第2話 【冒険者育成学校の退学 2 】
時間が経つというのはとても早いことで、俺が学校を退学してから1週間が経過した。訳あって学校を退学となった俺だが、これまでは学校に付属していた寮で生活をしているのは知っていると思う。
しかし、退学となった俺がこれ以上、利用できるはずもない。また、王都にコネクションやらがある訳でもない俺は行く宛てがないという事で、退学となった俺が向かっているのは、故郷である田舎の村であった。
だがしかし、王都から村までは大きく距離があり、到着するまでかなり時間がかかるものだ。
俺はあの日、王都でなんとか馬車に乗せてもらい、今もまさに馬車の中で座っている。とても痛い出費となったが、必要経費ということで我慢するしかないのだろう。うーん。圧倒的に、お金が足りない……。
そしていかんせん、することがなくて眠気がすごい。
俺は暇さえあれば木刀を振りたくなるのが、しかしこの狭い馬車の中では、そんなことが出来るはずがないだろう。先程から、心の中ではもどかしい気持ちでいっぱいだ。弱い俺には、鍛錬しか存在していない。もはやそれは無意識のうちに根付いているものである。
「はぁ……」
俺がため息混じりにウトウトしていると、タイミングよく前方の方から御者が声をかけてきた。
「そろそろ着きますよ」
「え?あ、はい。分かりました」
戸惑いながらも、俺はその一言で眠気が吹き飛んだ。
ふぅ……やっと着くのだ。
付属している窓から外の景色を何となく眺めてみると、確かにどこか見なれた光景がそこには広がっていた。おもに草木や自然しか存在していないが、しかし独特の雰囲気というものがそこにはある。
数年ぶりの景色だが、しっかりと俺の脳裏には焼き付いており、覚えていた。忘れるはずがない。ようやく帰ってきたのだ、俺の故郷に。
そうして上機嫌のまま揺られることさらに1時間、ついに俺は故郷であるシャール村に到着した。
シャール村は主に農業が盛んの村である。
人口は1000人もおらず、そのほとんどが老人という高齢化が進んでいる。
周りは山に囲まれており、見渡しても緑、緑、緑と木々が多く存在している。しかしたまに山から魔物が降りてくるのが問題点であろう。まぁただ、魔物が降りてくると言ってもそこまで強いものではなく、息を潜めてやり過ごせば人間への被害は皆無であろうので、特に騒ぎ立てるほどのことではないが。
また山と自然が付近にあるということで、そのおかげかとても空気が瑞々しく新鮮で、穏やかな良い村だ。
シャール村の入口で馬車が停止すると、俺は御者に馬車賃を支払い、直ぐに村に入っていく。
俺は村を見渡しながらゆっくりと歩いていく。それこそ、カタツムリのようにノロノロとである。
かなり久しぶりの帰省だったので、この穏やかな雰囲気を味わっていたかったのだ。
実際のところ、この村と自然が織り成すのびのびとした雰囲気と自然が祝福してくれているような感覚は俺の壊れかけた心を、修復していっているように感じた。
時折、ちらほら見慣れた顔が目に付いたので、その相手とは少しの挨拶や日常の雑談など、久しぶりに話をする。
老人とは話が合わないというが、実際はそんなことないだろう。なんというか、とても聞き上手なのだ。それが経験なのかどうかは分からないが。スムーズに話出せるので、むしろ話しやすいといっても良いだろう。
「……ん?」
そのようにして、しばらく歩いていると木造建築のある一軒家に着いた。あたりの雑草はぼうぼうに生い茂っており、全く手入れされていないというのが分かる。
お恥ずかしながら、ここが俺の家だ。王都にある学校のそこそこ立派な寮でしばらくは暮らしていたので、久しぶりに見た我が家はとてもボロく見えた。
いやね。見えたというか、実際にボロいんだけどさ。
「でも、これぐらいが普通だよな」
ギィ……と、鈍い音を立てながら俺はドアを開ける。
「汚い……」
案の定といえば案の定だが、掃除もしばらくしていなかったことから、家の中は埃まみれだ。
いや、そもそも帰郷すらしていなかったので、ところどころ金属部位が錆びれたりもしている。
当たり前だが、そんな中で空気を吸おうとすると一緒に大量の埃も吸ってしまい、むせてしまう。間を開けたのはたかが数年ではあるが、しかし俺の家は既に廃墟化していたと言っても良いのだろう。
「……これは掃除する必要があるな。……何となく予想はしていたけど、第1にすることが掃除なんて……。まぁ汚いものを綺麗にするのは嫌いじゃないけど、さ」
汚れたものを綺麗にするのは、まるで自分の心まで浄化されていくかのような感覚を覚える。
そしてまさにベストタイミング。心が虚無化しそうになっている今の俺。少々大変だろうが、掃除でもすれば少しは気が紛れるだろう。
「ぺっ、ぺっ、ぺぇ〜」
そうして物置にあった叩きで、掃除を進めていく。
ただ、掃除と言っても行為自体は数十分程度で終わった。ただ単に、放置され溜まった埃を外に吐き出すだけだったからだ。
時々、ガタが来ている部分も見つけたが、交換するお金もないので、そこは放置しておく。
まぁしかし、時間はそこまでかからなかったが、家の至る所に埃が大量に溜まっていたのだ……足腰はそこそこ鍛えているので肉体的な疲れは特に問題ないが、埃の中に長時間居たという事実が精神的に疲れをもたらす。
「ふー、疲れた。でも、良い事したなぁ……」
ギシギシと音を立てている、半ば寿命を迎えている椅子に座り、汲んできた水を飲む。
労働の後の一杯は格別というやつだ。冷水ということもあり、俺の身体の隅々まで冷ややかさが行き渡る。
ちなみに、俺に両親は居ない。5年間、7歳の時に流行り病で二人とも死んでしまったからだ。
ついでに言うと、祖父・祖母も更に昔に死んでしまっている。もちろん、兄弟がいるとかそういうのもない。という事で、現在この家にいるのは俺一人なのである。
「本当に、寂しい部屋だ。……俺の心みたいに」
背もたれに身体を預けながら、家の中を見渡してみるが、やはり家具は少なくがらんとしており寂しさを感じさせれる。妙な薄暗さも関係しているのだろう。
……そうして、静寂がこの空間を支配する。
──これから、どうするべきか。
俺はこれまで、強くなるために頑張ってきた。
俺はこの世界は弱肉強食だということを知っている。
弱い者は何も守ることは出来ないのだ。
俺はそんなのは嫌だったから強くなろうとしたのだが、その弱さが理由で学校を退学になってしまった。
面白い話だ。
別に、他にどこか行くあてがある訳でも無かったのでこの村に戻ってきたが、やりたい事が思いつかない。
エヴァに言われた農業についてだが、あの時の俺は精神的に不安定でどうかしており、おそらくは一時の迷いのようなものだった。そんな気は、もうすっかりない。
結局どうするのか、とても悩みどころだ。
「頭も良くないし、強くもない。……俺、本当に平凡なんだよなぁ。別に何か特技がある訳でもないし」
……自分で言っていてなんだが、とても悲しい話だ。
そのまま数十分後経つが……俺はまだ悩んでいる。
やはり、なかなか答えが見つからない。選択肢自体はいくつも出るのだが、しかし不可能、現実的では無いという理由でその大半が却下されるのだ。
さらにはずっと頭を使い続けたせいか、かなりイライラが募ってきていた。これでは、出るものも出ない。
「うーん」
俺がそう唸っていると、不意にコンコンと、家の扉がノックされる音が聞こえてくる。
「……はーい、」
誰が来たのかは分からないが、ずっと考え込んでいたので気分転換には丁度いい。頭を酷使しすぎたせいか、わずかながら頭痛が俺を襲う。
──やはり、慣れないことはするべきでは無いな。
まぁ、またもや悲しい話だが、俺は学校で散々ボコボコにされてきたので痛みには慣れている。これぐらいの痛みなら気にする必要は無いだろう。
「どちら様で──」
ゆっくりとノブを握り、扉を開けるとそこには、身長130センチほどの幼女が立っていた。
──否。正確には幼女では無い。
その両耳は人間よりも鋭く長い。サラサラと手触りの良さそうな金髪の髪は、太陽をキラキラと反射している。その顔立ち自体は整っているが、美しいと言うよりも可愛らしいと感じさせる。残念なところといえば、ツルペタごほん!!……など、だろう。
これらのことから分かる通り、彼女は今の世では珍しい長命種、『
「ユーリの婆さん!!」
懐かしい顔に、俺は思わずと言った様子で叫んでしまう。彼女こそ、俺の両親が死んでから、王都に行くまで俺の親代わりになってくれた人だ。
何かと世話焼きで、俺の面倒を見てくれた。
どうやら、父と母とは昔、知り合いだったらしい。
「久しぶりじゃの、カノン」
「あ、うん。本当に久しぶりだね。……と、ごめん。少し興奮しちゃって大声出しちゃった。嬉しくてさ」
「ほほほ。どうやら、おべっかが上手くなったのう」
婆さんは口に手を当てて、ケラケラと笑いながら、楽しげに話しかけてきた。
婆さんとしても、おそらくは俺の顔を久しぶりに見てどこか思うところがあったのだろう。
この婆さんは、幼女のごとき外見と言葉の語尾が合わさり、世間一般で言う『のじゃロリ』や『ロリババア』いうやつに当てはまる。
まあ?俺は1度もそんなふうに思ったことは無いけど。
だがしかし、容貌的には若いが、とても長く生きていることから俺はこの
「どうしてここに?……まぁ後で俺の方から行く予定だったけど、そっちから来てくれるなんて……」
「なーに、たまたま近くを通ったら物音が聞こえただけじゃ。カノンが帰ってきとると思ってな、それでこうしてよっているわけじゃよ」
婆さんを家の中に招き、椅子に座らせて話を続ける。
「物音がしたから来たって……、もし俺じゃなくて泥棒とかだったらどうするのさ?」
「言っちゃ悪いが、この家には泥棒が盗みたいと思うものは無いと思うぞい……」
俺は婆さんの安全を危惧したが、確かにこの家には価値の高いものなどはない無いので、泥棒が来る確率は低い。いや、そもそもこの家というかこの村に泥棒など来ないのだ。
田舎の村とあって警備が行き届いてないとあれば、普通は犯罪者の隠れ場所には最適だろう。しかし、そもそもこの村が存在しているか否か、それすらの認識もあちらではあやふやなため、考えすら及ばない。
それを聞いた俺は「確かに」と苦笑する。
俺と婆さんはその後、しばらく世間話を始めた。
婆さんからは最近、この村で起こった出来事などを聞かせてもらったりした。何気ない日常を感じられたような気がしてとても和む。老人は聞き上手だけでなく、話し上手でもあるのだ。彼女の話はとても分かりやすい。
「……して、今回はどうしたんじゃ?」
「んぐっ……!?」
話が一通り終わると俺が水を飲んでいると、婆さんは唐突ににそんなことを切り出した。いきなりすぎる展開に口に含んだ水を吹き出しそうになったが、なんとか我慢し、苦しみながらも飲み干した。
とても真剣な顔である。
こんなに真面目な様子を見たのは久しぶりだ。
「……どういうことだい?」
俺は婆さんのその言葉を理解出来ずに、疑問形で返してしまった。……いや既に、無意識でうすうすは気づいていたのかもしれない。
「カノンよ、今この時期にこの村に帰ってきたのはなにかあったのじゃろう?お主は本来なら、今は王都におるはずじゃ」
「あ、うん。まぁそれはそうだけど……」
「カノンのような真面目な子が、学校の授業をズル休みするとは思えん。……何かあったのじゃろう?」
鋭い。……鋭すぎるよこの婆さんはさ。
学校を退学になった。俺はその事について話すつもりはなかったが、どうやら婆さんには何かがあったということが、バレているらしい。
あちらから聞かれることがなければ、全てをごまかし有耶無耶にしようと考えていたがどうやら無駄になったようだ。
正直に答えるべきか、しらばっくれるべきかを悩む。
「カノンよ、どうかわしに話してはおくれんか?わしはお主のことを家族と思っておる。……とても心配なのじゃよ」
「……っ!?……ずるいなぁ、婆さんはさ」
『家族』
その言葉を聞いて、俺は過剰に反応してしまった。
血縁関係のある身内がいないことが関係しているのか、一人きりであったことが関係しているのか、俺はやけに家族や仲間というものに飢えていると思う。
婆さんは信頼出来る。家族なら、話すべきだろう。
「……ははは。やっぱり婆さんにはバレるか。うん、実はね……」
これ以上、隠し通すのは不可能だ。というより、今のやり取りで俺自身、隠し事をするのが嫌となった。
──そうして、ポツポツと俺は言葉を紡ぐ。
才能がなかったこと、それが理由で退学になったことなどその他にも色々な話をした。
正直、話の最中は婆さんがどんな反応をするのかがとても不安だったが、婆さんは真剣に俺の話を聞いてくれた。心が、引き裂かれそうに痛い。
ずっとひとりで抱え込んでいた反動が訪れたのだろう。メリットもあればデメリットもある。誰か他の人に話すというだけで、俺の声はだんだんと震えていき、大粒の涙が大量に俺の瞳から零れた。
そして、全て話し終えると。俺が悔しさと不甲斐なさで震えていると。婆さんは先程と同じように、真剣な様子で俺に話しかけてきた。
「……それでいいのか?」
……え?
「わしは、それでいいのか、と聞いておる」
……でも、俺には才能がない。それを学校で知った。
「そんなことは関係ない。今はカノン、お主の意思を聞いているのじゃ。才能云々はどうでも良い。お主がこれからどうしたいのかをわしに教えておくれ」
俺が……どうしたいか……。
「そうじゃ。どうしたい?1度、しがらみを全てて答えて見せよ。その答えをバカにするものなど、おらん」
俺は……。
「お主が何をしたいか、それを1番に考えよ」
「……俺は、」
正直、この俺の選択が正しいのかは分からないが、俺が何をしたいかなど……よく考えてみればすぐに思いついた。諦められない。諦めきれない。
往生際が悪いと言われても良い。だがしかし、やはり長年の夢はそう簡単に捨てられるものでは無いのだ。
「……俺はやっぱり、強くなりたいよ。才能がなくても……大切なものを守ることの出来る力が欲しい」
婆さんの両眼を力強く見据えて、そう、不動の意識てを持って言い切ってやった。
退学とともに一度は諦めかけたけど、やっぱり今まで願い続けた望みを諦めることは出来ない。
「そうか。それがカノン、お主の答えなのじゃな……」
婆さんはそう言うと、椅子から立ち上がる。
その時の彼女の様子は、これまで見た中で一番儚くて美しいものだった。触れてしまっただけで、壊れてしまうように脆く。しかし壊してしまいたいと思うほど。
俺はそれを見て、不覚にも顔を赤らめてしまう。
(って、はああああぁぁっ!?いやいやいや。……300歳の婆さん相手に、俺は何を照れてるんだ)
俺の悶々とした様子を分かっているのかいないのか。婆さんはそのまま扉へと向かっててくてくと歩く。
うん……可愛い。いやだから馬鹿すぎるよ、俺!?
「少し待っておれぃ」
彼女はドアに手をかけながらそう言い、外へと出ていってしまった。
バタンと扉が閉まると、唐突に静寂へと戻るので、違和感を感じる俺であった。というかいや、今はそんなことが問題なのではない。
(……どうしたんだろう?)
俺がそう思ってしまうのも無理がないと思う。
心の鍵を全て外し、今自分がどうしたいのか、正直な気持ちを婆さんに吐露した。まぁ思い出すことで少しの悲しみを感じたが、しかし心の負担が少なくなり、軽くなったというのもまた事実。
そう考えていた矢先、婆さんは一言だけを残して、ここから出ていってしまったのだから。
何をしに行ったのかはよく分からないが、目的が不明な今、別にバカ正直に従う必要はない……しかし、俺は婆さんの言いつけ通り少し待ってみることにした。
(でも、婆さんにはああ言ったけど、具体的にはどうすればいいんだ?)
俺は少なくとも、2年間努力し続けてきたが、それでも強くなることは叶わなかった。もちろん、それは俺の修行方法が悪かっただけかもしれないが、しかし才能のない俺が生半可な方法で力を手に入れることなど叶いはしないだろう。
何度も繰り返すようだが、俺は考えるという行為自体あまり得意ではない。
俺の平凡的な脳みそでは、どうすれば強くなれるのかが一向に思いつかなかった。
「ふぅ。待たせたのじゃ」
そうすること約10分、家の扉が再度開き開き、とうとう婆さんが戻ってきた。
陰影効果が働いており、影となっているのでよく見えないが、先程と違い、婆さんは細長い何かをその手に握っている。
「カノン、お主の思いは伝わったぞい。才能がないが故に強くなれないと自分自身でわかった上で、なお強くなりたいと言った。わしはそれを応援しよう。そして……遂に
そう言って婆さんは自身の手に持っているモノを、手渡してくる。
咄嗟のことに上手く判断がつかず、すんなりとそれを受け取ってしまう俺。いやまぁ、別に思考が働いていたところで、取る行動は変わらないだろうが。
だがこれが、俺のこれからの人生を大きく変える転機となる。才能の乏しい俺でも、唯一強くなれる力を秘めているこの物体。
一見するとそうは見えないが、実はその中には莫大な力と可能性が内包されているこの物質。
「これは……」
婆さんが俺に渡してきたもの。
──それは、1本の木刀であった。
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