『神の遺産』を持つ剣士〜無能と呼ばれた少年は世界樹ユグドラシルの木刀を手に最強へと成り上がる〜

紅蓮

第1話 【冒険者育成学校の退学 1 】

「ふっ!……っつ!……はぁっ……ッ!」


 とある早朝、俺は日課の素振りをしていた。

 俺から少し離れた距離にある木々には様々な小鳥がとまっており、時折俺の耳を撫でるようにして、心地よい数多くの鳴き声が聞こえてくる。それに天候も良い。環境としては、申し分ないほどに整っているだろう。

 思わず動きを止め太陽の下でのびのびしていたいと思う今日この頃、俺はそんな中で木刀を振り続ける。


「やぁっ!……ふっ!」


 おそらく、体感的だが、既に一時間は素振りをしているだろう。大量かつ大粒の汗が全身から流れ出ていて、とてもベトベトし不快感が俺を這うが、それを我慢しながら、掛け声とともにラストスパートをかける。


「ぜあっ──ッ!!」


 それを最後としてようやく、今日の分の素振りが終了となる。達成感はある……が、しかしどこかやりきれないくすぐったい思いを俺は持っていた。

 俺は木刀を振り下ろした姿勢のまま、大きく乱れた息をゆっくりと深呼吸をすることで整えていく。

 酸素を血液に乗せ、体内を循環させる。特殊な呼吸法を用いるからこそできる芸当であった。……まぁ、それにもまだまだ未熟さが見られるが。


「……今日はこれで終わり。早朝の日課の素振りは終わりだけど……はぁ、今日もいつもと同じか……。ほんと、終わりが見えないよなぁ」


 昨日の自分よりも、今日の自分は成長している。

 時々そんな言葉を耳にするが、俺からしたら、それこそ信用出来ない言葉ナンバーワンである。だって、俺という存在自体が、それを証明しているのだから。

 そうして嘆息を1度する。数十秒かけて息を整え終わった俺は、木刀を下ろし寮へ戻ろうと歩き出した。


 俺が素振りをしていたのは、ペンダルム王国の王都セントフィリアに存在している冒険者育成学校である。

 この世界には冒険者という、魔物を討伐したり、護衛を担ったりすることで生計を立てる職業がある。いわゆる何でも屋というやつだ。冒険者は依頼を完遂し、依頼主から報酬を貰うというわけである。

 そして名前の通り、冒険者育成学校は冒険者になるために必要な様々なことを教えてくれる施設だ。

 もちろん、わざわざそこに通わなくても冒険者になることはできる……が、通ったか通わなかったかでは主に知識の面で、冒険者になった時に大きな差が出るのだ。

 そして俺。カノン・シュトラバインは、冒険者として大成するという夢のため冒険者育成学校に通っていた。




  ◇ ◇ ◇




 十分ほど歩き寮へと戻った俺は、急いで学校の指定する制服に着替え、校舎に向かう準備をする。

 俺の白髪とは対象的な、黒色が主とされている制服だ。

 白と黒ということで、違和感があると言われればあるが、ないと言われたら無い気がする。

 始業の開始の鐘がなるまで後数十分はあるので、今から出発しても、余裕で間に合うだろう。遅刻すればもちろんマイナスイメージがつくので遠慮したいところだ。

 そんなことを考えながら、俺は寮から出発する。

 そうして約十分で本校舎へ移動し、俺は室内用の靴を履き替え、教室へと向かった。

 何度も見なれた光景だ。俺が教室の扉を開けると、まだ時間には余裕があるのだが、そこには既になかなかの数の生徒たちがいることが分かる。そして彼ら。それまでは楽しそうに雑談をしていたのだが、俺に気づくと、その誰もが蔑みや嫌悪の視線を向けてきた。


霊装神器れいそうじんき


 それは、この世界の住人ならばその誰もが知っている単語である。自身の肉体的強さや精神的強さなどの様々な要素が道具として具現化したものをいう。

 詳しいことは分かっていないらしいが、とりあえずは所有者のあらゆる強さというものが超高密度で顕現するのだとか。

 研究者の間では『霊装』や『霊具』など様々な呼ばれ方をしたりするが、どうやら精霊が関係しているらしい。

 そして、この学校にはその中でも戦闘系の霊装神器を持つものが集まっている。

 霊装神器には非戦闘系から戦闘系までと様々なものがあり、持つものはその霊装神器に見合った職業に、持たないものは農業者など霊装神器なしで行える職業につくのが一般的である。まぁそれ自体は妥当な考えだろう。それは既に常識として、人々の無意識に根付いている。


(けど、なぜ俺がこうも蔑まれているのか。……それは、俺がこの学校で唯一霊装神器を発現できていないからだ)


 先程も言った通り、霊装神器というものは、才能や強さをこれでもかというほどにつぎ込んだ……言ってみれば武器である。

 故に、発現するのは全人口の中でもひと握りだけ。

 ……そして俺は、霊装神器を発現出来ないのだ。どうしても、才能の差をひしひしと感じてしまう。

 となると、俺は霊装神器を使用できないということでいざ戦闘の際には普通の鉄製武器を使うしかない。

 しかしそもそも武器としての格が違うので、うち合えば一合目で刀身が砕ける。さらに悪いことに、本人を狙おうにも霊装神器に宿る精霊の加護によって、身体能力にも大きな差が存在しているのだ。

 どうだろう。恐らくは俺が剣を一振りする間に、最低でも彼らは三振りは出来るほどに。

 つまり、俺の攻撃など当たらない。

 欠伸をしていても余裕で回避できるのだから。よって、霊装神器には霊装神器しかないというわけである。

 これらのことから、そもそもまともに戦うことすら出来ない。しかしそれでも自分たちと同じ学校に通っているということで無能と蔑まれ、嫌われている。

 おそらくは、才能が乏しいのに、必死に頑張る俺の姿に嘲笑の念を覚えているのだろう。

 クスクスクスと誰もが俺を見ては笑う中、俺は無言のまま自分の席に着いた。

 だがしかし、嫌われていると言っても、物を奪われたりなどのあからさまなイジメはうけていない。何故だかこの冒険者育成学校という組織が、俺を守るように立ち回っているのだ。しかし、流石の俺も嫌々、渋々というのは分かる。

 ……だったら、やめれば良いのに。


(まぁ、そんな悪質ないじめがあからさまに表に出ればそもそも教育機関としての信用が失われるからな。学校としてもそんなことにはなって欲しくないんだろう)


 俺が内心で、そんなことを考えていた次の瞬間、教室の前方に設置されているスピーカーから、教員放送が流れてきた。放送など滅多にあるものでは無いが……一体どうしたのであろうか。


『1年B組、カノン=シュトラバイン君。直ちに学長室まで来てください。繰り返します。1年B組、カノン=シュトラバイン君は直ちに学長室まで来てください』


 ……まさか、俺のことであったとは。

 素早く思考を展開させて、呼び出される要因を考えてみたが、しかし特に思いつくことは無い。

 しかし、あの放送を聞いてから、俺の中では何かの胸騒ぎがしているように感じられた。勘などは当てにならないが、しかしそれがかえって、やけに気になる。

 これは私的な考えたが、呼び出しにおいて、理由がわからないことほど、恐ろしいものは存在しないはずだ。

 だか、実際に放送で呼び出されているのということで、重苦しい腰で席を立ち、俺はため息ながらも学長室まで足を運んだのだった。

 そうして、学長室まで来た俺は、軽く扉をノックする。

 すると、直ぐに扉の向こう側から渋声が聞こえてきた。


「……入りなさい」

「あ、はい。失礼します」


 俺が扉を開け部屋の中に入室すると、学長、教頭そして俺の担任の教師の姿を視界が捉える。その誰もがどこか重苦しい表情をしており、しかし何かが吹っ切れたかのような様子も醸し出していた。

 俺は学長に座るよう促されたので、少し躊躇いながらも、すぐそばにあったソファに腰掛けることとする。


「えと……俺は今日はなぜ呼び出されたのでしょうか」


 有無を言わせない雰囲気が漂うが、睨み合いをしていても意味ないだろう。早速、疑問を切り出して見た。

 道中考えていたが、やはり全く身に覚えがない。

 というかそもそも、学長室に生徒が呼び出されること自体異常なのだ。理由がどうこう以前に、とりあえずさっさとこの部屋から出ていきたいというのが、正直なところの本音であった。


「カノン君、最近の学校生活はどうかね……?」

「え?あ、はい。まぁぼちぼちだと思いますよ。相変わらず先生方にはご迷惑をおかけしていますし、そこはお恥ずかしい限りですが……けど、鍛錬は毎日欠かさず上手くやれていると思います」

「うむ……そうか。……そんな君には大変言い難いのだが……今日、君を呼び出したのは君の退学についての話をするためなのだ」

「…………え?」


 退学……?誰が……え、まさか俺が……?

 こ、この人は一体何を言っているんだ!?


「ど、どういうことですか!?俺の退学?……なぜ、俺が退学にならなければ行けないのですか!」


 相手が教師であるという事を忘れ、思わず身を乗り出し声を荒らげてしまうのも無理ないだろう。なぜなら、俺は退学になるほどのナニカをした覚えはないのだから。それなのに、これは一体どう言う了見なのか。

 冒険者の卵というだけあって、この学校には素行に問題のある荒くれ者も少なくない。そんな中、俺は特に問題行動などは起こさずに、真面目に……とまでは行かなくても普通に生活を送ってきたつもりだ。


「別に君が何をした訳ではないが……理由としてはカノン君、君の成績だよ。実技の成績は毎回落第、これがもう既に何ヶ月も続いている。……君のようなものをこれ以上ここに置いておくと、我が校の沽券に関わるんだ。今までは色々と事情があって、君を退学にすることは出来なかったが、先日のあの一件で……ようやく君を退学させることの大義名分が出来た」

「それは……」


 その言葉を聞き、俺は顔を盛大に顰める。

 正直言うと、とても悔しい……が、彼らの言っていることも間違っていないのだ。

 俺の実技の成績は毎回最低評価で、筆記の方も平凡の成績を残している。

 最大限の努力はしているつもりだが、結果が結果だけに誰にも認めて貰えない。実力主義であるこの学校は、俺のような才能のない者にとっては世辞辛いのだ。

 いや。というなそもそも、これまで俺が退学処分にならなかったのが不思議でならないのである。ただようやくその時が来たのか。……この学校にとって、俺のような生徒がいるとメンツに関わるのも理解出来た。


「カノン君、君が才能がないながらも必死に授業に食らいつき、裏では血のにじむ程の努力をしているというのは知っている。……けれども無駄なんだよ。結果が伴わなければね。……分かってくれるね?」

「っ。それは……分かりますが……」


 俺は悔しさから血がにじみ出るほどに唇をかみ締めて震えながら俯く。反論したい。でも出来ない。

 悪いのはどっち?言うまでもなく、弱い俺だ。

 だが、いくらなんでもこれは唐突すぎる。思考は上手くまとまらず、心の中でぐわんぐわんと渦が巻いた。


(いや、でもこれは本心じゃないはず。退学にするつもりなら……俺なんかのことを守る必要性は無いはず)


 僅かばかりの希望をもとに、俺が顔を上げたその瞬間……すぐに学長達が向けてくる視線の種類に気づく。

 ──完全なる異物。邪魔ものを見るようなそれに……。

 もはや人間としての尊厳すら踏みにじられ、路傍の石でも見ているかのような、そんな視線を。

 怖い、と言うよりは気持ち悪い……。思わず身震いし、不気味さからか鳥肌が全身に広がるぐらいには。その時の俺は、吐き気すら催す始末であった。


(そうか、そんなにも俺が邪魔なんだな……)


 初めから、希望などなかった。彼らは俺に失望し、少しの興味すら抱いていなかったのだ。俺の心が悲しみからか急激に冷める。先程の俺の努力うんちゃらも、穏便に話を進めるためだけの演技であるのだろう。

 ──もう……いいや。これ以上……惨めな醜態を晒したくはない。才能は……本当に残酷だ。


「……分かり……ました」


 ──俺は半ば、やけくそでそう言ってしまった。

 結局、どれだけ頑張っても才能を持つには届きはしないのだ。持たないものが冒険者になるなんて、おこがましがったんだ。

 弱者は淘汰される。夢を見ることすら許されない。

 その後、学長達と退学についての手続きをしていく。

 ただ正直、この時何をしたのかはよく覚えていない。

 とりあえず、死者のように虚ろな目で俺は学長の話に頷いて何かサインをしたのだが……その具体的な内容については、ショックから気にする余裕がなかった。

 おそらく、退学処分についての説明なのだろうが。

 それが済むと俺は千鳥足で学長室から退出し……フラフラと、荷物を取りに行くために教室へ向かう。

 その時の俺は、もはや義務感のみで動いていた。

 気配を殺して教室で荷物を回収し、とりあえず寮へ戻ろうと半ばまとまらない思考で考えていると、すぐ背後から聞きなれた声が響いた。


「おや、どうしたんだい?そんな辛気臭い顔をして。あぁごめん、余計に酷いね無能君」

「……エヴァ」


 整った顔立ちを持つ、ただならぬオーラを身に纏う青年。こいつはエヴァ・クローズ。クローズ伯爵家の長男で次期当主の貴族だ。

 この国の貴族階級は王はそもそも除いて、そこから公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵という序列になっている。

 エヴァは伯爵家だから、貴族の中でもかなり偉い。

 そして、俺の無能さが気に入らないのか、ことある事に突っかかってくる。

 そうして今日も、というわけだ。

 いつもはその煽りに、俺は過敏に反応をしてしまうのだが、今回はタイミングがタイミングだけに、どうしても屍のように話してしまう。


「ん?どうしたんだい」

「いや、なんでもない。……それと、気にしないでくれ。ただ、ここから出ていくだけだ。……お前にとっては、嬉しい出来事だろ」


 俺がそう呟くと、エヴァは何かを思いついたかのように、愉しそうにに笑みを浮かべる。

 まるで、お気に入りの玩具で遊ぶかのような。


「出ていく?……まさか、退学かい?」


 エヴァはしゃべり続ける。


「……ははは、これは傑作だ。みんな聞いたかい!?ついにカノンが退学となったそうだ!この無能君、カノンの退学をみんなで祝福してあげようじゃないか!」

「ははは。おいおい、カノンが可哀想だろー」

「そうですよー。こういうのは、わかっていても見て見ぬふりをするのが効果的なんですから」


 辺りでこちらを伺う同級生たちはエヴァが笑い始めたのをきっかけに、同様に心底嬉しそうな様子になった。

 とても屈辱的だ。いくら体験しようとも、これほどの悪意を真正面から受け止めることは出来ない。俺は拳を握り、震え耐えながら歩き続けた。


「僕はずっと思っていたんだ。なぜ君みたいなグズが僕と同じ学校に通っているのかを。……でも、今日ついに君は退学となった。ああ……なんて、良い日なんだ」


 エヴァのそんな声が聞こえた。

 言い返したい、悔しい、そんな気持ちを押し殺して教室の扉に手をかけ、開ける。

 怒りが込み上げてきたせいで、どうしても強気となってしまったが、そこはどうか許して欲しい。


「田舎に帰って畑でも耕しておくのをおすすめするよ。君みたいな無能は、ここには必要ないからね。……もう、二度と戻ってくるなよ」

「…………」


 ピシャッと扉を閉めると同時に、最後にそう言ってきた。……正直、泣きそうである。

 この学校の誰もが、俺がここにいることを望んでいないということを改めて実感したからだ。


(……行こう)


 虚しく胸中でそう考え、俺は寮へと戻る。

 先程、校舎へと向かうために通った道を1時間もしないうちに戻るというのは、初めての体験ゆえに不思議な気持ちであった。

 乾いた冷風が、俺の頬を撫でる。それは、俺が1人であるということを実感せずにはいられなかった。

 正直、全く現実感がない。もしかしたらこれは夢であり、頬を抓って痛みを与えれば目が覚めるのではないか。退学なんていうものは、実は全部嘘、演出であるのではないか、と。


(……いや。現実逃避をしたってなんの意味もない、か)


 僅かに涙がこぼれそうになった俺は、それを強引に振り払い、そのまま早歩きで寮へと戻り、素早く荷物をまとめてここから出ていく準備をし始める。

 一刻でも早く、この学校から出ていきたい。

 これ以上、この場所にいると、内側から傷をえぐられるような果てしない痛みが俺を襲うだろうからだ。

 別にエヴァに同意する訳では無いが、これからのことについて、故郷の田舎で畑でも耕して暮らすのもありと言えばありかもしれない。皮肉だがな。


「意外と……すんなり行くものなんだな……」


 もはや俺自身のあまりの馬鹿らしさに「ははは」と自嘲の笑みさえ浮かべてしまう。あちらが俺の事をどうでも良いように扱ったのだか、俺も同様に対応することにしよう。そうすれば、精神を何とか保つことぐらいはできるはずだ。そうして荷物を全てまとめ、寮を出る。

 その際に、寮長にまで嬉しそうな笑顔をされしままい、やはり俺の心はより一層傷ついた。

 仮面ペルソナを被っていても、やはり辛いのである。

 傷心状態で重い荷物を持ちながら、俺は歩き続ける。

 そうして歩き続けていると、この学校のトレードマークと言っても良いほどの大きく立派な門が見えてきた。

 それを見ておよそ2年前の入学の際に、たとえ霊装神器が無くても立派に戦える戦士になる、という意気込みをしたのを思い出した。


(まぁ。結局、それも叶わなかったけどな……)


 内心でそう吐き捨てながら歩き続け、その巨大な正門をくぐり抜け故郷に帰るため、学校の外へと出る。


「今まで……ありがとうございました」


 せめてもの感謝の念を、誰かに伝える。

 それはこの学校の生徒であり、教師であり、関係者に対してだ。結果的には退学となってしまったが、それでもこの2年間、色々なことでお世話になったのは事実なのだから。

 こうして、俺。カノン・シュトラバインは2年間通い続けた、冒険者育成学校を退学となった。

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