第38話 【大暴走と黄道十二星座 18 】

「っ!……くそ、これは酷すぎるだろう」


 ウェスタさんが霊装神器によって呼び出したレッドドラゴン目掛けて、俺があの場から走り続けてはや数分……。


 レッドドラゴン吐き出した炎のブレスによってドロドロに溶けている大地や、焼け焦げている魔物や人間の死体などを見て、俺がそこで発した第一声がそれだった。


 結局何かは分からなかったが、テオドール達が起こしたあの爆発も相当に酷いものだったが、この光景はそれと同じか……あるいはそれ以上に酷いものであった。


 あのテオドール達が起こした爆発は炭化して真っ黒になるという物だったが、レッドドラゴンのあのブレスは炭化させるのでは無く、地面や死体をまるで粘性の強い液体のようにドロドロに溶かすという物だったのだ。


『ギャギャギャギャギャギャッ!!!』


「ちっーーぜぁっ!!」


 俺はその光景に少し呆けてしまったが、その瞬間背後から敵……つまりは魔物が俺に向かって攻撃してくるのを察知し舌打ちしながら半歩横にズレることで避ける。


 そしてそのまま世界樹の木刀を横薙ぎに一閃。


 ゴキュン!!と、首の骨が砕かれ、そのまま後ろに吹き飛ばされた。


「……危なかったな。やっぱり戦場で油断をするのはダメだな、後ろを取られる。……注意しないと」


 俺はその死体を見る。


「……しかし、それにしても」


 そして、俺は顔を顰めながら言う。


「っ……痛ましいな」


 俺が思わず、そう呟いてしまったのは襲ってきた魔物……俺の腰ほどの大きさのゴブリンだったのだが、そのゴブリンの至る所が酸がかかったかのように、こちらもまたドロドロになっていたからだ。


 恐らくはレッドドラゴンのブレスをその身に受けたのだろう。


 しかし、ブレスから距離があったのか絶命はしない。


 痛みが虎を襲う中、それでも絶命することが出来ずに、俺に襲いかかってきたのだった。


「……せめて安らかに眠ってくれよ」


 身体の至る所を溶かしながらも、人に襲いかかってくるその様は、痛ましいとしか俺は表現する事が出来ない。


 よって、俺にはそんなことを思うのであった。


「っ!……まさか、あれはレイラか!?」


 しかし何時までもそんな事を考えている訳には行かない。


 という事で、俺は顔を上げて、そのまま辺りを見渡していると、ここから数百メートル離れた地点で、レッドドラゴンと戦っている冒険者や騎士たちの中にレイラがいることが確認できた。


 数百の戦士がいるが、その中で最も腕が立つのがやはりレイラ。


 主戦力として、レッドドラゴンと渡り合っていた。


「……レイラの強さは知ってるけど、ここまでの連戦でかなり疲弊しているはず……。また離れ離れになってしまったからな、心配したけど……本当に良かった」


 俺は大きな安堵をするが、すぐに「……いや」と我に返る。


 そのまま世界樹の木刀を右手でぎゅっと握りしめる。


 その瞬間、俺は一直線にレッドドラゴン目掛けて、走り出した。


 この速度、この距離……恐らくはレッドドラゴンまで、十秒もしない内に到着するだろう。


(今は安心してる場合じゃない!!……俺もだけど、レイラの動きが目に見てわかるほどに鈍い。……いくら体力が回復したからと言って、連戦すればすぐに体力が無くなるのは当たり前だ。……俺もすぐに向かわなきゃ!!)


 俺は特に構えたりなどはせず、風の抵抗に阻まれないように、上半身を前かがみにし、そのまま両腕の力を抜きながら走り続ける。


(……正直今の、右手しか使えない上に疲労が蓄積してる俺が一人で挑んでも、レッドドラゴンには勝てない……レイラと二人がかりで挑んでも、恐らくは勝てないだろう……でも)


 俺はさらに加速。


「それでもやるのが、俺の憧れた冒険者だ!!」


 そうして、踏破。


「な、なんだぁっ!?」


「魔物?……いや、人だ!?」


 そうして、レッドドラゴンと戦っている冒険者達や騎士たちの間を縫うようにして走り抜ける俺。


 そのまま跳躍。空中で体勢を整えながら、レッドドラゴンの首元をロックオン。


「はああああああぁぁあぁぁああっ!!!」


 俺はそこ目掛けて、世界樹の木刀を全力で振るう。


『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?』


 いくら疲弊しているとはいえ、俺の全力を持って放たれたその一撃。


 完全に不意をつかれたレッドドラゴンはそれに耐えられるわけがなく、そのまま衝撃から吹き飛ばされてしまった。


「……カ、カノン?」


 そんな急な登場をする俺を呆然と見るレイラ。


「加勢するよ……レイラ」


 俺は微笑を浮かべて、そう返す。


 こうして、俺はレッドドラゴンに初撃としての一撃を食らわせたのだった。




 ◇ ◇ ◇




「大丈夫か、レイラ?」


 俺の事を見ているレイラに、そう声をかける。


 本日二回目のこのやり取り。


 そういえば、テオドールと戦う前にもこんな事があったな、と考えた。


「あ、うん。……カノンはどうしてここに?あの男の人はどうしたの?」


 レイラは気にかけるようにして、質問してきた。


 その様子に、俺の事を心配してくれている様な気がして、俺は少し嬉しく、恥ずかしくもなったが気を取り直して答えた。


「負けたよ、もはや清々しい程に。まあ、彼に殺されそうになったんだけど……色々あってね、俺はなんとか命拾いをしたんだ」


 少し省略し過ぎな気がしないでもないが、今は時間が惜しいので、それは今度とさせてもらおう。


「……で、そしたらレッドドラゴンが現れたからな。……どこまで力になれるかは分からないけど、こうして加勢に来たという訳さ」


 俺は世界樹の木刀を構えながら、そう答える。


 俺が先程吹き飛ばしたレッドドラゴン。

 しかし竜種の持つ鱗はとても固く、俺の本気の一撃は大したダメージは……というか、全く効いていない様子であった。


 そんなわけで、レッドドラゴンはすぐに体勢を整え、こちらを威嚇し続けてきていた。


 しかし、俺は気落ちなどはしない。

 確かに思うところはあるのだが、そんな事は今考えても仕方ないのだ。


「そう、まあいいよ。それは後で聞かせてもらうから」


「ああ」


「……それよりも、あのレッドドラゴンどう?今の私達じゃ勝てないと思うけど」


「そうだな。俺もそう思うけどさ……」


「うん。この場で一番強いのは私達。……やるしかないよね」


 そう言って、彼女も霊装神器を構える。


 余計な会話などはしない。

 俺たちはすぐさま、戦闘準備を完了させた。


『ガアアアアアアアアアアァァァ……』


 唸る。唸る。唸る。

 レッドドラゴンは濃密な死の気配を纏わせながらこちらを睨んできた。


「……な、なんて威圧感なんだ!?」

 

「ひいいいいいいいいぃぃぃっ!!!」


「は、は……は。終わりだ。俺たちはここで死ぬんだ……」


 先程までよりも圧倒的に恐怖を感じさせるそれ。


 その証拠に、俺たちの後ろにいた冒険者や騎士はそれを直に浴びて、恐怖からそんなことをその口から漏らしていた。


 しかし、それも無理ないだろう。


 もしここに一般人がいたのならば、恐怖やショックのあまり心臓が停止するろう、それほどであるのだから。


「……っ!」


 が、俺達は少し動揺はしたが、特に怯えたりはしない。


 レッドドラゴンのその様子は、こちらを品定めするかの様なものであったからだ。


 まるで、この程度で怯えるのならば自分と戦う資格はないと言わんばかりに。


 そう。この程度を恐れるならば、話にすらならない。


「そんな気はサラサラないけど……もしかしたら今日、この場所が俺達の死に場所かもな」


「うん。そうだね」


 俺たちはそんな軽口を叩き合う。


 こんな状況でも軽口が叩きあえる……既に俺達の精神は少しおかしくなっていたのだろう。


 余裕が無さすぎて余裕が生まれた、みたいにだ。


 そのまま、俺達の睨み合いは続く。


 最早そのあまりの威圧から、今……この場でまともに戦えるのは俺とレイラぐらいなものであった。


 それを感じたレッドドラゴンは品定めが済んだのか、


「……っ」


 俺がそう息を飲んだ瞬間……


『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』


 最早聞いただけで鼓膜を破り、その意識を麻痺させるかのような咆哮をあげながら、こちらへと突っ込んできた。


 背中の双翼をも使い、一瞬で距離を詰めてくる。


 そこから放たれるのは鋭い鉤爪を使ったドラゴンクロー。


「っぅ……!!」


 俺達は反射的にそのドラゴンクローを避ける。


 俺は後ろにバックステップをする事で、レイラは大きく上に跳躍をすることで、だ。


 レッドドラゴンの持つその大きな図体。


 大きさ等関係ないとばかりの速度で俺達との距離を詰めてきたレッドドラゴンだが、それは今の俺達では普通、認識することの出来ない速度であった。


 ならば何故か?


 その答えが巨大な図体であった。


 正直その巨大な図体を持ちながら、閃光のような速さで動けるという事に文句を言いたくなったが、しかし俺達がそれを避けることが出来たのが、その図体のおかげだと言う事実に、戦闘中だが苦笑してしまいそうであった。


 そうして地面に着地後、両名同時に二方向から攻撃を仕掛ける。


「……っ!!行くぞ、レイラッ!!!」


「うん!!」


 そのまま雷が落ちたかのような轟音と共に、俺たちはレッドドラゴンと間合いを詰めたのだった。

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