺とレイラが歩いているのは、いつものギルドへと向かうための大通りである。
行商などで多くの人が行きかい賑わう中、俺達は二人で歩いていたのだ。
……が、しかし目的地は冒険者ギルドでは無い。
今日俺たちが向かっていたのは、帝都リンドヴルムに設置されている円型の防御壁……その付近にある、帝都の中でも巨大な馬車出張所であった。
馬車出張所というのは、その名前の通り遠出の際などに使う馬車を貸し出してくる店舗のことである。
別に俺たちは今日、依頼で遠出をしようという訳ではなく……もっと個人的な要件で少し遠出をする必要性があったので、こうして馬車を借りるために馬車出張所まで向かっていた。
そして、その要件というのが……
「まさかイーグリア侯爵……レイラのお父さんから呼び出しをくらうとはなぁ……」
そう。レイラの父親で、イーグリア侯爵家当主であるジェルマン=イーグリア侯爵からの呼び出しであった。
今朝レイラが伝えてきたのだが……レイラ宛に帰省を促す手紙が家に届いていたのだとか。
手紙が送られてきたのが昨日の夜で……どうやら、共に同封されていた馬車の特別予約券の日付が今日であったらしい。
つまりは今日中に帝都を出なければ、特別予約券の有効期限は切れてしまうという事である。
そして、なぜか手紙の内容としてパーティーメンバーである俺を連れてくるようにとも書かれていた。
なぜ俺も行く必要性があるのか全くわからなかったのだが、侯爵家……なによりレイラのお父さんからの指示とあってはただの平民である俺に拒否権などはあるはずが無いのでこうして大急ぎで歩いていた。
「帰省の理由とか、俺が一緒に行かなきゃ行けない理由とかは書かれてなかったんだよな?」
「ん……私も混乱してる。今までこんなこと無かったから……」
昨日までは片手で杖をついて歩いていたのだが、『活性』の効果によって、俺はもう普通に歩ける程度には回復していた。
まだ少し身体は痛むが、俺はそれを意に介さず歩くペースを上げる。
「というか急展開すぎるでしょ。もし今日討伐依頼なんかを受けてたらヤバかったぞ……」
あいにく今日は、特に依頼を受けていたりするべき事などがあったり……ということは無かった。
もし討伐依頼なんかを受けていたとしたら……その場合は依頼をキャンセルするしか道はなかっただろう。
そうなれば、依頼を完遂できなかったという扱いとなり違約金をギルドに支払わなければならないところであった。
その事に、俺は心底安心する。
「……っと、あれじゃないか?」
そうしてしばらく人混みの中を歩いていると、ようやく帝都の防御壁の内周辺りに到着する。
その地点から、最初の目的地と思われる馬車出張所が見えたので……俺はレイラにそう呟きながら指さした。
レイラもそれに連動して指差しの方向を眺めて……肯定する。
「ん……そうだね。多分合ってるよ」
帝都最大の出張所という事もあって、その規模はとても大きい。
いかにも多額の資金をかけられて作られていそうな建物に、そこに付属している立派な厩舎や馬達。
しかし『
ただまあ、こう言ってはあまり良くないが今の俺たちにとってそれは好都合である。
人が少なければ少ないほど早くスムーズに移動できるのだから。
「……よし、じゃあ早く行くとしようか」
俺はレイラを横目にそう話すと、レイラは「……ん」と言ってスタスタと歩き始めた。
少し小走りになりながらも彼女の背中を俺は追いかける。
こうして、このような経緯を経て俺達は出張所へと到着したのであった。
「……カノン=シュトラバイン様とレイラ=イーグリア様でございますね。ご予約のお客様でしたら、予約券を拝見させてもらっても宜しいでしょうか?」
俺達は建物の中に入り、受付まで歩いていく。
建物の内部構造としては冒険者ギルドとそう大差はないだろう。
……まぁ人の多さは圧倒的に異なっていたが。
そうして直ぐに受付に到着したので、俺達はまず初めに自身の名前と予約についてを男性受付に伝えると……その受付員はそう話してきて、俺達に特別予約券の提出を促してきたのだった。
「……ん、これ」
レイラはゴソゴソと懐を漁り始めて……一枚の小さめのカードを受付に提出した。
これが特別予約券だ。
予め予約のされている日程や利用者の指名などが主に書かれている。
予約券というだけあって料金は予め……今回の場合はイーグリア侯爵から支払われているので、俺達が出す必要は無い。
「ありがとうございます。手続きのため、少々お待ち頂く事になりますが……宜しいでしょうか」
レイラから予約券を受け取った男性受付がそう告げてきたので、俺達は共に頷く。
すると彼は「……では少々お待ちください」とだけ言い残して、いくつかの書類とともに受付の奥へと歩いていくのだった。
「……そういえば、イーグリア侯爵……レイラのお父さんはどんな人なんだ?」
どうやら予約をしていると言っても、搭乗手続きのために少しの時間がかかるようなので……俺はこの間時間を無駄にせず、とりあえずレイラにイーグリア侯爵の事を聞いてみることとした。
「……急にどうしたの?」
そして急にそんな話題を振られたレイラはこてん、と首を傾げる。
「ほら、レイラのお父さんに呼ばれているわけだけど……俺はイーグリア侯爵のことはなんにも知らないからな。どんな性格なのかとか、今のうちに聞いておきたいと思ってさ」
俺のその呟き対してレイラは少し悩むような様子を見せながら……そして、口を開く。
「ん……そうだね、一言で言えば『優しい』って感じだと思うよ」
「……優しい?」
「そう。いつもニコニコしてて、周りへの配慮ができて……皆から好かれてる良いお父さん」
「それは……侯爵家の当主っていうものだからてっきり厳格そうな性格をしてるものとばかり思ってたんだけど」
「そんな事ないよ。ん……ギルドマスターから胡散臭さを取ったような感じ?」
俺は何となくそう考えていたのだが……どうやら、全くそんなことは無いらしい。
先入観に捕われるのは俺の悪い癖だ。
そして、レイラのその説明に俺は「……それは」と考え込む。
ギルドマスターは確かにどこか胡散臭さを感じられるが、基本的にとてつもなく優秀な人物である。
というか、そもそも有能な人物でないとギルドマスターという職には着くことが出来ないだろう。
そして、ギルドマスターの様な胡散臭さを無くいとなると……そうなれば、少なくとも人柄においても内政においても他に類を見ないほどの有能な人物という事になる。
ギルドマスターというわかりやすい例が身近に居るので想像しやすいといえば想像しやすいが、しかし逆にそんな完璧さを想像しにくいと言えば想像しにくいと思う俺だった。
そうしてレイラからイーグリア侯爵について色々なことを聞いていく。
どうやらイーグリア侯爵は貴族らしいと言えばそうだが、していないという言葉にも当てはまるような性格をしているようだった。
自身の領地や民の事を第一に考え、より良くするために行動する。
そんなこともあって多くの様々な面から支持を受けており、階級としては侯爵であるが、ほとんど公爵と言ってもさし違いないレベルだとか。
その財力に任せて送る自堕落な生活とは全く無縁であり、領民から逸脱した規模の税金を徴収するなどもない。
まさしく上に立つものの規範、貴族の模範的な存在だった。
つまり、ノブレス・オブリージュ。
まぁそんな貴族が実際にいるのか……と俺は少し驚いたが、レイラの性格からして、彼女は虚言を吐かないので「本当のことなんだろうな」と俺は考える。
そして、そんな事を話しているうちに時間は経過していく。
予想通りの十分後……全ての手続きを終えたのか先ほどの受付の男性がこちらへと戻ってくる。
そうして俺達はそのままその受付の案内に従って、厩舎の方へと歩いていくのだった。
◇ ◇ ◇
『ブルルルルルルルルルゥゥ……』
「こ、これはもしかしてグラニ……か?」
受付員に案内されてレイラと共に厩舎へとやってきた俺だが……目の前にある馬車を視界に入れた瞬間、驚愕からそんなことを思わず呟いてしまった。
馬車の車体を見たからでは無い。
……いや、馬車自体も十分すぎるほどに立派で高級品であるので、そこも驚愕すべき点ではあるのだが……しかし俺はその車体を引く、そこから繋がれている生き物を見て驚いたのだった。
危険度Bとして分類されているグラニという巨大な馬型の魔物である。
俺は以前にグラニについて、ギルドの受付にあった依頼書を見かけたことがあったので、そう気づくことが出来た。
「お目が高いですね、その通りですよ。ここにいる馬の中でも最高質の馬なんです」
未だに驚愕する俺に横から受付員が丁寧にそう話してくる。
「最高質……ですか。こんなにすごい馬を貸し出してもらって……本当に良いんですか?」
「ええ。というか、お客様にはこちらのグラニをご予約との事でしたので、良いも何もありませんよ」
「……そ、そうですか」
魔物をテイムする事は生半可なことでは無い。
それに応じた手間や時間がかかるはずであるし……なによりこんな危険度Bの魔物をテイムするとなれば、とてつもない労力が必要であることは容易に想像できた。
そして、その分貸し出しには高い支払いが必要となるはずである。
そんな金額を帰省のためだけに支払えるイーグリア侯爵の凄さを俺は再実感したのであった。
「では、こちらから中へお入りください」
そうして、俺達は付属されている入口から馬車の中へと入る。
そこで、またもや驚愕の表情を浮かべることとなった。
「こ、これはまさか……この馬車自体が霊道具なのか?」
そこには大雑把に言って縦横それぞれ十メートルほどの空間が広がっていたのだから。
外見からは全く想像のできないほどの広さである。
空間が拡張されている、というふうに表現するのが正しいのだろう。
そして、俺はそんなありえない現象を起こしうる道具を知っていた。
……それが霊道具。
専門の霊装神器を持つ者が、何の変哲もない物に特殊な能力を付与した道具のことを指す。
それは霊装神器と同じで千差万別であるのだが……付与する能力がレアであればあるほど、その分高い技術が問われることとなるのである。
そして、このように空間系の霊道具はとても希少なものであるということが判断できた。
金額の方は、もはや聞きたくもない。
「ん……これもお父さんが用意したんだろうね」
別に移動のために馬車を使うだけであるのでここまで高級品を揃える必要性は無いということをレイラも考えていたのだろうか……少しの呆れを含ませながら一人げに呟いた。
「……もう御者も用意しております。すぐにでも出発なさいますか?」
そして、俺達のその様子を眺めていた受付員はそのように問いかけてくる。
互いに目配せをし合い……俺はここで時間を食い潰すのも勿体ないという事で、「……はい」というふうに頷いた。
その言葉を聞いた受付員は馬車から降りて……そうして直ぐに馬車が出発する。
このような経緯を経て、俺達はイーグリア侯爵のもとへと向かうのであった。
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