第41話 【侯爵家と炎帝の学院編入試験 1 】

『小童よ、そろそろ目覚めの時であるぞ?』


「……え?」


 いきなり聞こえたそんな声に、俺はすっとぼけたような返事を返してしまった。


 全てが真っ白な空間。

 地面も、空も、辺りも全てが空白の白。


 そんな中に唯一存在する物として、俺は立っていた。


 何処からか聞こえてくるそんな声に俺は困惑する。


「……えと、貴方は誰でしょうか?……どこにも姿が見えないのですけど」


『ほほほ、それはそうであろう。今の我は言わば精神体。……肉体など、持っておらぬよ』


「……精神体?」


 俺はその言葉に疑問を覚えたが……すぐに考えるのをやめて、過去の記憶を思い出そうとする。


「たしか俺はレイラと共に、レッドドラゴンと戦っていたはず……あれ?でもそこからの記憶が無いぞ……?」


 そう。レッドドラゴンのブレス攻撃を受けてからの記憶が存在していなかった。


 俺はその事を思い出し……


「というか、ここは何処だ?なんで俺はこんな真っ白な空間にいるんだ?」


 俺はさらに、そう困惑した。


 しかし、俺のその呟きを聞いていたのだろう。

 疑問の表情を浮かべている俺に対して、謎の声が話す。


『ほれ、安心せい……教えてやろう。小童……お主はあの竜の吐息を受けて、それまでの疲労と相まり気絶したのだよ』


「そうだ、気絶……!」


 俺はその声を聞いて、鮮明に思い出した。


「俺が気絶してから戦場はどうなったんですか!?……レイラは無事なんですか!?」


 俺はハッと気づき、謎の声に焦りから思わずそう聞いてしまう。


 俺のそんな問いに、天からか地からか……何処からか聞こえてくるその声は慈愛のようなものを含みながら、答える。


『あの場にいた者は全て無事であるよ。……なんせ、この我が直々に出てやったのだからのぅ』


「……直々に出た?」


『うむ。そして、ここはお主と我が創り出した精神世界。先程も言うたが、我は肉体を持たぬ。小童……お主と話をするにはこれしか方法があらんのだよ』


「ここが……精神世界?」


 先程から、謎の声から放たれる言葉に疑問を返すばかりだ。


 いきなりの状況に、何が何だか理解ができていなかったのだ。


『それに気絶したと言うたがその後、お主は過労から一度死んだのだぞ?我がいなかったらお主、今頃は冥府におろう』


「一度死んだっ!?」


 さらに追い打ちをかけるようにして、爆弾発言。

 俺は思わず叫んだ。


 いきなり現れた謎の声。

 普通ならそんなことを急に言われても信じることなどは出来ないが、しかし何故か事実だという事が、感覚的に分かってしまう。


 だから俺はここまで驚く。


『うむ、そうだ。……と、話が脱線したのう』


 コホン、という咳払いと共に、更に何処からか声が響く。


『先にも言うた通り、目覚めの時が近づいておる。我がこうして話しに来ているのは、我の存在を不用意に話してはならんことを警告するためよ』

 

「そればどういう……」


『恐らくは我が表に出たことで、お主はこれからいくつかの厄介事に巻き込まれる事になるやろが……、しかし、決して我の存在を公に他人に話してはならんぞぃ?』


 一言一言に力を込めながら、声がした。


「……どうしてですか?」


 俺はそもそも話自体をよく理解できなかったが、とりあえずその理由を聞いておく。


『ん?我が世界樹の意思……神であるからよ』


 ……え?どういう事だ?


「せ、世界樹の意思って……いつも俺が使ってる世界樹の木刀のって事ですか?」


『そうだ。我こそかつて世界を支え続けた世界樹の意識……神である。……分かったら今後は我を敬うが良い』


 どこからか自信満々な様子で響く、声。

 愛武器の世界樹の木刀に実は意識があったということに驚く俺。


 不思議な武器であるとは思っていたが、しかし3年の修行でもそのような素振りは全く無かった。


「というか敬えって……いくらなんでも図々すぎませんか?」


『何を言うか!!ならばもっと丁寧に、大切に扱うことを意識せよ!!……お主がいつもいつも雑な扱いをするせいで、我もこんな思いをしておるというのに……』


 まあ、確かに世界樹の意思にも一理あると感じた俺。


 意識なんて物があると知っていれば話は別であったかもしれないが、そんな物があるとは知らずに、ぶん投げたりと、雑に扱った記憶はかなりあったのだ。


「そ、そうですね、それはすみませんでした。これからは善処します……」


 確かに悪かったな、と俺が世界樹の意思に謝ったその瞬間……ドクンッと言う感触と共に意識が遠のく。


 レッドドラゴン戦で気絶した時同様、とても心地よい感覚であった。


「っ?これは……」


『時間という事だの。お主は現実世界へと戻されるのだ。夢から覚める』


 ぐるぐるぐると、天地も何も無いが、まるでそれが逆さになるような感覚。


『再度警告するが、我が表に出たことは絶対に言うでは無いぞ。一度でも認めてしまえば、力を手に入れようと幾人もが小童を狙いに来よう』


「……力……を?」


『本当に信頼できるものならばまだ良いのだがな。……それともう一つ。今回の顕現で我は力を使いすぎたのよ。同調が完了していない現状、しばらくは小童と会話することすらままならん』


 俺は最後に薄れゆく意識の中……聞いた。


『だが、我はいつでも小童を見守っておるぞ?お主は力を手に入れ、自由となった。信じる道を突き進めよ、小童。もし失敗しても、我が尻拭いをしてやるからの』


 世界樹の意思はそう言い残して……俺の視界は色が逆転。

 真っ白から真っ黒と化す。


「……ああ」


 抵抗に抵抗し、なんとかそれだけを振り絞った俺は……そのまま意識がブラックアウトとした。




 ◇ ◇ ◇




「……ん」


 俺は目を瞑っている状態からでもわかる程の、太陽の光の眩しさから目を覚ます。


 ぼうっとしている頭のまま、キョロキョロと辺りを見渡す。


 どうやら、この部屋に設置されている窓から降り注いでいる太陽の光であったようだ。


「ここは……」


 俺はベットに寝転がった状態から、上半身だけ起き上がる。


「……ぐあっ!?」


 しかしその瞬間、とてつもない痛みが俺を襲った。


 不意打ちとあって、声を我慢できずについそう漏らしてしまう。


 ジクジク、ズキズキと痛み続ける全身。


 感覚的にだが、傷が痛むなどというものでは無い。

 筋肉が強引に引きちぎられるようで、痛い。


 そんな感じであった。


「ふっ、ふっ、ふうぅっ……」


 しかしすぐに動きを止めてそのまま停止していれば、少しの時間がかかったが、徐々に痛みが引いていく。


「はぁ……」とため息を吐く頃には、かなりの痛みが無くなっていた。


「これはあれだな……。とてつもなく酷い筋肉痛って感じだな……」


 俺は天井を見上げながら、思わずそう呟く。


「まあ、頭も覚醒してきたし……いいか」


 今襲いかかってきた痛みで、俺はぼうっとしていた頭や身体が徐々に覚醒していくのが分かった。


 頭が回転し始める。


「……は!そうだ、世界樹の意思は!?」


 俺はハッと思い出したようにして、そう言いながら、もう一度辺りをキョロキョロと見渡す。


 ……が、そこに広がるのは果てしなく続く、真っ白な空間ではなくただの部屋であった。


「そうだ……たしか、あそこは精神世界とか言ってたっけ……?世界樹の意思も言っていたように夢みたいな物なのか……」


 俺は精神世界であの声が言っていた内容を思い出した。


 俺は何か張り詰めていたものが緩み、ポスンとベットに横たわることとした。


 少し痛みがあったが、しかしそれは我慢できる程度だった。


「現実世界に戻ってきたんだな……というか、ここは何処だろうか?」


 俺は見慣れない部屋という事で、疑問を抱いたが……


「ああ、何処かの病室か……」


 先程見た辺りにある器具や光景……そして、俺の身体にある治療の後を見て、そう予想した。


「はぁ……とりあえず、何が何だかよく分からないからな……まずは考えるとするか」


 俺は腕組みをしながら、少し難しい顔をして呟く。


 一応あの精神世界の中で、世界樹の意思に何が起きたのかは教えてもらったといえば、教えてもらったが、よく容量を掴めていないところもいくつかあったのだ。


 しかし、これは俺が悪いというものでは無いと思う。


 気づいたら真っ白な空間にいて、混乱する中……謎の声から一方的と言っていいほどのペースで説明を受けた。


 元々考えるのが苦手な俺は時間もあって、所々しか掴めていなかった。


「でも、何から考えれば良いのか……」



 俺が悩みからそう呟いた、その瞬間……ガチャという音を立てながら、この部屋の扉が開いた。



 俺はゆっくりと扉の方を見る。

 扉が空いて、その隙間から風が吹き込んできたが、関係ない。


「……あ」


 掠れた声で俺はそう漏らしてしまう。

 向こう側も、俺の事を見て少し驚愕しているようだった。


 そこに立っていたのは美しい少女。

 それも俺のよく知る。


 サラサラと美しい金髪が靡く。

 少し目を見開きながら、驚愕していてもとても美しい。


 思わず襲いたくなるような……しかし、大切にしておきたいとも思う程の美しさを持っている少女。


 そして、その手には色々な果実が入っている少し大きめの籠が握られていた。



 少しの間、無言が場を支配する。


 ……しかし、俺はハッと我に返るとすぐに聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の音量で呟いた。


「……レイラ」

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