第30話 【大暴走と黄道十二星座 10 】

「お前たちには悪いけどっ!俺達が勝たせてもらうよ!!」


 俺はまずこちらに迫り来るオークを相手することとした。


『ブモオオオオオオォォッ!!!』


 そうして振るわれる丸太のごとき太さを持つ緑肌の腕。


 豚だが、人型の魔物ということもあって、空手で言う正拳突きを自慢の力に任せて放ってきた。


 オークは防御力と共に攻撃力もかなりのものがある。


 もしここでそれを躱せば、その威力故に地面が陥没してしまう恐れがあり、俺はまだしもレイラに迷惑がかかる可能性があった。


「ーーぜあっ!!!」


 ……ということで、俺はただ躱すのではなく、半身横に移動し、その動きのままこちら目掛けて振るわれている腕を世界樹の木刀を円を描くように振るい、パァン!とまるで破裂したかの様に消し飛ばした。


『ブモオッ!?』


 俺は木刀を円に振った動きのまま、遠心力を用いてオーク横腹に木刀を叩き込む。


 本来なら脂肪がかなりの防御力となるのだが、俺には関係ない。


 オークはそのまま空を切り裂きながら吹き飛ばされていき、別のオークとぶつかり合って絶命する。


 一回の攻撃で複数匹の魔物を倒す。数が圧倒的に不利な以上、俺はそうすることを決めていた。


 その動きのまま俺は、こちらに迫り来る俺の腰ほどのサイズ狼の口から木刀を突き刺し、脳天を砕く。


『オンッッ!!!』


 刹那の間の隙をついて右方向から同じ種の狼が襲いかかってくる。


 が、俺はそれにわざわざ反応したりはしない。……いや、する必要がなかった。


「カノンはやらせない」


 その瞬間、すかさず俺の隣にレイラが超高速で現れる。


 そのまま『有翼の龍蛇アジ・ダハーカ』を一閃。狼の首元を抵抗なしに切り裂いた。


 常人には体捌きすら見えない程の速度で殺された狼。痛みも恐怖も味わう暇なく死んだのだがら、それは幸運と言っていいかもしれない。


 今の攻防を見てこの場にいる魔物全てが本能的に、今の俺達には逆立ちしても叶わないということを悟ったのだから。


 しかし、凶暴化している精神が逃亡を許さないのだろう。


 彼らは逃げ出したいのに、逃げ出したくないというどこか矛盾しているような感情を心に抱いている。


 そして次第にそれは恐怖と変わっていくのだった。


(やっぱりレイラがいると戦いやすい!!余計なところに気を回さずに済むから、集中出来る……)


 今度は俺がレイラに襲いかかる魔物を木刀で吹き飛ばしながら、そんな事を思う。


 そうして避けては攻撃し、というサイクルを繰り返していく。


 瞬間、空から鳥の魔物が三匹、こちらへと身体ごと突撃してきた。


 その鳥が持つ鋭利なくちばし。その鋭利さならば、柔らかい人肌など容易く貫かれるだろうが……それは当たればの話である。


「ーーふっ!!!」


 一匹目は後方にバク転をする、二匹目を体を上手く拗じることで、そして最後の三匹目は姿勢を限界まで……それこそ大地スレスレまで低くして、その全てを避ける。


「そのまま地面に突撃してくれればいいんだけど……」


 上空からの一直線突撃を避けた俺はそう呟くが、どうやそう簡単にも行かないらしい。


 彼らは俺に避けられたと判断するや否や、急旋回。進行方向を瞬時に変え、またもやこちらへと突撃してきた。


『クルルルルルゥゥッ!!』


 そして、学習。


 今度の攻撃はそれだけではなく、大きく広げた翼から三匹全てが、俺に向かってその羽を一つ一つ発射してきたのだ。


 その数、全て合わせておよそ百前後といったところである。


 もちろん速度的な問題などで、避けることは出来るが、しかしそこにレイラの援護射撃が入る。


「ーー龍蛇の輝きグランツ・ダハーカッッ!!」


 すべてを切り裂く、最強の斬撃がそのことごとくを撃ち落とした。


 百と言ったが、その羽達は狙いも何も計算されていない。俺に当たるのはその内でもおよそ五十本ほど。


 レイラは瞬時にそれを計算して、正確無比に一つ一つをその霊装神器で空間ごと消滅させていった。


「レイラッ!!!」


「うん!」


 俺はレイラと瞬時に目配せをする。


 それだけで俺が彼女に何をして欲しいのかが分かったようだ。


 レイラは特に攻撃などせずに、その場に低く超高速でしゃがみ込む。


 そうすることで、俺が木刀を振る際に彼女を巻き込む可能性を無くすのだ。


 しかし俺達はそんな行動を起こしている間にも辺りの魔物たちが、一斉にこちらに攻めてきた。


 無駄としか思えない行動をした俺たちを見て、どうやらここで倒さなければ自分たちに未来はないことを悟ったようだった。


 俺達が相手をしていた鳥だけではない。狼、蛇、馬など、その場にいたほとんど全ての魔物が一斉攻撃をしてきたのだ。


 波状攻撃とも言える一斉攻撃。その膨大な数が一気に攻め込んできたならば、いくら俺とレイラでも、捌くのには苦労するだろう。


 上方からも来る魔物達。どこを見渡してもこちらへと魔物達が襲いかかってくる。


 この数相手にこの状況で回避は不可能。


 ならどうする?


(……簡単だ。その全てを迎撃すれば良い)


 しかし、レイラは俺の指示により、その体勢から霊装神器を振るうことは出来ない。


 ということは、俺一人でこの全てに対応する必要があるわけだ。


 傍から見ればそれは不可能。


 というか俺自身れどれだけ頑張ってもこの数の暴力の前では、速度的な問題で間に合わず……せいぜい数十匹仕留めるのがいい所だろう。


 不可能……そう思っている。


 ーーが、それは普通にやればという話だ。


 そして、俺はまさにこの状況下だからこそ真価を発揮する、到底普通ではない技を持っている。


 秘剣一式ー『天叢雲あめのむらくも』は切り裂いた空気や抵抗、そしてその衝撃波すら……全てを乗せて一刀で放つ太刀である。


 故に最も速く、強い一撃。


 そして、今から使う技はその応用技。


 本来ならば太刀に上乗せするはずの全ての力を、そのベクトルを全て外向きに変え、乱雑にその上強力な指方性を持たない衝撃波と暴風として広範囲に放つ。


 斬ることを目的としていない故、鋭さは全くと言っていいほどに無いが、その分広範囲に破壊的な一撃を食らわせる。


 敵の数が多ければ多いほどに効果は発揮する技だ。


 その性質上、敵からこちらに向かってきていないと真価は発揮しないが、今回の場合はほとんどの魔物が俺達へと向かってきている……全てクリア。


 俺はついに魔物達がかなりの距離まで近づいてきたその瞬間、世界樹の木刀の持ち方を変え、握りしめてから振る。


秘剣一式ひけんいちしきあらたー『十拳剣とつかのつるぎ』ッ!!!」


 俺はそのまま、その場で一回転する。


 レイラがしゃがんでいなかったら、彼女にも恐らくはこの攻撃は当たっていただろう。


 またもや超高速により、今度は木刀の残像が幾重にも重なり一つとなる。


 その瞬間、圧倒的威力の衝撃波と暴風が襲いかかってくる魔物達全てを飲み込んだ。


『ギャャャャャャッッ!?』


『ガアアアアアアァァァッ!!?』


『クルルルルルゥゥッ!?』


 自身の前方から襲いかかってくる、とてつもない衝撃と風……彼らはその威力に踏ん張ることなど出来ずに……ろくに抵抗できないまま、ボールのように吹き飛ばされていく。


 そう、全ての魔物がだ。


『天叢雲』とは違い『十拳剣』は力を全方向に分散させるということで、単体に与える威力は天と地ほどの差がある。


 一匹一匹が強力であるならば、衝撃を放つだけのこの技は恐らくは大して効力を発揮しないだろう。


 ……が、しかし今回の『大暴走スタンピード』の魔物たちはそのほとんどが強くない。脅威なのはその数だけであった。


 と言うことで、そのような有象無象を対処するために存在しているこの技はとても相性が良い。


 そして、吹き飛ばされていく彼らの辿る結末は先程と同じである。


 そう、俺がここに突進をかけた時に吹き飛ばされた魔物達と、だ。


 辺りに隆起している壁に次々とめり込んでいく魔物達。めり込む……とまでは行かなくても、崖岩に当たれば、その速度と威力故に血肉を撒き散らしながら、一瞬で絶命する。


 ただまあ、全てが全て崖岩のところまで吹き飛ばされる訳では無い。


 攻撃範囲は全方位だが、分散した力の大きさはそれぞれ異なっている。


 よって、崖岩までは吹き飛ばされないという魔物達もそこそこ居たのだが……結局はまともに受け身も取れずに……というか、反応出来ずに固い地面を何度もバウンドしながら、絶命していく。


「ふぅ……」


 俺達の周りには死体は全く無く、その全てが暴風によって吹き飛ばされ、崖岩の……端の方に集まっていた。


 レイラと俺が戦闘を始めてから数分……初めは百匹以上存在していた魔物達も、その頃には無残な姿へと変えられて、その全てが死体と化しているのであった。




 ◇ ◇ ◇




「思ったよりも早く終わったな」


『十拳剣』で魔物達全てを吹き飛ばして絶命させた俺。


 戦闘が終了したといことを実感すると思わず、感想としてそう呟いてしまう。


 それは俺の率直な意見だったのだが、俺の隣で立ち上がったレイラは俺にどこか微妙な視線を向けてきた。


「早くって……それはカノンだから。普通はこんな数相手だったらもっと時間かかる」


「まあ、そうなんだろうけど。実際こうなったんだからさ」


「ん……。今の技も秘剣?」


 レイラはこてん、と首をかしげながら聞いてくる。


「まあ、そうだな。あれは一式の応用で、秘剣・あらたっていうんだ。まあ、派生技ってとこかな」


 俺はそう話すと同時に、『十拳剣』の原理や効果について説明する。


 そして、それを聞いたレイラは今度は眉間に眉を寄せる。


 美少女はどのような表情をしていても美しいのだが、こうも渋い顔をされると俺も嬉しくはない。


「はあ。やっぱりカノンは化け物なんだね。私には手加減してた?」


「いやいやいや。レイラ相手に手加減する余裕なんかなかったから。それに、これは相手が複数じゃないと本当にに効力を発揮しない技なんだよ」


「……まあ、良いけど。私としては、カノンと……仲間とカバーし合うっていう感覚もなかなか上手く掴めたと思うし」


 俺が慌てながらそう返すと、レイラはいつも通りの様子でそう返す。


 そして、それについては俺も同感だ。


 実際レイラと共に戦ってみて、やはり仲間とカバーし合いながら戦うというのは、とても有意義なものだという事を実感した。


(やっぱり年長者の言うことは素直に聞いておいた方がいいんだよなぁ。……正確な歳は分からないけど、ギルドマスターは『耳長種エルフ』だから長い時間を生きているだろうし……)


 そうしてふと俺は本来の目的である一つを思い出す。


「そういえば、ギルドマスターが言っていた黒幕っていうのはどうなったんだ?……話ではここに現れるって言ってたけど」


 彼の話し……まあ勘だが、それによるとこの『大暴走スタンピード』を引き起こした黒幕は、この東の地点に現れるという話だった。


「さあ?」


 レイラも分からないといった様子でそう言ってくる。


(やっぱりギルドマスターはああ言っていたけど、勘が外れたのか?)


 俺はそう思う。


 まあ、とりあえずこれ以上ここに留まって考え込んでいても仕方ないか……と考え、レイラにはやく戻らないか、といことを提案しようとしたその瞬間……少し離れた地点でこの地点からでも見る事の出来るほどの規模の大爆発が起こる。


「な、なんだっ!?」


 それにつられて、衝撃からグラグラと地面が揺れる。


 ギルドマスターの執務室で感じたそれと同じだ。


「レ、レイラッ!」


「ん……。これは不味いね。カノンの思ってる通りかも。早く行かないと」


 俺達はすぐさま意思疎通を図り、爆発の地点へと移動し始める。


 すぐさま跳躍し崖上へと降り立つ。そして、そのまま俺達は全力に近い速度で疾走して行った。


 大量の木々が邪魔であったが、俺達はそんな中、木々の隙間を縫うようにして移動し、難なく進む。



 そうして、数分後……俺達は木々の通りを抜けて、帝都の防壁辺りへと出る。


 ここは先程、レイラの所まで案内してくれたレフィーアさんと出会った場所の辺りであった。


 同じ道筋だったが、行きと帰りで時間が違うのはひとえに身体能力の差が出たのだろう。


 そして、俺はレイラと目配せをした後、その身体能力を使って爆心地へと走って行く。


 しかし、ここから目的地まではそこまで大きい距離は空いていない。


 せいぜい数分程度……というところだろう。といことで俺達はそこまで時間をかけずに目的地点へと到着した。


 しかし、俺はその光景を見て目を見開ながら驚愕する。


 煙が渦巻いていて全てを見ることは出来ないが、一面、黒、黒、黒。


 もはや焼け野原としか表現することが出来ない程に真っ黒であったのだ。


 更には魔物や人間と思われる死体も数多く転がっていることが分かる。


 ……思われるというのは、俺はそれがよく分からなかったからである。


 大爆発のあまりの熱に、全身はプスプスと焼け焦げ背景と同化するほどに真っ黒となっており、更には様々な部位が炭となってボロボロと原型を留めていなかったためだ。


「な、なんだこれは……」

 

 俺はこの現象を引き起こした何かを考える。


 真っ先に思いつたのは、人類の敵である魔物だ。


 ……が、しかし魔物に関しても、天災とも呼ばれる危険度Sオーバーという神にも等しい程の存在でもなければ、このようなことは引き起こせない。


 俺はその事実に絶句してしまう。


 ……レイラも同様に。


 この頃になると俺達と同じで大爆発に引き攣られてきたのだろう、数多くの冒険者や騎士達が、ここへとやってきて、この地獄絵図に、またもや同じように絶句している様子が窺えた。


「う、あれ全部……魔物と人か?」


「な、何が起きたんだ?こんな黒焦げの焼け野原になって」


「なんだ……?魔物が自爆でもしたのか?」


「いや、でも普通のやつが百体自爆したところで、ここまでの規模の爆発は起こせねぇだろ……」


 彼らからはあの爆発について、戸惑いの声が多く上がる。


 魔物の中には死を確信すると、敵もろとも道ずれに自爆するものもいくつかいるらしい。


 意見の中の一つにそれではないのか、というのもあったのだが、他の騎士がありえないことを伝えていた。


(魔物と人の大量殺人……本当に一体何があったんだ?)


 俺がそう思うと同時に、




「ふむ。惜しいが、正確には少し違うな」




 という低い声色の声が爆発地のちょうど真ん中あたりから響いた。


 ……


 俺達はその声に反応し、反射的に視線を向ける。


 大爆発が怒ってからまだそう時間は経過していないため、かなりの量の砂埃や煙が漂っていたのだが、それを切り裂いてゆっくりとこちらへと歩いてくる人影を俺達の眼は捉えた。


(なんであそこから人が……いや、まさか!?)


 大爆発が起こり全て生物が死んだはずであるのに、その範囲内からこちらへと出てくる、筋骨隆々な男。


 身長は俺よりも少し高く、恐らくは百八十センチほどで、ライトブルーの短髪を持ち、かなり厳つい顔立ちをしている。


 そして、特徴的なのが、その瞳に秘められている驚くほどの残虐性。


「ちっ。あヤツめ、このようなところに転移させるとは」


 その男は小声で何かを呟きながら、俺を含めたこの辺りに集まっている騎士や冒険者達のことを一瞥する。


 その男を俺は知らない……が、彼を見た瞬間、俺の頭の中で全てのピースが繋がり合った。


 そう、ギルドマスターの言葉からその事実が指し示すことはただ一つ。


「あの男が、この『大暴走スタンピード』を人為的に引き起こした、黒幕だって言うことか……?」

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