第37話 【大暴走と黄道十二星座 17 】

「ど、どうしてレッドドラゴンがここに……?」


 俺はそんな疑問を抱かずには居られなかった。


 俺は既に数時間近くこの戦場にいたが、レッドドラゴンなどという化け物はいなかったはずである。


 危険度はA。

 小国ならば壊滅させられる危険性のある危険度だ。


 そんな魔物がいたのならば、その巨体と強さなどから俺が気づかないはずがなかった。


「……まさか」


 俺はその事実に一瞬呆然としてしまったが、直ぐにウェスタさんとテオドールの方を振り向く。


 考えるのが苦手な俺だが、さすがに予想はできた。


 ウェスタさん……彼が何かをしたのだろう、という事は。


 余りにもタイミングが良すぎるのだ。


「……あのレッドドラゴンがいきなり現れたのはウェスタさんが関係しているんですよね……」


「ええ、そうっすよ」


 そうあっけらかんとした様子で話す彼。


「一体どうやって……」


 俺は思わずそう聞いてしまう。

 ウェスタさんは俺とテオドールと少しの間だが、今までこの場で話していた。


 レッドドラゴンとこの場所までは少しの距離もある。


 という事で、俺は一体ウェスタさんがどのようにして、レッドドラゴンを呼び寄せたのかが思いつかなかったのだ。


 ……が、既にその答えはテオドールが先程話していた。


「転移っすよ」


 ウェスタさんがそう言ったことで、俺は騎士団長とテオドールの会話を思い出す。


(確か……テオドールも転移でここまで来たとか言ってたな……?つまりはテオドールもあのレッドドラゴンもウェスタの霊装神器の能力でここまで連れてきたのか……)


 転移……つまりは空間を操る霊装神器という事だ。


 空間を操る霊装神器はとても希少なものだ。


 俺の身近にはレイラがいるのでそれを失念しがちだが、世界に五人居るか居ないかというレベルである。


 その内の一人がウェスタさんということになるのだろう。


「……どうしてそんなことを!?」


 もはや先程から訳の分からないことばかりだ。

 テオドールのこともウェスタさんの事も。


 何故、帝国をそこまで壊そうとするのか。

 何故、ここまでして帝都を侵攻しようとするのか。


 俺がそんなことを考えていると、ウェスタさんが口を開いた。


「……ああ、何か勘違いしてるようっすけど、あのレッドドラゴンは帝国を壊すために用意したものじゃないっすよ?」


「……何を」


 ならば何のためにあのレッドドラゴンをここに呼び寄せたというのか。


 わざわざ霊装神器の能力まで使って。


「あれは言わば君のために用意したものっす」


 ウェスタさんは俺をじっと見据えながら、そう話した。


(……俺のため?どう言う事だ?)


「何故あのレッドドラゴンをここに呼び寄せた事が、俺のために繋がるのでしょうかね」


 俺は耐えかねたように、そう話した。


 それもそうだろう。

 俺と彼は初対面で更には敵同士。


 俺の為、とかそんなことを言われたところで信じられるわけが無い……ただただ混乱するだけだった。


「さっきも言ったっすけど、資格があるのかどうかを見極めるためっす」


「……資格?」


 そういえば、ウェスタさんが先程そんなことを言っていたような……。


 資格……しかし、ウェスタさんが言うそれは何の資格なのか?


「それは一体……」


『ガアアアアアアアアアアァァッッ!!!』


 俺がウェスタさんにそう聞こうとした瞬間、俺の背後の少ししたところにいたレッドドラゴンが動き出した。


「……!?」


 俺はそのまま背後のレッドドラゴンに目を向ける。


 レッドドラゴンは背中にある大きな双翼をその場で広げ、そのまま空中を飛行。


 レッドドラゴンのその様子に自身の霊装神器を構え、戦闘態勢に入る冒険者や騎士たち。


 ……がしかし、そんなことは全く持って無意味だった。


 その瞬間、レッドドラゴンの口から閃光のような光が漏れる。


 意識した時にはもう遅い。


『ガアアアアアアアアアアァァッッ!!!』


 そのまま、レッドドラゴンの口から光が集結したようなブレスが大地めがけて放たれた!!!


「なっ……!?」


 俺はそのあまりのスケールの大きさにそう驚愕せざるを得ない。


 文字の通り、レッドドラゴンのその一撃だけで、あまりの熱量に大地が蒸発したのだ。


 ブレス攻撃という事で、そこまで範囲は広くはなかったが、今の一撃で数十、あるいは数百の冒険者や騎士たちが死んだのは火を見るより明らかだった。


「……まあ、なんでもいいんすけど……カノン君は行かなくていいんすか?今のを見てわかる通り、あのままじゃあそこら辺にいる人全員死んじゃうっすけど」


「貴方がそれを言いますか……っ!」


 俺はウェスタさんのその言葉に苛立ち……いや、大きな怒りを覚えた。


 ……まるで他人事のような物言い。

 あの死の象徴であるレッドドラゴンは彼が呼び寄せたものであるのに。


「まあ実際、俺っちは帝国の冒険者達がどれだけ死のうとどうでもいいことなんすよ」


 しかし、彼は相変わらずの様子で肩を竦めながらそう話す。


 最早この時点で俺は理解した。


 やはり、彼も帝都を侵攻しようとするテロリスト。


 最初は良い人だと思ってしまったが、実際はそんなことはなく、人の命をなんとも思っていない犯罪者。


 俺と彼が分かり合う事など不可能だったのだ。

 

(っ!!いや……そんなことよりも、今はあのレッドドラゴンをどうにかしないと)


 しかし、俺はそんなことを考えていたが、すぐに我に返った。


 今はウェスタさんの事よりも、今もなお死をまき散らしているあのレッドドラゴンをどうにかすることを、優先しなければならない。


(……幸い、この時間で動ける分ぐらいの体力は回復したな。……でも、何とかって感じだ。激しい戦闘は不可能だし短時間でも厳しいけど……ただまあ、戦うことぐらいならできそうだ)


 俺はウェスタさん達と話している間に、体力が先程までと比べて回復しているという事を認識すると、すぐさま地面から世界樹の木刀を引き抜き、そのまま立ち上がる。


「ふぅ……」


 そのまま深呼吸で、乱れた体の調子を整えた。


 筋肉を解し、身体に流れる生体電流を整え……と言った感じに。


 そうして、レッドドラゴンの下へ向かう準備が整った俺は最後にウェスタさん達を睨む。


「……いくらテロリストでも俺たちは同じ人間。話し合えば分かり合えるとまでは行かなくても、互いのことを考えることぐらいは出来ると俺は思っていたんですけどね。……俺は学びました。貴方たちとはどうやっても分かり合うことは出来ないと」


「……そりゃそうっすよ。というか、今になっても本気でそんなことを思い込んでいたのなら、それはおめでたいとしか言えないところだったっす。俺っち達は今はテロリストっすよ?分かり合えるはずがないっす」


 俺は彼を、彼は俺を睨みながらそう言う。


 そんな俺たちの様子を見て、テオドールは特に何かを言ったりはしないが、俺のことをジッと見ている事は分かった。


 俺はそんなテオドールを一瞥……いや、睨んだのだが……テオドールは動じない。


 どうやら、テオドールもウェスタさんと同意見の様だった。


「……俺は弱いと言うことを今日、実感させられました。貴方たちには敵いませんしね。……けど、俺はいつか貴方たちを超えてみせる、倒してみせる。……俺はどんな理由があろうとも、帝都を混乱に陥れた貴方たちを許さない」


 俺は拳を握りしめながら、ウェスタさん達にそう言い切ってやった。


 これは、俺の偽りなしの本心。

 そして、ウェスタさん達テロリストへの宣戦布告でもあった。


 そんな俺に対し、ウェスタさん達は何か言い返してくると思っていたのだが、しかし彼らは特に何か反応を示したりはしない。


 ……で、あるならば、もはやここにいる意味などはなかった。


「では、これで俺は失礼します」


 俺はそう言って、ウェスタさんにぺこりと一礼する。


 確かに許せない相手ではあるが、テオドールから俺の命を救ってくれた一応、命の恩人ではあるのだ。


 すると、彼は俺を見て驚いたような表情を浮かべたが、俺はそれを無視。


 そのまま彼らに背中を向けて、俺は一直線に走り出した。


「くそ……間に合ってくれよ」


 体力はある程度は回復したが、全快にはまだ程遠いのだ。


 という事でこの後、恐らくはレッドドラゴンとも戦うことを考えると、体力の配分ペースを考えなければならない。


 そうなると、こうやって走るのにも全力を出すことなどはできない。


 ここからレッドドラゴンがいる地点までは、そう距離がある訳では無いが、俺は走りながら……しかしどうしてもそう呟いてしまった。




 ◇ ◇ ◇




 カノンがレッドドラゴンの下へと向かって行くのを呆然と見送る……いや、見つめるウェスタ。


 そんな彼に向かって、テオドールは話しかける。


「しかし、この私と戦った後にレッドドラゴンとの連戦はなかなか厳しそうじゃないか?」


 テオドールのその呟きにウェスタは「……ああ」と我に返ったように答えた。


「まあ、そうっすね。多分……いや、今の彼では確実にレッドドラゴンを倒せないっす」


「……大丈夫なのか?カノンが持つは我々の計画に必要なものだ。……それに所有者、カノンも必要だろう?このままでは、レッドドラゴンに殺られて死んでしまうのではないか?」


 テオドールのそんな危惧。

 しかし、ウェスタはそんな必要はないと笑みを浮かべながら答える。


「大丈夫っすよ、いざとなればあれが出て来ますし……」


「あれ、とは?」


「はい。まあ、詳しくは本部に帰ったら話すっす。……それよりも」


「……どうした?」


 ウェスタは何かを考え込むようにしている様子を見せる。


 こんな彼を見るのは初めての事であったテオドールはそれよりも重要な事があるのか?と思ってしまったのだが……


「見たっすか?カノン君、俺っちに向かってお辞儀してきたっすよ?憎むべき相手なのに……なんだか、不思議な子っすねぇ……」


「……はあ?」


 テオドールはそんなウェスタの言葉に呆けた返事しか出来ない。


 こいつは何を言っているんだ、と。


「あれ?面白くないっすか?敵であるはずの俺っちにお辞儀をする……いくら、命の恩人とはいえっすよ?……あの子の思考構造はどうなってるんすかねぇ」


 しかし、そんなテオドールの様子をものともせずにウェスタは語った。


 テオドールはため息を吐くが、このようになっているウェスタはまともに相手するだけ無駄だと知っているので、まともに相手をしたりはしない。


「はぁ……いいから早く行くぞ。新兵器の実験も済んだ。さっさとリーダーに報告をして、私は読書をしたいんだ」


「え?……あ、待って下さいっす!」


 そうしてテオドールは踵を返し、歩き始める。

 そんな彼を見て背中を追いかける、ウェスタ。


 そうして真っ暗な闇の中へと進み……次の瞬間、初めから誰もいなかったかの様に両名の姿は消えたのだった。

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