第26話 【大暴走と黄道十二星座 6 】

 ギルドマスターから状況の説明が終わり俺とレイラが執務室から退室した後、すぐに俺達は冒険者ギルドから出て、ギルドマスターに言われた通り……帝都の防壁の東の方へと走り続けていた。


 冒険者ギルドから出ていく際にお馴染みの受付嬢であるカレラさんが、少し涙目でれから戦地へ赴く俺の事を心配してくれたが、俺だけ逃げることなど出来ないので俺はこうして走り続けている。


 あの時のカレラさんは理屈じゃなく、かなり感情的で行動していたような気がする。


 だから、俺のことを心配して、あのような行動に出たのだと思う。


 よって俺はカレラさんに至極真っ当な正論で、行かなければいけないということを説明した。


 そして、感情的に動いていた彼女はそれに反論する方法が無かった。


 最終的に説得するのに少し時間がかかってしまったが、カレラさんは「……分かりました」とだけ言った後に「……絶対に死なないでくださいね」と、俺の手を握りながら話してきた。


 俺には女性と接したことがあまりない為、免疫もあまりついていないと思う。


 ということで俺はこんな状況でありながら、その行為に顔がのぼせあがるほどに緊張してしまったが、隣にいたレイラの凍えるような冷たい視線で、我に帰ったのだった。


(いや、俺が緊張するのもしょうがないじゃないか。フローラルか何か甘い匂いもしたし、顔も近かった。……いやでも、あれは本当に怖かったな。もしかしたら、ゴブリン程度ならあの視線だけで殺せるかもな……)


 俺はそんなことを考えながら、数メートル跳躍する。


 俺とレイラが今走っているのは、道路ではなくて建物などの屋根の上だ。


 一刻も早く向かわなければいけないということで、時間短縮のためにこのようにしている。


 ……がしかし、丁度都合よく屋根が道のように繋がっているわけが無い。


 ということで、これ以上は進めないということを判断したら、別の屋根に飛び移るようにして、移動していた。


 足場はかなり不安定だが、鍛え上げた体幹や技術を使えば大きな問題はなく進むことが出来る。



 そいして進むことさらに数分、俺は移動しながらレイラに声を掛けた。


「後、どのぐらいだ!?」


 移動を開始して既に十分ほどが経過しているが、戦闘が始まったせいで、先程から様々な種類の振動音や爆発音、魔物達の雄叫びの声が聞こえ始めていた。


 ギルドマスターは勝算があると言っていたが、それでもかなり厳しい戦いとなるはずである。


 俺は焦りの気持ちが生まれ、そうレイラに問いかけた。


「もう結構進んだ。ここから帝都防壁までの距離から見て……多分あと数分もすれば到着できると思う」


「数分か。……長いな……っ」


 普段なら数分を長いと思うことなどはないだろう。


 ……が、今この状況だとその数分はとても長いと実感させられるものだった。


(くそっ!……早く)


 俺はどうしてもそんなことを思わずにはいられない。


 先程魔物達の方向などが聞こえ始めている、と言ったがこの距離になると、それだけではなく微かにだが人が発する悲鳴や怒声が聞こえ始めていたのだ。


(……っ)


 俺は腹を括る。


 俺は一刻で早く着くために、と世界樹の木刀の特製がひとつ『活性』を使用し、身体機能を活性化させた。


 すると身体が軽くなったかのような感覚に俺は陥った。


 ちなみに、聴覚能力は意図的に活性化させていない。


 そうしてしまうと、より鮮明に音が聞こえるようになってしまうためだ。


 この状況で『活性』を長時間使い続けることになれば、かなりの精神的疲労が俺に襲いかかるためこれまでは使用を控えていたのだが、先程までとは違い俺は焦りから、もはやそのようなことは考える事が出来ていなかった。


「カノン!?」


 俺は先程までよりも、一層速い速度で一心不乱に駆け抜け、跳躍し、走っていく。


 その時に俺の後ろからレイラのそんな声が聞こえたが、彼女には悪いが俺はそれを無視し、常人では目視すら不可能なほどの速さで駆け抜けていく。


「邪魔だっ!!」


 俺は走るためには邪魔な障害物があると、躱す時間も惜しい、とばかりにそれらを殴りつけ、蹴り飛ばし、といったふうに破壊して行った。


 壊したそれらの所持者には悪いが、今は緊急事態ということで、これが終わったら必ず弁償しにいくので許して欲しい……そう考える。


 そのようにして走り続けること約二分……。


「……ようやく、着いた」


 ……そうして俺は目的地である帝都防壁に到着したのだった。




 ◇ ◇ ◇




 帝都防壁へとたどり着いた俺はすぐさまその場で天に向かって跳躍をして、防壁の上に降り立つ。


 高さ自体は二十メートル程ということもあって、『活性』で身体能力も上がっている俺ならば、そこまで苦労するような高さではない。


 防壁の厚さ自体も五メートル程はあったので、降り立つにも十分な広さであった。


(戦況はどうなっているんだ!?)


 俺はその動きのまま、遂に帝都の外側で行われていた人と魔物の戦いの、その光景を目の当たりにした。


「うっ……!?」


 俺が目にした光景……それは俺の予想を遥かに超えて、まさに混沌や絶望と言った負の単語でしか形容できない程に、酷いものだった。


 俺はそれによって気分が悪汚染され、つい反射的にそう唸ってしまう。


 まさに地獄絵図……という表現が最も正しいのだろう。


 防壁の高さゆえにかなりの範囲を見渡すことが出来る……そうして俺が見たものは、防壁の下の地面に……広範囲に渡って魔物や人間達の死骸が嫌となる程に転がっている、というものだった。


 人間は魔物によって、魔物は人間によってそれぞれ殺戮され、そのまま放置にされている死骸たち。


 その様子は不気味なものばかりだった。


 何かに四肢を引きちぎられて、胴体と頭だけとなって死んでいる……まさに惨いとしか呼べない死体や首や四肢、胴体などが見てわかるほどに逆方向や、人間の構造上絶対に曲がらない方向に曲がっている死体などがあった。


 更には死んですぐに死後硬直が始まったのだろう。


 例えば人間。彼らの顔には死んでもなお未だに絶望や驚愕、悲しみなどという感情が伺える表情が浮かんでいた。


 首を切断され死んだものは、生首が笑っていると言うものも中にはいくつか存在し、一般人が見れば失神してしまうほどに衝撃的なものだった。


 いや、それらはまだマシと言えるものなのだろう。


 もっと酷いのでいえば、様々な者に踏み潰されたりしたのか、もはや生物としての原型を留めておらず、ぐちゃぐちゃなに肉と体液が混ざりあって、肉塊……肉団子のようにされ、放置されているものもあったのだから。


 ……そして、もっとも目に焼き付くのがそのおびただしい量の深紅の鮮血であった。


 もはや地面が見えなくなるのではないか……と疑問に思うほどの量の鮮血が海となって、死骸からたれ流されていたのだ。


 恐らく数としては百なんてものでは無いだろう。


 最低でも数百……あるいは千を超えてしまっているかもしれない。


 幸いその死骸の大半が魔物達のそれであり、人間のものはそこまで多くなかった。


 しかしそれでも地獄絵図ということに変わりはなかった。


「くそ、さすがにこれは酷すぎるだろう……」


 俺がその光景に目を囚われていると、この頃になってレイラが到着する。


「これは……」


 彼女がこの場所に到着して、初めて発した言葉がそれだった。


 俺がチラリと横目で見てみると、いつもは冷静沈着の様子の彼女もさすがに不快感を持っているのか、露骨に顔を顰め嫌悪感を表していた。


 ……しかし、レイラは俺とは違って呆然とすることはなく、数秒もすると「ふー」と深呼吸をしながら俺に話しかけできた。


「カノン、ぼさっとしてないで早く行こう」


「……え?」


 俺は反射的にそう返す。


 俺はこの光景を見てから上手く思考が働かず、戸惑いなどの感情などが渦巻き、そう反応してしまったのだ。


「……私達がここで時間を無駄にした分、死人が増えるって言う事」


「いや、なんで……」


 レイラは先程までの様子が嘘だったかのようにしてそう話した。


 俺はレイラが何故そこまで淡々とした様子で話せるのかを理解出来ず、そう返す。


 すると彼女は、


「……カノン、あれを見て」


 そう言って、ゆったりと指を指した。


 俺が言われたままに、彼女が指さしたところを見てみると、そこでは未だに多くの冒険者や騎士たちが魔物達と戦っている様子が伺える。


 そうすると、レイラはどこか儚げな様子でさらに話した。


「私達は強い。実績もある。そして私達がこんな所でのうのうとしている間にも勇敢に戦っている冒険者達がどんどん死んでいく。そして、私達も帝都を守るためにあの魔物達と戦わなければいけない……それが冒険者としての義務、分かる?」


「……」


 彼女の言葉に俺は何も言い返せなかった。


「あそこで死んでるたくさんの人達も魔物と勇敢に戦って死んだの。彼らにも親しい友人や家族、恋人なんて言う大切な人がいたはず。……さぞ、無念なことだったと思う。……だから、彼らの分も私達が戦って、生き延びなきゃいけない」


 そうして最後に一言を話す。


「力を持つ強き者は、力を持たない弱き者を助ける義務がある」


「っ!」


 レイラのその一言は、俺の心を揺さぶるには十分な衝撃を持っていた。


(……確かにレイラの言う通りだ。そう、俺は守るために強くなった。……それなのに、そんなことも分からないなんて、焦りから冷静に物事を考えることが出来なくなってたな……)


 俺はレイラの言葉を聞き、戦うためにここに来たのに立ち尽くしてどうする、と自分を叱責する。


 そして、自分の未熟さを自覚すると、俺は自分で自分の頬にバチンッ!と平手打ちをした。


「っぅ……」


 かなりの力で平手打ちを行ってしまったため、俺はその痛みからそう声を漏らしてしまう。


(あ、さすがに強すぎたかも……)


 まあ、俺はかなりの痛さにそんなことを思ってしまったが、それによってぼうっとしていた意識を覚醒させる。


「え?……カ、カノン?」


 先程までのシリアスな雰囲気が一転。


 レイラは俺のそんな様子を見てどうしたのか、というふうに狼狽えていた。


 そんなレイラに俺は微小を浮かべながら、話しかける。


「ありがとう、レイラ。君のおかげで目が覚めた目が覚めた、とでも言うべきなんだろうね。……やっぱり君が俺のパーティメンバーでいてくれて良かったよ」


 俺は自分の正直な気持ちを改めて伝えた。


 レイラがいなければ、恐らく俺はそのままずっとショックを受けて、呆然としていたに違いない。


 レイラがいたからこそ俺は立ち直ることができ、死者のことよりも今生きている人達のことを考えるべき、という意識に切り替えられたのだから。


「え?あ、うん。それなら良かった……」


 レイラはその言葉に少し照れからか俯きながらそう言う。


 なんとも言えない気まずい空気が流れたが、「こほん……」という咳払いをしながらレイラは話す。


「じゃ、じゃあカノンももう大丈夫そうだし、私は先に行ってくるから……」


 俺にそう言い残し彼女はこの防壁からトンッと地に降り立つと、そのまま戦場へと流石と言える速度で向かっていく。


 彼女は少し動揺している様子だったが、俺は戦地に着く頃にはいつも通りのベストコンディションになっているだろう、と考えた。


(まあ少し心配がなくもないけど、冒険者や騎士たちも沢山居るし、魔物達もそこまで強い個体は存在していなさそうだし大丈夫か)


 ということで、俺もすぐに戦場へと向かう準備をする……その瞬間、俺は気づいた。


「……いや、俺とレイラの二人で戦う予定だったのに、離れ離れになったら意味無くないか?」


 ギルドマスターに二人で互いをカバーし合うように、と言われたのでここまで来たのにレイラはどういう意図か先に行ってしまった。


 戦場地では魔物や冒険者、騎士達が多く行き交っておりその中からレイラ一人を探し出すことは簡単なことではないだろう。


 その様子を予想し、俺は少し萎えそうになったが……何とか気持ちを持ち直す。


「まあ、レイラだからな……。とりあえず急いで追いに行くしかない、か」


 俺はそんなことを呟きながら、向かう準備をする。


 今から向かうのは命と命のやり取りが多く行われている戦場……いわば俺は殺し合いをしに行くのだ。


 もちろんそんな事が楽しみだという訳では無い。


 ……が、もはや俺のホームと言えるこの帝都を守るためだと、自分を奮い立たせる。


「……よし」


 俺はグッと拳に力を入れ、覚悟を決める。


 そうして防壁から跳躍して大地へと降り立った俺は、そのままの足で戦場まで駆け出したのだった。

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