第45話 【侯爵家と炎帝の学院入学試験 5 】
「……次はレッドドラゴンの話だね」
未だに複雑な気持ちを抱いている俺を見ているにも関わらず、ギルドマスターはそう言って話を再開し始めた。
チラリ、と俺は横目でレイラを見るが、彼女には特に戸惑っているなどの様子は無い。
(……相変わらずの、性格だな)
しかし俺はそれを見て、レイラに少し影響されたのか少しずつ意識が鮮明化され、数秒もしないうちに冷静さを取り戻すことが出来た。
「……すいません、もう大丈夫です。……それで、レッドドラゴンの話ですね」
「うん。そうだね」
俺は話す。
「それで……何を聞きたいのでしょうか?」
俺のその問いかけにギルドマスターは、待ってましたと言わんばかりの態度で手元にある書類を見ながら、告げる。
「まず一つ目の不明点がレッドドラゴンの出現の仕方だね。余りにもタイミングが良すぎるし、不自然なんだ。……そこら辺についての資料はなくてね……分かるかい?」
なるほど。確かにあのレッドドラゴンはウェスタさんが、霊装神器の能力でどこかから転移させて来たものだからな。
その事情を知っているのは直に教えてもらった俺だけなので、報告書に記載されておらず、不明点であるというのは理解出来た。
なので、俺はウェスタさんの事、能力についてをギルドマスターに話し始める。
「俺はあの時、テオドールの他にもう一人の
「へぇ……それで?」
「そして、どうやらウェスタさんの持つ霊装神器の能力で、空間転移能力がある様です。それを用いてレッドドラゴンを召喚したとか。そしてそれは既に本人には確認済みです。テオドールがレッドドラゴンを支配して、ウェスタさんがそれを転移させたという事ですね」
俺のその説明にギルドマスターは頭が痛いという様に、手を頭部まで持っていき、その端正な顔を歪めさせながら、呟いた。
「……それは、とても不味いね」
確かに転移能力は距離をゼロにするという事で、とても強力な力だ。
しかし恐らくは強大な力な分、扱いが難しいだろう。
戦闘においてそれは、致命的に良くない。
なので、俺には何故ギルドマスターがそこまで頭を悩ましているのかが分からなかった。
「あの、そこまで悩む事ですか?確かに凄いのは分かります。ですがレイラもそうですけど、空間系の能力は強力な分燃費が悪いと聞いています。……だったら初めの方は防御に徹して、ガス欠になったところを狙えば勝てそうな気もしないでもないんですけど」
俺のその疑問にギルドマスターは「……ああ」という風に、返す。
「いや、違うんだよ。それはあくまで戦闘における話だろう?懸念してるのはね、そこじゃあないんだ」
「……じゃあ、何が」
しかし、俺のその意見はギルドマスターには否定されてしまった。
俺はさらに頭を回転させたが、しかし特に何かを思いつくわけでなく、ギルドマスターにそう問いかけた。
「……そうだね、やっぱり一番の懸念は暗殺かな。『
「……確かに、そうですね」
俺はギルドマスターのその説明を聞いて納得する。
確かに戦闘以外の面を考えなかったのは失念だった。
確かに前振りもなく帝都城にでも転移されれば、大惨事となるということは簡単に予想がつく。
皇帝を守護する騎士達だって、準備も満足に出来ていない状態で戦うとなれば結果は明らかであろう。
「ん……でも実際に行動を起こさないとなると、何か制限があると思う」
相変わらずぼうっとした様子でレイラはそう呟いたが、それは恐らくは見事に的をついているだろう。
最も辻褄が合い、納得できる理由だった。
「……うん、まあ大体わかったよ。詳しいことはまた別で、今度書類にまとめて提出してもらうから」
「あ、はい。分かりました」
俺はそう頷く。
それを見たギルドマスターはすると口を開いた。
「……でもさ、私がこう言うのもなんだけど、君はよくあのレッドドラゴンを倒せたね」
「……え?」
「『
「っ……!!」
俺はギルドマスターのその言葉を耳にした瞬間、無意識的に動揺を隠しきれず、僅かながそう反応してしまう。
何かを隠している……まさにその通りだ。
確かに俺はテオドールと剣を交えた後、レッドドラゴンとも戦った。
しかしあまりのダメージに俺は途中で意識を失ってしまい……結局のところ、レッドドラゴンを倒したのは俺ではなくこの世界樹の木刀の中に存在している意識であるのだから。
俺は別に手柄を独占したいなどという訳では無い。
……が、世界樹の意思にも忠告されているのだ。
決して自分のことを他人に話してはいけない……話すとしてもそれは信頼している最低限の者だけ、というふうに。
なので俺は、別に敵とは思っていないが、どこか胡散臭いギルドマスターにはその事を話す予定はなかったのだが……どうやらギルドマスターはその研ぎ澄まされた鋭い勘で、その事に気付いたらしい。
(……けど、あくまで勘。たまには外れることだってある筈。何か決定的な証拠がある訳でもないし、断固として否定し続ければ……)
レイラだけは事情を知っているが、彼女は先程から沈黙を貫いている。
なので俺はこれ以上ギルドマスターに違和感を感じさせないように、感情を表に出さないようにして否定の意志を示した。
「別に隠していることなんてありませんよ。確かに俺はテオドールと戦って深手を負いましたが、それでもレイラと力を合わせればレッドドラゴンを倒せました」
「……ふぅん」
俺がそう告げるとギルドマスターは、鋭い目で俺を……いや、腰に刺さっている世界樹の木刀を見据えてきた。
恐らくは……というか確実に俺の事を疑っている。
この執務室に存在する誰もが無言となり……圧倒的な静寂がこの場を支配する。響き渡るのは一定のリズムを刻む時計の針音だけ。
数秒か数十秒か……あるいは数分かもしれない。俺はその引き伸ばされた時間の中を、背中にびっしりと大粒の冷や汗を浮かべながら耐えていた。
「……そう、なら良いんだけど」
と、ようやくギルドマスターは不承不承といったふうだが、納得したのかそれとも諦めたのか……俺にその鋭い眼光を向けるのを止め、張り詰めた空気が急速に緩んでいった。
俺は何とかごまかせた事に、内心大きな安堵を感じる。
(……良かった。誤魔化せてはいなさそうだけど……これ以上の追求は防ぐことが出来たな。世界樹が言うには、このことが外部に露出すれば力を求めて狙われるって言ってたし。危険な橋を渡りたくない俺としては、何としても隠さないと)
「はぁ……」とため息を吐きながら、俺は内心でそんな事を考える。
先程までのシリアスな雰囲気が一転し、既にギルドマスターはいつも通りのニコニコとした、柔和な笑みをこちらへと向けてきている。
どうやら本当に、これ以上はこの話を続ける気は無いようだ。
そうしてギルドマスターは再び口を開き、話を再開し始める。
「じゃあ次だけど──」
◇ ◇ ◇
「あぁ……疲れたな」
ギルドマスターへの報告が全て完了した俺達は、執務室を退出して、現在は一階へと降りるために階段を降下していた。
レッドドラゴンの討伐については少し焦ったけど、あの後は特に焦ることなく問題無しにやり取りすることが出来たと思う。
まああの事については伏せたが、それ以外の事柄についてはありのままに起こった事を伝えることも出来たし。
しかし何気なく話をしているが、ギルドマスターというのは本来、こうして何度も面会ができるというものでは無い。
報告だけなら、別にギルドマスター出なくても良いのだから。
しかし彼は、そんなことは知った事じゃないと言わんばかりに俺達を呼び出してくる。
ただの平民には有り得ない程の体験……ギルドマスターという帝国屈指の重鎮と話していると、無性に精神的な疲労が溜まってしまい、小声だったがどうしてもそう呟いてしまった。
「ん……お疲れ様」
「ああ……そうだな。ほんとに疲れたよ」
レイラのその言葉にそう返す。
「ん……でも、いい事もあった。」
「……まあ、な。まさかこうも早くランクが上がるとはな」
そう……話も終盤に差し掛かった頃、ギルドマスターがランクアップについての話を切り出してきたのだ。
いくら活躍をしたからと言って、俺はまだ登録したばかりの新人ランクD冒険者。
なので上がるはずがないと考えていたのだが……しかし、俺はどうやらランクC冒険者としての昇格を果たしたらしい。
冒険者登録をしてまだ二週間程度だが、ギルドマスターいわく最速記録であるとか。
……まあ、別にランクが上がること自体に不満がある訳では無い。
様々な面で優遇を得ることが出来るし、より高い危険度の依頼を受けることだってできるのだから。
しかしそれを差し引いてもその事実に……俺は驚かずにはいられなかった。
「……よっ!!」
レイラとそんなことを話しているうちに、階段を降り終わり一階のギルド受付へと戻ってきた俺達。
すると、俺の背後から複数人の人の気配を感じ……そのまま、その内の一人が俺の肩をバンバンと叩いてきた。
鍛えていない一般人なら、肩の骨を痛めそうな程に強いその威力に、俺は訝しみながら振り返った。
「……ゼイズさん!!」
しかし、そこに居たのは予想外の人物。
この程度へと進行していた『
そしてその後ろには同じくパーティーメンバーである、マーレンさん、エスカさん、ルーラさんも居た。
俺達は担当区域が異なったという事もあってお互い離れた地点で戦っていたので……俺はなかなか心配していたのだが……無事であることを確認し、安堵する。
見たところ大きな怪我などは無いようだし。
「どうしたんだよ?そんな覇気のない様子をしてよお」
ゼイズさんは豪快に笑いながら、そう話してきた。
「……そんな覇気のない表情をしていますか?」
「んー表情っつうよりも、雰囲気だな。なんかかったるいような感じがにじみでているぜ?」
なるほど。
どうやら、ギルドマスターの対話によって蓄積された疲労が無意識のうちに表に出ていたようだ。
「そんな時にはパーッと飲むのが一番だ。ほら、行くぞ。打ち上げも兼ねて今夜は俺達に付き合ってもらおうか」
ゼイズさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、そう話してきた。
彼の背後にいるエスカさん達を見たが……どうやら彼らもゼイズさんと同じ気持ちであるという事をその様子から読み取った。
急展開すぎるこの状況に俺は少しの間ぽかんといった、間抜けな表情をしてしまったが……
「……はぁ、分かりましたよ。冒険者として先輩の言うことは聞くべきですしね。……今日はとことん付き合わせてもらいましょうか」
結局のところ、そう話した。
しかし、俺は言葉ではそう言ったが、実は内心ではそこまで嫌な気持ちになっていた訳ではなかった。
打ち上げ……なんて言う物を俺は一度も経験したことがなかったので、その初めての挑戦……というのは大袈裟だが、出来事に期待の念を抱いていたのだ。
チラリと横目でレイラを見ると、珍しくその顔に微笑を浮かべていた。
……どうやら彼女も満更でもないらしい。
「……うおっ!!」
そして、俺はゼイズさんに強引に手を引っ張られ、驚きからそのように声を漏らしてしまった。
そのまま冒険者ギルド付属のなかなか立派な酒場まで連れていかれる。
(まぁ、俺はまだ成人していないからお酒の類は飲めないけど……そこは上手く流すとしようかな……)
そうして俺はゼイズさん達と共に、恐らくは時間にして数時間……朝っぱらからこのような事をするのもどうかと思われたが……共に飲み続けたのだった。
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