第34話 【大暴走と黄道十二星座 14 】

「いやはや……凄まじいとしかいいようがないな。……今の一撃、一歩間違えれば私はやられていたかもしれないだろう。どうやら、お前の事を子供ということで侮っていたらしい。非礼を詫びよう」


 彼……テオドールは己の手に握る霊装神器を地面に走らせながらこちらをじっと見据える。


 今、俺は彼を倒す一歩手前まで追い詰めたと言っていいだろう。


 彼はその事実に対して考えさせられたのか……俺に向かってそう言ってきたのだった。


「それは有難いんですけど……それよりも、出来ればさっきの出来事のカラクリについて教えて欲しいんですけどね」


 さっきの出来事のカラクリ……つまり、テオドールが何かを呟いた瞬間に俺の動きが鈍くなった事についてだ。


 全く意味がわからない。


 俺の頭の中は先程からそのことばかりで埋め尽くされていた。


 俺がそれを危険視するのも当然だ。もし、その能力が連発出来るならば、今後の戦いにおいて、俺は圧倒的に不利となるからだ。


「ふむ。……簡単な事だ。よく考えてみろ」


 テオドールは諭すように俺にそう話す。


「考えると言っても……」


 後一歩で倒せるという所で、彼が何かを呟いた瞬間に、何か俺に不快な力が干渉し、動きのキレが無くなった。


 俺は頭をうねらせるが、そのについては何も……


(……まて、俺は今何を思った?彼の能力……)


 先程の言葉を思い出す。


 テオドールの霊装神器の能力は『支配』。それで魔物達を操って『大暴走スタンピード』を人為的に引き起こしたという事を。


(……まさか)


 その瞬間、俺は辻褄の合う一つの考えが思い浮かび、ハッとした表情となって、彼を見た。


 俺のその表情を見たのだろう。……彼は凶悪とも言える笑顔で答える。


「思いついたようだな。私の霊装神器の能力は支配。……もちろん、その中には人間も含まれている」


 そのままテオドールは先程の事について話す。


「私は先程カノン……お前の身体、いや攻撃そのものを支配しようとした。『動きを止めよ』というふうに。……それで結果的にああなったという訳だ」


 俺はその、あまりの衝撃的な内容に目を見開く。


 テオドールの支配は魔物だけではなく、人間にも有効である様だ。


 簡単に言ったが、これはとんでもなく凶悪な能力である。


 人間も自由に支配できるということなら、国同士で戦争を起こさせるなどのとても大きい規模の事を、容易に……更には片手間で行うことだって出来る。


 その能力一つで、簡単に世界のバランスを崩すことができるという事だ。


 能力一つで国を圧倒する。……そんな言葉が良く似合う能力であった。


 しかし、それと同時に俺は一つ疑問を覚える。


「貴方は俺の事を『動きを止めよ』と言うふうに、命令……いや、支配したようですけど、動きが止まると言うよりは、結局は太刀筋が少し鈍っただけでしたよ?」


 そう、テオドールが俺を支配しようと発した言葉と、その結果の内容はそれぞれ異なっていた。


 そこまでの強制力を持っていないのか?と、思ったが、現に支配されている魔物達を見て俺は違うか、と考える。


 すると、その俺の言葉に彼は少し困惑したように答えた。


「そうだ、私が驚愕を覚えたのはその事についてだ。……カノン・シュトラバイン、お前は何者だ?」


 しかし、すぐに鋭い眼をして俺にそう問いかけてくる。


 だがいきなりそんな質問をされて、今度は俺が驚愕する番だった。


「何者、と言われましても……俺は先日田舎から出てきたばかりの、ただのランクD冒険者です。」


 俺は嘘なく正直にそう答える。


 しかし、彼は俺のその答えが気に入らなかったのか、眉を少し顰めた。


「私の支配はとても大きな強制力を持っている。……しかしもちろん、全ての者を支配できるという訳では無い。……存在値の『格』が、上がれば上がるほど私の支配を受け付けなくなるのだ」


 自身の、どこか芸術的な美しさを孕む霊装神器を見ながらそう話す。


「私はそのことを『抵抗レジスト』と読んでいる。……現に今回の『大暴走スタンピード』の魔物達はどれも雑魚ばかりだ。そして、先程も言った通りこれは存在値が低ければ、人間にも適応される」


「しかし……」と彼は言いながら、さらに話した。


「その支配もカノンには通じなかった。……いや、通じたは通じたがすぐに『神聖属性』の力をもつナニカに阻まれて、私の支配はあのような中途半端な結果に終わってしまったのだ。……故に私は問いかける。お前は何者だ?……まさかお前は根源に『神霊しんれい』を飼っているのか?」


「……一体何を」


 俺はテオドールが話すその内容にわけが分からず、戸惑いからそう呟くしかない。


『神霊』だとか『神聖属性』だとか、色々と聞いた事のないような単語ばかりだ。


 しかしテオドールの説明から察するに、どうやら俺には彼の能力である支配が効かないらしく、その原因であるのがそれらの単語が示すものだと思われる、ということだろう。


(もしかして、この世界樹の木刀のおかげだろうか?『神聖属性』や『神霊』、どちらも神が着いているし……世界樹だったら神というのも納得が出来る)


 俺は手に握られている唯一無二の相棒……世界樹の木刀を見ながらそう考える。


 すると、テオドールはしまった、という何か失敗をしたような表情となった。


「口が滑ったな。……本来なら機密事項であるのに、思わず色々と話してしまったな」


 そう言って彼は霊装神器を片手で持ち、構える。


「おしゃべりはここまでとしよう。……ますますカノンを活かしておく理由が無くなったな。自業自得とは言え機密事項を聞かれたんだ。そしてあの力量。……やはりお前はここで殺しておく必要があるようだ」


 その言葉に俺は意識を切りかえて同じく構える。


 そして、いつも以上に気を引き締める。


 先程のようにいつの間にか……というか一瞬で間合いを詰められれば、俺はまたもや防戦一方となってしまう事は軽く予想出来た。


「……せいぜい全てを用いて足掻いてみるといい」


「ええ、そうさせてもらいます」


 俺達は互いに、軽口を叩き合う。


 その瞬間、テオドールの姿がまるで霞のようにぶれ、一瞬にして消える。


 先程俺との間合いを詰めた、閃光というのも生ぬるいほどの圧倒的な速さを持つ移動だ。


 ……が、しかし先程までは目視すら出来なかったそれだったが、慣れたのか耐性が付いたのか……思考が加速する中、モノクロの世界で俺はそれを何とかだが捉えることが出来ていた。


(やっぱり速い。いや速すぎる。さすがの身体能力だ。……でも、俺も負けてはいない。身体能力で負けるのならば剣技と技術で補えばいい話で、さらには世界樹の木刀こいつもある。出来れば使いたくないけど、もはや四の五の言ってられない)


 かつて一億年もの間存在していた世界樹が創りしこの木刀に備わる『特性』の一つ。


 高い身体能力を持つテオドールと戦う際にはかなり有効なカードの一枚となるだろう。


 ……が、時間制限や特にその後の副作用があるため俺はなるべく使うことを避けていたのだが、もはや一度目の機会を逃してしまった以上、それを使わなければ一欠片の勝機もない。


(……テオドールに勝って皆を守るためなら俺はなんだってする。……さあ、行こう。……思い出せ、俺と世界樹の木刀こいつとの修行の日々を!!)


 俺はそう考えながら『活性』を用い、全身を活性化させて、テオドールの攻撃に対応するため動き出す。


 更にもう一つ、世界樹の木刀が持つ固有の能力……ある『特性』を発動させた。


 それによって俺の身体が全身、ほのかに輝く。


 体内に溜め込みきれないエネルギーが可視化しているのだ。


 そうして、身体能力が大幅に増大する。


 もちろんこれでテオドールのそれと対等に立てるとなどは微塵も思ってはいない。それほどに元々の地力には差があるのだ。


 ……が、しかし唯一優っていると思われる剣技と技術を併用して用いれば、それにも勝るにも劣らない戦いができるであろうと俺は考えていた。


「──ふぅっ!!」


 その様にして、俺とテオドールの戦いの第二ラウンドの幕が開けたのだった。




 ◇ ◇ ◇




「はああああああぁぁっ!!!」


 こちらへと超高速で飛び込んで来て、霊装神器を袈裟斬りに放ってきたテオドール。


 俺は真正面から防ぐのではなくて、最小限の威力で彼の霊装を真上に跳ね上げるようにして、世界樹の木刀を振るう。


 筋力にも大きな差があるということで、俺はそのような選択肢を取ることとしたのだった。


 そして、その目論見は見事に成功する。


 彼の霊装神器から見て、斜め下方向……その角度から軌道を描いて迫る木刀が見事に霊装をはね上げたのだ。


「何!?」


 彼はそれに驚愕。当たり前だ。先程までと比べて俺の身体能力が格段に上がっていたのだから。


 絶対に防がれないと思っていた一撃。かなり本気であろうその一撃はギリギリだったが、俺に防がれた。


 俺が先程使った二つ目の、世界樹の木刀の特性は『昇華しょうか』というものである。


 これはこの世界樹の木刀を起点として、周囲に存在する自然エネルギーを全て取り込み、持ち主の体内で循環させるというものだ。


 自然エネルギーとは空気、雨、太陽光や風などの自然が織り成している現象に含まれる穏やかな性質をもつエネルギーの事である。


 俺がいつも使っている『活性』は決して永遠に発動できるものでは無い。


 世界樹の木刀に内包されている自然エネルギーを用いて使用しているのだ。


 そして、俺は先程『昇華』を使い、空気中の自然エネルギーを全て吸収。……よって、階位が段階的に上昇し、それに伴って身体能力も大幅に増した……という訳だ。


 しかし、俺はこの特性を普段から乱発したりはしない。


 先程も言ったように副作用があるためだ。


 当たり前だ。強引に身体能力を上げているのだから。


 端的に言えば効率が悪い。


 まずは疲労感だ。今の自分自身では出すことの出来ない出力を強引に出しているのだ。


 恐らくは……と言うか、百パーセント1時間もすれば全ての筋肉に負荷が掛かり、痙攣。


 数日はまともに戦えない身体となっているだろう。


 更には自然エネルギーの枯渇。これも同じく、エネルギーの枯渇によって、世界樹の木刀の特性はしばらく使えなくなる。


 それでいて時間制限もあり、それが長くて約十数分程。


 要するにこれは解釈の仕方として、未来から力を借りてくる技というものなのだ。


 ……が、しかしここまでしないとそもそも戦いにならない……ということで俺は苦渋の決断でそれを使用する事を決めたのだった。


 霊装神器を真上に腕ごと跳ねあげられたテオドールは胴が隙だらけとなる。


「──ぜああっ!!!」


 俺はその瞬間を逃さずに、世界樹の木刀を横薙ぎに一閃。


「甘いわっ!!」


 ……が、テオドールはそれを後ろに大きく身体をそらすことで回避する。


 更に、彼はすぐに地面を蹴ってこちらに急接近までした来た。


「支配剣術ー盟神探湯くかたちッ!!」


 彼はそう言って、まるで水が流れる様なしなやかさで三連突きを放ってくる。


(速っ!?)


 俺は、本気を出してきたのか今までのそれらよりもピカイチに早いその刺突を見て、目を見開く。


 一撃目、二撃目は何とか世界樹の木刀で軌道をずらし、いなすことが出来たのだが、三撃目のそれを俺はいなすことが出来ずに、左肩に深々と霊装神器が刺さる。


「ぐうっ!!」


 俺は痛みからそう声を漏らす。


「何をしたのかは知らないが、先程とは比べ物にならない程に身体能力が増加しているな……だが、届かない。私はとお前とでは、そもそも戦いに費やしてきた時間が違う!!」


 彼はそう叫び、俺の肩から霊装神器を引き抜く。


 そして、そのままトドメの一撃か、力の籠った逆袈裟を放ってきた。


(確かに彼の言う通り、そもそも生きている年数が違うし、剣に費やしてきた時間も違う……けど、)


 完璧なタイミング、そして間合い。いくら俺の上がった身体能力でも避けられない。


 なら迎撃すれば良い話。


 ……そして、俺はそんな中でも放てる一撃がある。


「貴方には負けられない!!」


 俺はそう言い、技の奥伝である『秘剣』を使う。


「一式ー『天叢雲あめのむらくも』ォォッ!!」


 俺の持つ最速最強の一撃……身体能力が増しているおかげで、いつものそれよりも圧倒的な一撃であった。


 それを見たテオドールはその速度に驚愕しながらも防御体勢を取ろうとする。


 ……が、既に遅い。


 テオドールの横脇腹に『天叢雲』がこの戦い初めてクリーンヒットする。


 ようやく与えたダメージらしいダメージ。


「ぐおおぉっ!?」


 そうして、彼はそのあまりの勢いを殺すことが出来ずに……そのままもろに吹き飛ばされていった。

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