第36話 【大暴走と黄道十二星座 16 】
「はあ、はあ、はあ……」
俺は大きく息を乱しながら、世界樹の木刀を杖として見立ててすべての体重を預ける。
『虚返』は不意をつくという意味ではとても強力な技であるが、使用するためには筋肉を拗じる必要がある。
筋肉を拗じる……言葉で表現するのは簡単だが、実際やるとなればとても厳しいものがある。
痛い上に筋肉を酷使するのだ。
数時間に及ぶ魔物達との戦闘に加えて、テオドールとの激しい攻防で満身創痍と言ってもいい身体状態でそれを使った。
もはや俺の身体は既にボロボロだった。
これ以上はまともに戦うことすら叶わない。
左肩の損傷に加えて右腕筋肉の激しい痙攣。実際のところ、世界樹の木刀を握ることすら厳しかった。
テオドールは俺の渾身の『虚返』がクリーンヒットし数十メートル吹き飛ばされた地点で、そのあまりの威力に地面に倒れ込んでいた。
未だに起きる様子はない。
「頼むから、これで倒せていてくれよ……。これでもまだ倒せていなかったら、本当に不味い。……正直、腕も使えないから、もう戦えないからな……」
俺はそう呟きながら必死の思いで誰かに懇願する。
……が、しかし現実は非常なもので、俺のそんな思いは無惨に打ち砕かれた。
「……う」
そんな呻き声に似た声が響く。
吹き飛ばされ先程までとは大幅に位置情報にズレがある、という事でここ周辺に居るのは俺とテオドールだけである。
そして、当然今の声は俺のものでは無い。……ということは、だ。
「くそ……。ここまでやっても倒せないなんて……。どうすればいいんだ……!?」
片手を大地につきながらテオドールがゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと、しかし確実に。
「ぐっ……はぁ、はぁ。……まさか、ここまでとはな……」
彼はそう言うと、自身の怪我の具合を確認しながらゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
俺はそれをただ呆然と見つめるしかない。
先程も言ったように、動こうとしてももはや疲労によってまともに動けなかった。
そうしてテオドールは俺との距離が三メートル程になると、その場で静止してこちらを見つめてきた。
「はぁ、はぁ……惜しかったな。あと一歩、あと一歩決定打が足りなかった」
彼はそう言ってくる。そうして、俺はテオドールのダメージ具合について観察してみた。
最も酷い怪我は先程の『虚返』で砕かれた左腕と、『天叢雲』によって損傷した脇腹であった。
他にも、所々に切り傷や打撲が出来ているが、それらについては戦闘の際には特に問題は無いだろう。
恐らくはもう腰を回転させたり、曲げたりすることは出来ない上に左腕が使えないということから激しい戦闘はできない。
……が、それは裏を返せば激しくない程度の戦闘なら可能という事だ。
そして、ろくに抵抗出来ない、今の満身創痍の俺を殺すのに激しい戦闘を繰り広げる必要などはない。
残った右手を使って俺の首を切断すれば良いだけの話なのだから。
「くそ……強すぎでしょうに」
「……貴様が言うな。その歳でもはや私をここまで追い詰めるとはな……数年後にはどれだけの化け物となっているのだか。……が、それは生きていたらの話だ」
「……やはり、俺を殺すの……ですか?」
「ああ。カノン、お前は危険だ。驚異となる前にここで始末する」
彼はそう言って、ボロボロとなった身体で霊装神器をゆっくりと天高く持ち上げる。
ボロボロとなっていると言っても、テオドール程の実力者なら人一人の首を落とすのは容易な事だ。
(……俺はここで死ぬのか?)
そうして、彼……テオドールは俺の首目掛けて霊装神器を振るった。
(……くそ、死にたくないなぁ。……もっと、レイラと……)
道中、俺が魔物達から助けた彼らもこんな思いをしたのだろうか?と考える。
そうして、俺は死を覚悟してぎゅっと目を瞑った。
……と、その瞬間
「それは、ダメっすよー」
という、区別のつかない中性的な声色の声が聞こえた。
(……なんだ?)
俺は聞き覚えのないその声に反応しつい反応してしまい、閉じていた目を開けた。
俺とテオドールの間、そこに一人の男性……いや、俺と同年代の少年が立っていたのが見える。
身長は俺と同じぐらいの170センチ程で、赤髪のとても柔和的な顔立ちをしている少年だった。
そして、本能的に察知する。
ーーこの少年はテオドールと同じか、それ以上に強いという事を。
一体どれほどの才能を持ち、研鑽すればその歳でそこまでの力を手に入れられるのだろうか?
俺は全くと言っていい程に思いつかなかった。
しかし妙なところは、その少年が目の前に立った瞬間にテオドールが霊装神器を振るう右手を止めたことだ。
……あの人殺しに一切の忌避感のない彼が、だ。
(なにが……?)
俺がそう思うと同時にテオドールが忌々しそうにその口を開いた。
「どう言うつもりだ、ウェスタ。……なぜ私の邪魔をする?」
その様子から俺はテオドールとその少年は知り合い……いやもっと親密な関係、つまり仲間だと言うことを判断する。
そして、テオドールはテロリスト。
と言うことはつまり、だ。
(……この子もテロリストなのか?)
……が、何処か様子がおかしい。
俺がテオドールに殺されそうになった丁度その時に急に現れ、まるで俺の事を殺させないかのように立ち回っているという様子を伺うことが出来る。
(テオドールの仲間でテロリスト。……なのに、どうして俺の事を助けようとする?)
意味がわからなかった。
「逆に聞くっすけど、テオドールっちはどうしてこの少年を殺そうとするんすか?」
「だから、その呼び方は……。いや、まあいい。……理由?そんなことは簡単だ。カノン……その少年は将来的に私達の驚異となると私は判断したからだ」
彼は鋭い目付きでその少年……いやウェスタさんを見てそう言った。
「……テオドールっち、俺っちたちの目的はなんすか?」
しかし、そんな視線を向けられているにもかかわらず、ウェスタさんは何事もないような様子でそう聞いた。
「いきなりなんだ?……簡単だろう。帝都……いや、リングランド帝国を滅ぼすことだ」
「……最終的な目標のことを言ってるっす」
「……最終的な目標?それと少年にどんな関係……っ!?」
「そう、分かるっすよね?ここで彼を殺しては行けないということぐらいは」
ウェスタさんとテオドールがそんなやり取りをする中……いきなりテオドールが息を飲むようにして驚愕の表情を浮かべた。
そうして、何故かそのまま俺を……いや、正確には杖代わりとなっている世界樹の木刀を驚愕の瞳で見つめてきた。
そうして十秒程にテオドールと俺の視線が交差する。
俺は訳が分からずにとりあえず見つめ返していたのだが……するとテオドールは
「……ちっ」
と舌打ちをして、ちょうど振り下ろしていた霊装神器を下におろし、そのまま腰のさやに戻した。
あの、俺の事を何度も殺そうとしたテオドールがだ。
もはや訳が分からない。
俺がそんなことを考えていると、くるりと後ろを向いてウェスタさんが軽い笑いを見せながら俺に向かって話してきた。
「カノン・シュトラバインさんっすね?俺っちの名前はウェスタ・アリエス。そこのテオドールっちの仲間で『
ウェスタさんはやはり軽い様子でそう言ってくる。
握手のためか手を差し伸べてきたが、彼には悪いが俺は信用出来ないという事でその手は取らなかった。
「……『
「んー。簡単に言えば大きな犯罪ギルドの幹部って事っす」
「……つまりテロリストって事ですね」
「そうとも言うっす。……それにしても危なかったっすねえ。俺っちが居なければ貴方死んでたっすよ?」
俺はその言葉を聞いて横目でチラリ、とテオドールを見る。
先程まで俺を殺そうとしていたとは思えないほどのその落ち着きように俺は少し違和感を覚えた……が、どうやらもはや俺の事を殺そうとは思っていない様だった。
「……それは有難いですが……なぜ、俺を助けたんでしょうか」
俺がそう疑問を投げかけると、ウェスタさんはニヤリと笑う。
「悪いっすけど、それは言えないんす。……こちらにも都合がありましてね……。ただ、まあカノンさんは我々にとって重要な存在なんすよ」
「……俺が、ですか?」
俺はテロリストと接触するのはこれが初めてである。
重要な存在と言われても、意味がわからない。
先程から分からないことばかりであった。
「まあ、とりあえずカノンさんは彼に殺されるといことはもう無くなったと思ってもらって大丈夫っす……そうっすよね?」
「……ふん、そうせざるを得まい」
ウェスタさんにそう聞かれたテオドールはそっぽを向いた。
「……」
訳が分からないが、とりあえず生き残れたといことに安堵する。
この状況では上手く思考が働かないと思っていたのだが、どうやらそれは個人差があるらしい。
少なくとも俺は何も考えられ無くなる、というほどに酷いものではなかった。
俺は軽い笑いを浮かべているウェスタさんを見る。
テロリストという事で警戒をしていたが、理由はどうあれ俺の事を助けてくれたことから感謝をする。
ーー案外いい人かもしれない、俺がそう思った瞬間……しかし、それは裏切られる事となった。
「ーーでも、
「……え?」
彼、ウェスタさんの言ったその言葉に俺は惚けたように、思わずそう返してしまう。
そして、それはどう言うことか……と聞こうとしたその瞬間、俺の背後……遥か向こうから、まるで天地を割ったと錯覚するほどに強力で、凶暴な咆哮が大地を揺らしながら俺の耳を襲った。
更にもう一度。
『グラアアアアアアアアアアアァァッッ!!!』
思わず耳を塞ぎたくなってしまうほどに恐怖を感じさせるその咆哮。
俺はすぐさま、後ろを振り返り見た。
ーーここから数百メートルほど先に居るその魔物を。
全長はおよそ十メートルほど。深紅と言っても良いほどに深い赤色を持つ鱗に長い首。手足や口から生えている全てを貫くほどと思わせるほどに鋭く長い鉤爪と牙。更には背中には双翼が生えている。
その魔物が持つ両眼でひとたび睨まれただけで、一流の戦士でも、あまりの恐怖で竦んでしまうだろう。
それほどに濃密な死の気配を漂わせている、まさに恐怖の象徴。
そして俺は以前、レイラから教わったという事でその魔物について知っていた。
「……レッドドラゴン」
この世界において最も最強の種族であり個体数が少ない『
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