第35話 【大暴走と黄道十二星座 15 】
そうして俺はすぐさま追尾をかける。
「──フッ!!」
テオドールが吹き飛ばされていく中、俺は脚力で全力疾走……その距離を高速で踏破する。
またもや訪れた好機。
俺は尋常じゃない体捌きでテオドールの鳩尾向かって刺突を繰り出した。
俺の『天叢雲』を横脇腹に受けたその身体では、体を上手く拗じることは不可能だろう。
そう思っていたのだが……
「ぐふっ……な、め、るなあぁぁぁっ!!!」
テオドールは少し苦しみながらも、不利な体勢ながら世界樹の木刀の剣先手がけて神速と表現できるほどの速度で突きを放ってきた。
俺の世界樹の木刀の剣先とテオドールの霊装神器の剣先がそれぞれぶつかり合って、キーンッ!と甲高い音を鳴らしながら衝撃波が発生する。
しかし、先程も言った通り、いくら身体能力が上がったとはいえ、まだまだあちらの方が有利であるのだ。
「っぅ……!!!」
小声でそんな声を漏らしながら、そのあまりの力に今度は俺が空中に吹き飛ばされてしまった。
テオドールの全力の刺突。それは凄まじいものだ。
あの不利な体勢から、距離にして数十メートル吹き飛ばされる。
……が、しかし俺は地に膝をつきながら衝撃を殺すことで、何とかその吹き飛ばしを無力化したのだった。
(はあ、はあ、はあ。……くそ!『天叢雲』を使ってもダメか……。冗談抜きで勝ち目が見つからないぞ)
俺は全身を襲う痛みに耐えながらそう考える。
そして俺がそんなことを考えていると、膝立ちの状態から立ち上がったテオドールが俺の事をいまいましそうな視線で見つめてきた。
「ぐっ……。まさかこの私にダメージを与えるとはな。……なかなか面妖な技を使う」
「……」
「それにカノン、お前の武器……妙な木刀だな。霊装神器と撃ち合うことが出来る……か」
彼は俺の握る世界樹の木刀を見ながらそう言ってきた。
特性『不滅』を持ち、どのようなことがあっても破壊されないこれだが、彼はその事を知らない。
その事について疑問を持っているのだろう。
「身体能力もそうだが、最も飛び抜けているのが、お前のその剣技。……悔しいが、その分野においてはこの私を上回っていると言ってもいいだろう」
「……それはどうも」
俺は素直にそう言うこととした。
テオドールは敵であるが、紛れもなくこの世界においては一人の強者である。
そんな彼にそう言って貰えたことが様子には出さなかったが、嬉しくないわけが無いのだから。
「……だが、それでも私には勝てない。確かに今は不意打ちをくらったが、……カノン、お前には圧倒的に経験が足りていないのだ。その差はどうやっても埋めることは出来ない」
全くもってその通り……正論を彼は俺に指摘してきた。
冒険者となって魔物を討伐し始めたのが、数週間前。
量を質で補うと言っても、それでもまだまだ足りていなかった。
「耳の痛い話ですね……」
俺はその正論に、そう答えるしかない。
そしてテオドールは言葉により一層、力を込めて話した。
「私は私自身の目的のためにお前を倒さなければならない。……お前は強敵だ。故に、私は全身全霊を持ってお前を倒す」
「……ええ、来てください」
彼はそう言って霊装神器を空高く上げ、上段に構える。
俺達の動き出しは同時。……お互いがお互いを倒すために行動する。
こうして、俺とテオドールの最後の攻防が再開した。
まるで閃光のように、俺とテオドールの姿が重なり合い、幾度にも世界樹の木刀と彼の霊装神器が打ち合い、そしてぶつかり合う。
これまでで最も激しい戦い。故に、俺達は様々なところを移動しながら戦いを繰り広げていった。
「うわあ!?なんだなんだ!?」
「逃げろー!!突っ立ってると、こいつらの戦いに巻き込まれるぞ!!」
「す、すげえ……。もはや、動きが見えないんだが……。あっち行ったり、こっち行ったり……どんだけ速えんだよ……?」
そんなこともあって俺とテオドールとの激しすぎる戦闘は、冒険者達と魔物達が戦っている中でも……そんなことは気にしないと言わんばかりに、強引に入り込み、そこでも行われていた。
目の前でそんなことが行われている冒険者や騎士達はたまったもんじゃない、とすぐさま俺達から距離をとる。
もはや一秒間に十回は俺達はそれぞれ刃を撃ち合っていた。
そして、それはもはや常人には眼で捉えることのできない速度である。
そんな戦闘が繰り広げられている中、近くにいれば、戦闘の余波だけで死ぬ危険性が十分にあったのだ。
彼らが本能的に恐怖して俺達から離れていくのも無理なかった。
俺達が戦いを再開してから早五分ほどが経過している。
先程からずっとこのような調子である。
刻々と制限時間が迫っているのがわかる。もし、そうなれば俺はもはやまともに戦うことが出来ない。
これまで蓄積された疲労が全て解放されて俺は動けなくなり、その瞬間テオドールに瞬殺されるだろう。
よって、そうなる前に勝負をつけなければならなかった。
「──らぁッ!!!」
俺は必殺の間合いに入り込むと、そのまま横薙ぎに世界樹の木刀を振るう。
「遅い!!」
……が、その攻撃はいとも簡単にテオドールに防がれる。
「そこだ!!」
しかし、俺は気落ちせずにそのまま手首のスナップを聞かせて返す。
そのまま先程とは逆方向からの横薙ぎをまたもや振るった。
それを見たテオドールは咄嗟のことで防御できないと考えたのか、後ろに身体を仰け反らせることで回避しようとするが、
「ちぃ……。やるな!」
完全に回避はできず、彼の右腕を俺の木刀が掠めた。
そのまま攻め続けよう、とまたもや俺は間合いに踏み込んだその瞬間……
「ぐあっ!?」
とんでもない速度で放たれたテオドールの左腕が無防備の俺の腹にめり込んだ。
先程よりも遥かに強い衝撃に俺は口から吐血。
俺の意識が外れていたのと、その拳が持つあまりの速さに反応できなかった。
ぐしゃあ……と何かが砕ける音が周囲に響き渡る。
「ぐうぅぅっ!!!」
(痛い。痛い、痛い。……でもここで倒れる訳には行かないっ!!!)
俺は意識が朦朧とする中、血が出るほどに歯を食いしばり、足腰に力を込めてその場に踏みとどまる。
そのままテオドールが振るった霊装神器目掛けて、防御のために世界樹の木刀を構えた。
本来なら拮抗しないはずのその鍔迫り。
しかし、テオドールも俺と同じようにここまでの戦闘の疲労が現れているのか、明らかにパワーが落ちていた。
よって、息を途絶えさせながらも俺は何とか、テオドール霊装神器を受け止める。
「はあ。はあ。はあ。……さすがの強さですね。俺が戦ってきた中では一番の実力を持っていますよ」
「お前もだ、カノン。この俺とここまで戦えるとは、やはり素晴らしい才能の持ち主だな。この場で殺してしまうのが惜しい、ぞ!!」
そうして鍔迫り合っていると、テオドールが俺の左肩に深々と蹴りを食らわせてくる。
「ぐぅ……!?」
防御も受身も何も無い。
メキョッ!!という鈍い音と共に、俺の左肩が砕けた。
こうなってしまってはもう左手を使うことは出来ない。
右手一本だけでテオドールと戦わなければならない、という訳だ。
そんな俺の様子を見て、好機と判断したテオドールは俺の頭目掛けて刺突を放ってきた。
(やっぱり強い。ただでさえ彼の方が強いというのに、そこに加えて左手が使えないときた)
思考が加速する中で俺は刹那の間に考える。
(絶望的……まさにその言葉でしか形容出来ないな。……勝機は一パーセントも無い)
迫り来る刺突。このまま行けば俺は頭を撃ち抜かれて、そのまま死ぬ。
(……けど、諦めない。わずかでも勝てる可能性があるのなら、我武者羅にそれを掴み取る!!諦めが悪いのが俺の長所だ!!)
「うおおおおおおおおっ!!!」
俺は咆哮を上げながら右手一本で……しかし、先程までとそう変わらない速度で、世界樹の木刀を振るい刺突の軌道を微妙にずらす。
頭を砕くはずのその一撃は俺の必死の抵抗によって、頬をかすめるだけにとどまった。
本来なばここまでの速度は出すことが出来ないのだが、俺は『昇華』で集めた自然エネルギーの循環を左腕だけ止めて、その分を全て右腕に回したのだ。
効率は遥かに悪くなるが、短時間なら擬似的に先程までのと同じ速度を出すことが出来た。
そして俺はテオドールに斬りかかり、またもや鍔迫り状態となる。
「っ!いくらなんでもしぶと過ぎるだろうに!」
「それが俺の取り柄ですから!!」
互いに全力で力を込めながらの鍔迫り合い。
先程から俺はほとんど防戦一方であったにも関わらず、ここまで戦い続けられている理由。
その答えがそれだった。
すると、俺のその答えを聞いたテオドールはどのか自虐するように笑った。
「……なるほどな。身体能力、剣技……確かにどれもお前の力ではあるが、その志こそがお前の……カノンの力の源かもしれないな」
そうして彼は力任せに俺を振り払い跳躍して、後ろへと下がり俺との距離をとった。
『支配の権能を持つ我が汝を思うがままに。自害せよ』
彼は霊装神器の能力を用いてそう呟き、俺の事を支配しようとする。
……が、俺に特に変化はない。
というか、先程のような不快感を感じることすら無くなっていた。
「ふっ……。やはり通じないか。本当にどうなってるんだ?」
しかし、結果はわかっていたのだろう。テオドールは特に気にした様子もなく、馬鹿らしいと笑うだけだった。
既に先程まで俺達の周りにいた冒険者や騎士たちは、避難が完了しており、およそ百メートルほど離れた地点からかなり少なくなった魔物達と戦っていた。
つまり、俺達の周辺は俺達の戦いの余波でボロボロとなった大地や、既に死んでいた魔物達の死体などしか存在していない。
俺は改めてそれを確認する。そしてその瞬間、テオドールが口を開く。
「……よく分かった。どれほどの傷を与えようともお前は決して諦めずに、私に食らいついてくる。……不毛だ。そして、ならば一撃で殺すしかない」
そう言うと同時にかなりダメージを蓄積しているはずなのに、テオドールから発せられるプレッシャー……威圧感が増した。
「私は今から、私が放てる最高の一撃をお前にぶつける。……カノン、お前これで終わりだよ」
そうして、彼はこちらに霊装神器の刃先を向けて中段に構える。
濃密な殺気が場を支配する中、俺は少し震える口で話す。
「……なら、俺がただで……無抵抗でいるとは到底、思っていないんですよね?」
俺が世界樹の木刀を構えながらそう聞くと、テオドールは「ふっ……」と笑いながら答えた。
「ああ、そうだな。……しかし、やると出来るは別物だぞ?」
彼はそう言い残して、戦闘状態に入った。
(……あのテオドールが放つ力の全てを込めた一撃。……一体どれほどなのだろうか)
普通に剣戟をしていても、俺は防戦一方……押されてばかりだったのだ。
そんな彼が本気で放つ一撃がどれほどの威力を保有しているのか、俺は予想がつかなかった。
(しかし、恐らくは俺はその一撃を避ける事ができないだろう)
ここまでの疲労が積み重なり残り少ない体力、それに加えてボロボロの満身創痍の身体。
というか、万全の状態でも避けることが出来るか分からないのに、この状態では僅かな可能性もなかった。
(なら、
俺の力では避けることが出来ない一撃を前にした時に最も使い勝手が良い『秘剣』。
相手の油断を突いて、不意打ちの一撃を放つ技。
(行くか……)
内心で、そう決めた俺は世界樹の木刀を握る右腕に力を込めて、予めその『秘剣』の発動のための下準備をする。
ぐぐぐ……と、足腰に力を入れて、バネを用いていつでも飛び出せるように構える。
無音のまま、俺とテオドール ……両者の視線が視線が交差する。
そうすること数秒……テオドールの姿がこれまでよりも、いっそう霞む程の速さで動く。
正真正銘文字通り、これから始まるのは最後の一刀の交差だ。
「ーーふっ!!」
それと同時に俺はテオドール目掛けて閃光のように一直線に、反射的に動き出す。
俺達のそのあまりの速さに動くだけで、大地がひび割れ暴風が起こり、衝撃で空気が響く。
そうして、互いとも刹那の間に必殺の間合いに入り込んだ!!
コンマ数秒もない、まさに一瞬の出来事。
先に攻撃するのは俺、カノン・シュトラバイン。
テオドールのその一撃を避けられないと考えていた俺は、先手必勝とばかりに世界樹の木刀を袈裟斬りに振るう。
ーーまさに神速。極限の集中力で放つこれまでで最高の一撃。
しかし、テオドールはそんな俺の行動を読んでいたのか……予め、高速で低くしゃがむ事でその俺の会心の一撃を回避した。
彼のニヤリと歪む口元。
この一撃を避けた俺にもう手は残されていないと考えているのだろう。
そうして、一瞬で体勢を立て直した彼がその技を放つ。
「支配剣術奥義ー
そうして、彼は霊装神器を両手で持つと、もはや今までのはなんだったのか?と聞きたくなるほどの速さと威力で左横薙ぎの一撃を放ってきた。
回避は不可能。防御も不可能。全てを込めた……と言われても納得できるほどに強力な一振り。
(ーー私の勝ちだ!)
テオドールはそう思いながら、俺の胴を切断するために霊装神器を振るう……が、彼はそこで一つ決定的なミス、すなわち油断をしてしまった。
勝利を確信した時に彼は無意識の内に油断をしてしまったのだ。
(かかった……)
そしてその瞬間、俺はそう考えながら、予め仕込んでおいた『秘剣』を発動させる。
すると瞬間、テオドールに躱されたはずの袈裟斬りの一撃……。
それが予備動作無しにいきなり、クルリと刃先の向きが180度回転し、なんとテオドールに向かって今度は切り上げとして再度、世界樹の木刀の一撃が放たれたのだった。
どこかの文献で見た大昔、ある剣豪が編み出した『燕返し』という技によく似ている……が、実態は別物と言ってもいい。
これは予め、世界樹の木刀を振るう右手に
……攻撃が避けられた瞬間に発動する捻れをだ。
テオドールが俺の袈裟斬りの一撃を避けること。
今回はそれが発動条件である。
先程も言った通り、俺は予めテオドールが袈裟斬りを避け、油断をするだろう瞬間に発動する捻れを、右腕の筋肉に加えておいたのだ。
よって計算されたタイミング通り、その捻れが発動し、その衝撃によって強引に腕の向きを上向きにへと変換させる。
それに伴い世界樹の木刀の刃先も上向きに回転したという訳だ。
そして、この技の最も特徴的なところは予め仕込みをしているということで、予備動作が全く無い……つまり、勝手に太刀が跳ね上がるという点だ。
神経伝達などの余計な時間が無いということで、わずかな時間もかけることがないのだ。
先程『燕返し』とは違うと言ったのが、この点である。
そして、この『秘剣』は相手が油断した際に不意を着いて発動させることで真価を発揮する。
今回の場合で言えば、ちょうど今のタイミングという訳であった。
「ーー
俺がそう呟くと同時にテオドールは気づく。
いつの間にか自分に向かっている左切り上げに。
「何!?」
彼は避けたはずの一振りが、こちらに戻ってきたという事実に驚愕する。
このままでは俺に攻撃が当たる前に、テオドールに切り上げの一振りが当たるだろう。
そのことを判断した彼は「ちぃ!」と舌打ちしながら強引に動きを止めて防御体勢を取ろうとするが……既に遅い。
先程繰り出された袈裟斬りと全く同じ速度。
神速と呼べるそれで放たれているのだ。
いくらテオドールでも、ワンテンポ遅れた状態からそれを塞ぐのは不可能だった。
「これで、終、わ、りだぁぁあっ!!」
そうして瞬間、テオドールの左腕に世界樹の木刀が激突。
ゴキュッ!!という何かが外れる音と砕ける音が混ざったような音が響く。
「ーーぬあぁっ!?」
まともに防御体勢が取れていないテオドール。
俺の『虚返』のあまりの衝撃に空中に投げ飛ばせされ、吹き飛ばされていく。
そうして、勝負の命運を分けると言ってもいい最後の一撃は俺の『秘剣』がテオドールの奥義を食い破ったのだった。
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